前日譚。そしてホリィは、それを見付けた。※グロあり。
暴力、グロ、流血注意。
不快に思う表現があります。
※ネタバレを含みます。
とある漁村の若い夫婦に、子供が生まれた。
その子供は、くすんだ金髪にアイスブルーの瞳をした、大層可愛らしい赤ん坊だった。
将来はとても綺麗になるだろう、と。夫婦は、その子をとても可愛がった。
子供が生まれて、約二月程。
漁師だった父親の漁獲量が少しずつ増え、緩やかに暮らしが上向いて行った。
この幸せが続くのだと、夫婦はそう思っていた。
けれど、そんな若い家族を妬む者がおり――――
※※※※※※※※※※※※※※※
その女は、近所に住む若い夫婦の旦那のことが昔から好きだった。しかし、彼はその女に振り向いてはくれなかった。
眼中にさえ、入っていなかった。
彼は別の女と結婚し、やがて子ができたと近所に触れ回り――――
数ヵ月後。子供が生まれたのだと、幸せそうに報告して来た。
生まれた子は元気だと言い、見せられたその子供は、とても可愛らしい子供だった。
幸せそうだった。
女はその様子が、彼の奥さんが、彼の子供が、とてもとても妬ましかった。許せなかった。
だから、そっと噂を流した。
「彼らの子供は可愛過ぎやしないか?」
「両親に似ていない」
「鄙びた田舎には美し過ぎる赤ん坊」
事実、彼ら夫婦は共に金髪ではなく、その瞳の色も青くはなかった。
毒を孕む噂を、尤もらしく。
「子供は彼らに似ていない」
「けれど、生んだのは……?」
「その子供は一体、誰の子だろうか?」
その噂を流した途端、あっという間に狭い漁村を駆け巡り、その夫婦があっさりと壊れて行く様が見て取れた。
女はその破綻を、歓んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
夫は妻を責め、誰の子だと詰る。
妻は泣き崩れる。
子供は泣き喚き、益々夫は苛立つ。
漁も段々と収穫量が減って行き――――
夫が妻を詰るときに、手が出るようになるには大して時間は掛からなかった。
夫は妻を殴り、やがて酒浸りになり、漁へも出ずに妻を詰り続け、夫婦生活は破綻した。
妻はやがて、夫から逃げ出した。
※※※※※※※※※※※※※※※
女は自分の生んだ乳飲み子を抱え、行き先も知れぬ汽車へ飛び乗り、見知らぬ地へ降り立った。
無賃乗車で汽車から降ろされたが、女の殴られた痣を見た駅員は、そのまま女を見逃した。
冷たい氷雨が降る夜中。乳飲み子を抱え、女は見知らぬ土地を彷徨い歩いた。
潮の匂いはもうとっくにしていなかった。
暗い中を歩いて歩いて、子供が泣いて――――
冷たい雨に打たれて、疲れ切って足が止まった。
薄く白んで来た空の、それでも昏い彼誰刻。
細く、切れ間無く降る冷たい氷雨。
そして女は、ぼんやりと思った。
この子供は、あの人の子供。
なのに、あの人はそれを信じてくれない。
この子を可愛いって、言ったのに。
けれど、この子はあの人に似ていない。
自分にだって、似ていない。
そう。似ていない。
全く、似ていなかった……
コレはナニ?
自分の胎から生まれた、けれど、自分にも夫にも似ていない生き物。
そう思ったとき、女の中で、なにかが切れた。
全部全部、この子が生まれたせいだ。
あんなに優しかった夫が自分の不貞を疑い、詰り、殴るようになった。
酒浸りになり、人が変わってしまった。
不貞を疑われ、狭い漁村であっという間にそれが広がり、女は村全体から白い目で見られた。
外へ出られず、かといって家にいれば酒浸りの夫へ口汚く詰られ、罵られ、殴られる毎日が酷く辛く、なにもかもがもう耐え難くなった。
それもこれも、全てこの……コイツのせい。
女は、じっと子供を見下ろした。
異様な雰囲気を察したのか、女の腕の中で子供が泣き出し――――
そのとき、女の目の端に、キラリと鈍く光るモノが映った。道端に転がっていた、錆び付いた鋸。
「ぁ、は……ハハハ……ふふっ、フフフフフフ……」
小さく笑うと、笑いが止まらなくなった。
女は笑いながら子供を地面へ置いて、鋸を拾った。
そして――――
五月蝿く泣き喚く子供の首へと押し当て、ゆっくりと笑いながら、鋸を引いた。
「フフフフフフっ、アハハハハハっ……」
ぶちぶちと、柔らかい肉が切れる感触。
赤ん坊の泣き声が一際大きくなり、喉を切り裂いた瞬間、ヒューヒューと掠れる音へ変わった。
冷たい雨に濡れた身体へ、熱い赤が掛かる。それは熱く、勢いよく女の顔へ当たり……
「アハハ……っ!?」
冷え切った身体へ掛かった液体の、その思わぬ熱さに驚いた女は、ふと自分を見上げるアイスブルーの瞳と目が合った。
硝子玉のような、美しいアイスブルーの瞳が、じっと女を見上げていた。
「ヒィっ!?」
女はその視線に気付いたとき、心底怖くなってその場から逃げ出した。
一切振り返ること無く――――
※※※※※※※※※※※※※※※
その日は、前日から冷たい雨が降っていた。
雨の日は、外へは行かない……筈だった。
けれどこの日、小さかったホリィはなぜか雨の中に、とてもいい匂いを嗅いだような気がした。
だからホリィは、夜明け前にそっと孤児院を抜け出し、そのいい匂いを探し歩いた。
一人で出歩いては駄目だと厳しく言われていたが、そのいい匂いには抗えなかった。
そしてホリィは、それを見付けた。
とてもいい匂いの、綺麗な赤を流している、布に包まれた、小さいなにか。
ホリィはそれに近寄り、そっと触れた。
熱くて赤い、綺麗で美味しそうな流れる液体。
それを流す小さな生き物を抱き上げ――――
ホリィは、その傷口へ、そっと口付けた。
それから何時間が経ったのか――――
いつの間にか、ホリィはあの子を取り上げられて、風呂へ入れられていた。
あの子は、病院へ連れて行かれたらしい。
ホリィは、あの子がとても心配になった。
あの子を見付けたのはホリィだ。
だからあの子は、ホリィのモノだ。
守らなきゃ、なぜかそう強く思った。
その子供はホリィの望んだ通り、ホリィ達のいる孤児院に引き取られた。
氷雨の降る寒い日に見付かったから、コールドという名前になったらしい。
「これからは、ずっとずっと、ぼくがきみをまもってあげる。だいすきだよ? コルド……」
ホリィは、自分の手元へ戻って来た小さな赤ん坊へキスを落とした。
読んでくださり、ありがとうございました。
コルドが、首を斬られて捨てられた経緯と、ホリィに拾われた話でした。