コルドを傷付ける奴は大っ嫌い。
債務者の生き血を啜る『吸血鬼』とされたのは、とある高利貸しの男。
犬や子供を殺して喰らう『人狼』とされたのは、とある浮浪者の男。
道行く人へ死を告げる『バンシー』とされたのは、気の触れたとある老女。
男の精気を搾り取り、美貌を保つ『サキュバス』とされたのは、とある高級娼婦の女。
そして――――
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吸血鬼は心臓を貫き、そして白木の杭を打って心臓を潰して殺した。
人狼は銀のナイフで心臓を一突き。
バンシーは首を落とし、その邪悪な目と死を告げる口を縫い付けて塞いだ。
三匹は呆気なく死んだ。
しかし、サキュバスは殺せず、退治に失敗した。
そして、一人が捕まった。
捕まったあの女はヤク中の強盗として処理されたが、安全を期す為、協力者達との接触を暫くは控えることにする。
しかし、サキュバスを助けたモノは――――
「妖精の取り換え子の子供だった」
十年程前。とある冬の日に、首を切られて捨てられていた赤ん坊が発見された。
その、妖精の取り替え子を発見したのは、とある孤児の子供だった。
妖精の取り換え子を発見し、その血に塗れた子供、か――――
古来より、「人外の血に濡れたモノもまた、呪われる」と云われている。そうして呪われてしまったモノは、人間と呼べるのだろうか?
答えは、否だ。
それもまた、人間ではないモノに、成る。
そう。それはもう、既に人間ではないのだ。
くすんだ金髪に薄青い瞳をした美貌の子供と、金茶の髪に青灰色の瞳、ソバカスの散った顔の可愛らしい子供。
どちらも、妖精の取り換え子と呼ばれるに相応しい美形だという。
サキュバスは、もういい。
さあ、妖精の取り換え子を探さなくては――――
孤児の子供など、いなくなっても誰も困らない。
人間ではないモノを、殺さなくては。
退治するだけだ。人間ではないモノ共を。
人間の振りをして人間を騙し、善良なる人間へと害悪を振り撒いていた連中を。
わたしは正しいことをしている。
化け物を退治して、皆が喜んでいる。
わたしは、なにも間違っていない。
だから、あの子供達を――――
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コルドが出て行った後。ウェンに、
「あまりコルドの嫌がることをするな」
と窘められた。
そんなことは、わかっている。
コルドが、首を見られることを嫌っているのは……とてもよく、わかっている。
何年コルドと一緒にいると思っているのか……
約十年。コルドと一緒に過ごして来た。
ずっとずっと、コルドのことを見て来た。
コルドは昔からとても頭が良くて、二歳半くらいからは既に読み書きができるようになっていた。
今では、大人でも読まないような分厚い外国語の本を、辞書を片手に読んでいたりもする。
それを……
「泣きも喚きもしないで、本当に子供らしくない」
「可愛いのは顔だけ。全く可愛げが無い」
「こんなに賢いのは妖精の取り換え子だからでしょ?」
「人形みたいで気持ち悪い」
「本当は人間じゃないんだよ」
「妖精の子供だって」
そんなくだらない、馬鹿な噂をして、奇異の目で見るような連中は嫌いだ。
喋れなかったコルドの苦労も知らないクセに。
声を出そうとして、掠れた音しか出ないことに諦めた顔をして、それでも頑張って喋れるようになった小さかったコルドのことを知らないクセに。
コルド本人も、小さい頃過ぎて覚えてないかもしれないけど……
なにも知らないのに、訳知り顔でわざわざコルドに「可哀想な子だね」と言って来る奴も嫌い。
コルドは、そう言われるのを嫌っている。
コルドを傷付ける奴は大っ嫌い。
本当は、スノウもあまり好きじゃない。コルドにヒドいことばかり言うから。
その、コルドの文句ばかり言うスノウの面倒を見ているのは、他に面倒を見られる人がいないからだ。普通の女の子の面倒を見るのは、ウェンとレイニー、ステラには難しいと思うし……
放っといたら多分、スノウに文句を言われながらも、コルドが渋々面倒を見るだろうから。
それが嫌でスノウの面倒を見ているというのに。スノウは、コルドに文句ばかり言う。
コルドに文句を言うのをやめてほしいとスノウに言っても、なぜか上手く行かない。
レイニーには、
