心配かけて、ごめん。ありがとう。
怪我の痛い表現があります。
退院して、家に帰るなり――――
「「コルドっ!?」」
「こんの馬鹿チビがっ!!」
「っ!?」
「…心配かけんじゃねぇ。馬鹿」
「………っ!!!!」
ホリィとスノウに大声で呼ばれ、レイニーにガツンと拳固を食らい、険しい顔のウェンに睨まれ、ステラの体当たりを食らった。熱烈だ。
「……っ~~っ!?」
ステラに抱き付かれながら、頭を押さえる。レイニーめ、本気で殴りやがった。頭が、痛い……
「おい、コルド。お前、なんか言うことあンじゃねぇのかっ? なに黙ってやがる?」
低い声でまた拳を握るレイニーに慌てて待ったを掛け、ライに貰ったノートとペンを出す。
「ああ゛?」
『首、怪我。暫く喋るの禁止』
書いて見せると、
「「「「っ!?」」」」
スノウ以外が息を飲む。
「?? どうしたの?」
「……酷いのか?」
スノウを無視したウェンの苦い声に首を振る。
傷自体は、そう酷いものじゃない。
『喉、痛くなくなれば普通に喋れる』
「そうか……後で、見せろ」
「…………」
嫌だなぁ。
『どうしても?』
「我慢しろ。手当ては必要な筈だ」
低い声に、仕方なく頷いた。
「ローズ姉のこた、ババアに聞いた。腹刺されたらしいが、大丈夫なのか?」
『傷が浅くて、内臓は無事。十針縫ったけど、命に別条は無いんだって』
もっと出血が酷かったら、かなり危なかったらしいけど。
「そうか……」
スノウがホリィに質問を、スノウに答えながらホリィが安堵の溜息を吐く。
「お前の怪我は? 切られたものか?」
ウェンの鋭い声に、
「……」
首を振る。
「犯人にやられたのか?」
じっとオレを見詰める五対の視線。
本当は、誰にも教えたくない。話したくない。けど……そうも行かないだろう。
ノートをホリィに渡し、スノウに読んでやれと促す。ホリィは不満そうだが、ステラがその袖を引く。
その間にウェンの手を取り、書き綴る。
『犯人の一人はリーシュ』
「っ……」
ウェンの顔が忌々しげに歪む。
『あれからずっと、ローズねーちゃんを怨んでいたみたい。今はヤク中だって。逮捕された』
「……怪我の具合は?」
『引っ掻き傷と爪の痕。指の形の内出血がいっぱい。そして、それらに因る炎症』
「そう、か……」
苦い声で、ぽんと頭が撫でられた。
『ホリィとステラには、言わなくていい』
この二人を除外すると、自動的にスノウも除外。というか、チビに言う必要は無いし。
「……わかった」
険しい顔を見上げる。と、
「なんか、コルドかわいそう」
なにげなく、スノウが言った。瞬間、「可哀想なコルドちゃん」と脳裏に甘ったるい声が響き、サッと血の気が引くのが判った。
「おい、コルド?」
くらりと、目眩。思わずウェンの手を強く握り、ゆっくりと息を吐き出す。
『ごめん、気分悪い。休む』
「レイニー、コイツ気分悪いって。部屋連れてって休ませて来い」
「わかった」
ひょいとレイニーに抱えられ、部屋に運ばれる。ウェンが止めたのか、誰も付いて来ないのが有り難い。
「大丈夫か? すっげーヒドい面だぜお前」
レイニーの、器用そうな指の長い手を取る。
『どんな面だよ?』
「真っ青。幽霊かよ? ってくらいのな」
幽霊、か――――
結局オレは、一度もあの女の顔を見ていない。甘ったるい声と、背中に押し付けられた痩せた身体の感触。そして、首に残るこの傷跡が――――
「お前、ウェンになにを言った?」
「…………」
溜息を吐いて、レイニーに告げる。
『逮捕されたのはリーシュ』
「っ!? なんで今更っ、あの女がっ!?」
『声デカい。アイツらに聞こえる』
スノウと、ホリィに…………
「っ……悪い」
『しかも、ヤク中。ババアんとこ追い出されて、ずっとローズねーちゃん怨んでたって』
「…………」
『あとは、見た方が早い』
スカーフを外し、包帯を解く。
「っ! ……お前それっ……」
息を飲むレイニー。
元の疵痕を上書きするような幾重もの引っ掻き傷、皮膚に食い込んだ爪の痕、青黒い指の形の内出血が幾つも点在する首。
『なかなかすごいだろ? 他の奴にはちょっと、見せらんないよな』
鏡では正面しか見られないが、後ろの方が傷が少なく、内出血が多め。背後から絞められたからだろう。四本の指での引っ掻き傷が多過ぎて、湿布が貼れない。そして、爪で引っ掻いた傷は、治りが遅い。
医者の、悼ましいという視線を思い出す。
『手当ては、ウェンかレイニーにお願いしたいんだけど、いい?』
「……お前は、平気なのか?」
『我慢する。後ろは見えないから仕方ない』
「お前がいいなら……いい」
頷いて包帯を巻こうとすると、
「俺がやる」
手を止められた。
「薬とかあるのか?」
『ある。けど、先に手洗って来て』
「わかった」
手を洗って来たレイニーに薬を渡し、
「いいか? 触るぞ?」
深呼吸。頷く。
そっと項に触れる指先に、背筋が粟立つ。
「……なんつーか、ものすっげー鳥肌立ってっけど。本当に大丈夫か? お前」
頷く。我慢。薬塗るまで。医者にも我慢できたんだ。レイニーにも我慢できる筈。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…薬塗るだけ。大丈夫、大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫…………
薬が塗り広げられ、気遣わしげな顔でレイニーが喉に手を伸ばす。
「触るぞ?」
傷をそっと撫でる指先……
「っ!」
早く、終われ。早くっ、早く早く早く――――
「…………お前、本っ当に大丈夫か?」
ぺちぺちと軽く頬が叩かれていた。
「??」
「さっきより顔青い。包帯巻くの、自分でできンなら、そうしとけ」
レイニーが包帯をくるくる巻き取り、ぽんとオレの手に乗せる。
顔が青くなるだけなら、まだマシだ。
医者にはどうにか我慢できたが、看護婦には我慢できなかった。女に触られるのは、怖い。
「…………」
溜息を吐き出し、首に包帯を巻く。
「あんま無理すんな。暫く寝とけ」
俯いた頭が、ぐしゃりと撫でられた。
『心配かけて、ごめん。ありがとう』
読んでくださり、ありがとうございました。