少し熱っぽい、柔らかい手を握る。
虐待描写あり。
四日間の入院で警察署と病院の往復。
何度も何度も同じことを訊ねられて、紙に書いて答えることを繰り返して――――
書き損じた、まだ余白のある紙が貰えなかったのは至極残念だ。捨てるならくれてもいいのに。紙って、買うと高いのに。
なんて思っていると、
「お疲れ様。大丈夫?」
心配するようなテノールの声。
ここ数日、なぜか病院と警察署の往復に付き合ってくれているライに頷く。
「なんか、あれだって。現場にいた人の中だと、君の証言が一番詳しいみたいなんだ。ボクも一応証言したんだけど、途中からだし」
ふ~ん。だからあんなにしつこく……
「ところで、いい加減話してくれない?」
困ったように見下ろす薄味の顔の眼鏡に、首を指して指で×を作る。
「や、ペンとノート、渡したよね? 君が筆談できるの知ってるから。得意なんだよね?」
頷いてノートを捲り、あらかじめ書いておいた文字を指して見せる。
『怠い』
「え? なにが?」
『字書き過ぎて腕が怠い』
この三日間、かつて無い程に字を書き捲っている。ペンだこができそうだ。
右腕が非常に怠い。
「あ~……それは大変そうだね」
うんうん。
「病院、行こうか?」
ライと警官の付き添いで病院へ。
「ローズさん、起きてるんだって。会ってもいいみたい。会う?」
「!」
当然だ。何度も頷く。
ローズねーちゃんの入院している病室へと案内され、警官がドアの外で待つ。
ドアを開け、ローズねーちゃんのベッドに突進。
「っ!!」
「コルドちゃんっ!」
ねーちゃんの声。
熱っぽい柔らかい身体がオレを包む。
「っ・・・」
少し、細くなったようだけど、温かい。
ちゃんと、生きている。
寝ている青白いねーちゃんの顔は何度か見に来たが、まだ起きているときに顔を合わせていない。
「コルドちゃん、ありがとう。助けてくれて、本当にありがとう。大好きっ!」
頬に落ちる柔らかい唇。
「? ……コルドちゃん?」
黙ったままのオレを不審に思ったのか、ねーちゃんが顔を覗き込む。
「どうしたの? コルドちゃん? どうしてなにも言ってくれないの?」
ねーちゃんの手を取り、
『首、怪我。暫く喋るの禁止』
さらりと書く。
「っ……ごめん、なさいっ。あた、しがっ……コルドちゃん……を、巻き込ん、だのねっ……」
少女めいた美貌が、泣きそうに歪む。
『ねーちゃんのせいじゃない。オレが、ねーちゃんを死なせたくなかったんだ。だから、これは名誉の負傷ってやつ』
ねーちゃんに微笑むと、嫌々をするように首を振り、ぎゅっと強く抱き締められる。
「っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいコルドちゃんっ……怖い思いさせて、本当にごめんなさいっ」
震える声と体をそっと抱き返し、トントンとあやすように背中を叩く。
「え~と……ボクもいるんだけど?」
控えめに口を挟むテノールに、弾かれたようにパッと顔を上げるローズねーちゃん。
「? あなた、はっ……」
「はじめまして。ローズさん?」
「…………ええ。はじめまして」
「ライと言います」
どこか不自然に感じるやり取り。
「仲、良いんですね」
「ええ。……コルドちゃん、この人は?」
『助けてくれた人』
「助けてくれた、人?」
「ええ。偶々道を通りがかったら、襲われているその子がいて、あなたともう一人の女性が倒れていたんです」
偶々通りがかった、ね?
ファングがライを呼んでくれたのだと睨んではいるが、そのファングはいない。なら、偶々ということにしておいた方が無難か。
「コルドちゃんが、襲われ……? そういえば……あたしを呼んだ、声……リーシュっ!? っ、ごめんなさいコルドちゃんっ!? 大丈夫っ!?」
パッと体を離し、オレの両頬を挟んで覗き込むローズねーちゃん。
「……な筈ないわね」
「…………」
まあ、アレはさすがにキツかった。
久々に、クるモノがある。
甘ったるい声の流す強烈な猛毒――――「コルドちゃんみたいに親に殺されて捨てられた子、誰も好きにならない。とても可愛い顔をしているのに、こーんな醜い汚い疵痕だけ残されて捨てられた可哀想な子。コルドちゃんは誰にも愛されない。養子の件だって、この疵痕を見てみんな厭がったのよね? 赤ちゃんのときに親が殺すような子だもの。誰もが嫌って当然だわ。コルドちゃんは賢いから、ちゃあんと自分でわかってるのよね?」小さい頃、散々刷り込まれた言葉。「私はね、そんな惨めで憐れなコルドちゃんが本当に、心の底から大好きなの♥️愛してるわ♥️愛してる♥️大好き♥️」
優しく憐れんで、慈しみの表情と声とで、切々と語られる、狂気染みた愛の言葉の数々。
首の疵痕を殊更優しく、丁寧に丁寧に撫でる細い指先。
首に巻き付き、じわじわと絞まる白い手。
思い出すだけで鬱になる。
「ごめんなさい。無理、しないで?」
ローズねーちゃんの苦しそうな顔。
ああ……そんな顔、させたいワケじゃないのに。
「……あの強烈な女性はお知り合いですか?」
「……ええ」
「相当恨まれているようですね」
「そう、ですか……」
「どういうご関係か伺っても?」
「前に……うちの娼館にいた人、です」
「なんでも、あなたに追い出されたとか?」
ライの問いに、ふっくらした唇が噛み締められて色を無くす。
「……コルドちゃん。外、出てる?」
ローズねーちゃんの気遣いに首を振る。
「大丈夫?」
少し熱っぽい、柔らかい手を握る。
読んでくださり、ありがとうございました。