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頭が痺れるような、美しい声が呼んでいる。

「♪ーーーーーー」


 そのヒトが一歩踏み出す度、長く伸びる淡い色をした金髪のハニーブロンドが揺れ(なび)く。


 アクアマリンの瞳を彩る長い睫毛(まつげ)。通った鼻筋。(なめ)らかな頬。ふっくらと艶めく、赤い蠱惑(こわく)的な唇。ミルクのような真白い肌。


 簡素なワンピースから覗く伸びやかな手足。仄かに膨らむ胸。ほっそりした腰。足が動く度、スカートに入ったスリットが揺れ、ひらひらと晒される白い足。幼さを残しながらも麗しく、妖艶な色香を振り撒く絶世の美少女(・・・)


「♪ーーーー」


 薄く笑むように開かれたその赤い唇から、小さく低く、密やかな旋律の唄が流れ続ける。


 歌詞(ことば)の無い歌が。


 秋も中頃に差し掛かろうという季節に、ノースリーブの簡素なワンピースに裸足という寒々しさ。


 魔性と呼ぶに相応しい妖艶な美少女が歌いながら街中を緩やかに歩いて行く。白い爪先が(たの)しげに、軽やかに石畳を進む。


 数十年前であれば、確実に魔女扱いをされるであろう振る舞いをする、凄艶に美しい少女。


 なのに、誰もそんな彼女を振り返らない。


 日が傾くよりは少し早い時間。


 通常であれば、気の早い花売りだと思われた美しき彼女に、男達が殺到している筈だろう。


 しかし、誰もが彼女のことを気にしない。


 まるで、彼女のことが見えていないように。


 気が触れたかのような魔性の彼女を先導する長身の男さえ、誰にも見向きもされずに進み行く。


※※※※※※※※※※※※※※※


 唄が、聴こえる。


 細く、(かす)かに聴こえる唄声。


 それが、とても懐かしく感じて――――胸がきゅっと締め付けられて、切ない気持ちになる唄。


 知らないのに……なぜか、知っている。


 頭のどこかで、おかしいと判っている。


 意味がわからない。けれど――――


 そんな疑問は、すぐに溶けて霧散する。


 胸を衝くこの想い。


 この唄を歌う誰かに、会いたい……

 早く、早く行かなきゃ……

 会わなきゃいけないという衝動が駆り立てる。


 早く、早く、この呼ぶ声の主に……


 衝動が理性を凌駕(りょうが)して、駆り立てる。


 会いたい、と。そう強く感じる。


 未だ見ぬ貴方は、誰?

 どうして呼ぶの?

 どうしてこうも、貴方を懐かしく感じる?


 足を動かすが、進んでいる気がしない。

 気持ちばかりが()く。


 あぁ……早く彼女に、会いたい。


※※※※※※※※※※※※※※※


「♪ーーーーーーー」


 ()が唄を聴く人間(ひと)よ。

 誰も私を見るな。

 誰も私を意識するな。

 誰も私を認識するな。


 そのまま、自身の生活を続けるがいい。


 無関係の者は私を、この唄を、声を忘れろ。


 されど、来よ。


 覚えがあるだろう?


 吸血鬼、人狼、バンシー。


 彼らを害したモノよ。


 そして、サキュバスと妖精の取り換え子(チェンジング)


 彼らへ害を成そうとするモノよ。


 さあ、来い。私の下へ。


 人間(ひと)()った(まが)い物の彼らではなく、本物の魔物(わたし)が、遊んでやろう。


 殺してみろ? できるものなら、な?


※※※※※※※※※※※※※※※


 妖精の取り替え子(チェンジング)を追っていたら、呼ばれていることに気が付いた。


 甘美に誘う声がする。


 わたしを呼ぶ、女の声だ。


 ああ、行かなくてはいけない。


 頭が痺れるような、美しい声が呼んでいる。


 とても、とても美しい声だ。


 きっと彼女は、美しい女に違いない。


 あのサキュバス(ローズ)なんて、目じゃない程に――――


 思考に(かすみ)が掛かって、足が勝手に進む。


 なにをしようとしていたのか……

 わからなく、なって……

 もう、全てがどうでもいい……

 ()(かく)、行かなくては……


 そうやって、無我夢中になって歩を進めた先にいたのは――――


(ようや)く来たか。待ち草臥(くたび)れたぞ?」


 ふっくらとした蠱惑(こわく)的な赤い唇がゆるりと弧を描き、艶然と言葉を紡ぐ美しい声の、()


 美しい、女が――――


 緩く波打つ淡い蜂蜜色の長い髪の毛。透き通ったアクアマリンの瞳。染み一つ無い白磁(はくじ)の肌。つんと高い鼻。赤い唇。細い顎。華奢な首筋。黒のタイトなロングワンピースからすらりと伸びる長い手足に、豊かな胸。きゅっと(くび)れたウエストから張り出した腰。曲線を描く麗しき肢体(したい)


 完璧なバランスを保った、美しい、美し過ぎる女が、猥雑で薄暗い路地裏に積み上がった箱の上に、女王然と座っていた。


 タイトなワンピースに入ったスリットから覗くのは、組まれた足の滑らかな太腿(ふともも)。黒い布に映える輝くような白い肌。剥き出しの爪先さえもが美しい。


 匂い立つような色香が漂う、魔性の女。


「やあ、ハンター気取りの殺人者よ」


 澄んだ声が薄く(わら)った。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 多分、ミステリーのつもりで読んでいる方はあまりいないと思いますが、ミステリーを期待していた方がいたら、すみません。

 実はファンタジーでした。

 次の話で、大体のネタバレになります。

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