「このお節介野郎の偽善者が」
と言われて。ウェンには、
「お前はコルドへの過干渉をやめろ」
と言われた。
そしてステラには、
『程々にした方がいいよ?』
って言われた。
でも、コルドを守って来たのは自分だ。
首や声のことでコルドをイジメた奴は、仕方無くレイニーと結託して、二人で徹底的に泣かしてやった。二度とそんなことを、しないように。
コルドはイジメられても、酷いことをされても全然泣かなくて、誰にも話さないでずっと黙ってるから。どこか諦めたような、気怠い顔で……
だから、守らないといけないって思った。気に食わないけど、レイニーの手を借りて二人で。
院長が死んでからは、ウェンも入れて三人で。
守れなかったことも、あるけど――――
コルドが酷いことをされていたことを全然知らなくて……守れなくて、あの女からコルドを助けたのは、ローズねーさんだった。
だから、ローズねーさんのこと自体は好きだけど、いつかコルドがねーさんのところへ行っちゃうような気がするから、それがとても、コワい。
ねーさんが嫌いなんじゃない。
コルドが取られることが、なによりも嫌だ。
離れたくない。放したくない。
コルドの養子の話が何度か持ち上がったときも、凄く厭だった。そんな話、無くなっちゃえって思っていた。そしたら、いつの間にかその話が全部無くなっていて――――
そのことに、とても安心した。
酷いことを思っていると、理解っている。
だけど――――
少し温度の低い、華奢な身体を抱き締めると、コルドは自分のモノだ、と。そう、実感する。
だって、最初にコルドを見付けたのは自分だ。
柔らかくて、いい匂いのするコルド。
少しウェーブの掛かるくすんだ金髪。どこか醒めたようなアイスブルーの瞳。白い肌。柔らかい頬。ふっくらとした赤い唇。細い顎。痛々しい疵痕の残る、ほっそりした首。薄い肩。細くて小柄な身体。少し低めの、特徴的なアルトのハスキー。
綺麗な顔で、冷たさを感じさせる口調。突き放すような態度をよく取るけど、本当はとても優しい。
その全部が好きだ。
小さくて可愛くて、華奢で綺麗な、本当はとても優しいコルドが大好き。
そんなコルドを見付けたのは、自分だ。そのコルドを取ろうとする奴は、許せない。
コルドを一人占めしたい。コルドを誰にも取られたくない。誰もコルドに触らないでほしい。
コルドは、「言いたいことがあるならちゃんと言えば?」と言うけど……こんなこと言えやしない。
こんな想いを、伝えられるワケがない。
だって、鬱陶しいと思われる。汚いって、酷い奴だって思われる。
コルドに嫌われたくない。
嫌われるのはとても、とても厭だ。
嫌われのも、離れるのと同じくらい、怖い。
ステラの目が腫れないようケアをして、それからコルドを探しに外へ出る。
コルドを探す上での煩わしいことをなるべく避ける為、今日はちゃんとズボン姿で男の子の格好。
今日は美人局は休業だ。変態野郎共なんかに構ってられるか。
この前みたいには、逃がさないんだから。コルドを捕まえて……捕まえたら、謝ろうと思う。「コルドが嫌がることして、ごめんね」って。
だから、嫌わないでほしい。
お願いだから、離れて行かないでよ。
泣きたくなるような気持ちでコルドの行きそうな場所を考えていたら、
「コールドという名前の子供を知らないかい?」
知らないおじさんがコルドのことを聞いて来た。この辺りでは見ない顔で、ちゃんとした服装。
でも、なんだか堅気っぽくない感じがする。そして、じっとこっちを観察するような視線。
「ああ、そう警戒しないでくれ。わたしは警察の者でね。コールド君に少し聞きたいことがあるんだ」
と、警察手帳を見せるおじさん。
警察、か……普段なら、避けるべき対象だ。
「…………コールドなら、出掛けた。今から探しに行くとこ」
「それは困ったな。あの子の行きそうな場所は知っているかい? 知っていたら教えてくれないか?」
今断っても、警察がコルドの話を聞きたいというなら、また来るのだろう。
「…………こっち」
コルドが見付からなくてもいいやと思いながら、警察のおじさんを案内することにした。
「ありがとう。ところで、君の名前は?」
「ホーリー」
「ホーリー君か。そうか、助かるよ」
おじさんが、にこりと笑った。
読んでくださり、ありがとうございました。
ホリィの印象が変わったかと思われます。