ステラとコルドがらっぶらぶ~♪
カチャリとドアが開いて、入って来た気配にツンと袖が引かれ、手の平に文字が綴られる。
『コルド、ホリィとなんかあった?』
振り返ると、ステラの思案するような顔。
『なんかって?』
『よく、わからないけど』
一旦手が止まり、
『ホリィ、コルドを見て難しい顔? して溜息吐いてるのに、コルドと目を合わせようとしない。これって変。喧嘩?』
細い指が書き綴る。それに首を振る。
『さあ?』
『コルドも、変だよね? 難しい顔でよく考え事してるし』
「…………」
それ、さっきもホリィに言われた。
『そんなに顔に出てる?』
『わたしとホリィが判るくらいには』
『他は判らない?』
『ウェンとスノウは判らないと思う。レイニーは、判るのかがわからない』
スノウのアホは兎も角、ウェンはド近眼。かなり近くまで寄らないと表情まではわからない筈だ。
まあ、レイニーは割と鋭いからな。けど、ローズねーちゃんのことは誰にも言わないだろう。
『なら、いい。誰にも言わないで』
ムッとステラの眉間に皺が寄る。
『誰かに虐められたり、してない?』
『してないよ』
『本当に本当?』
じっと探るような薄茶の瞳。
ステラが言っているのは、あの女がオレにしたこと。あんなことは、あの女が消えてから、無い。
『本当』
誰にも虐められてなんかない。
『わたしにできること、ある?』
『ありがと。後で、なんか頼むことあるかも。そのときは、お願いする』
『任せて』
うんうんと頷いたステラにぎゅっと抱き締められ、頬にそっと唇が触れた。
「ありがと」
と、頬にキスを返す。にこっと柔らかいステラの微笑み。
「はぁ……」
ステラといると落ち着く。
「?」
どうしたの? と、音の無い声が言う。
首を振って、ステラを抱き返す。と、
「……なに? なんの用?」
目に入る。好奇心に満ちた顔。
「コルドの好きな人って、ステラなのっ?」
ドアから覗いていたスノウが、興奮した様子で勝手に部屋の中に入って来た。
「ノックくらいしろ。っていうか、覗くなバカ。あと、勝手に入って来んな」
「あたしバカじゃない! って、そんなことよりっ、コルドはステラが好きなのっ!?」
きゃ~! と一人で盛り上がるスノウ。めんどくさいな。ホリィ、コイツに話したのかよ……
「コルド、ステラにだけはやさしいし、二人していつもくっ付いてるもんねーっ?」
ニヤニヤと囃し立てる口調。
「ウゼェ」
「?」
きょとんと騒ぐスノウを見やるステラ。
『なに? あれ』
どう説明したものか……
「?」
「らぶらぶ~っ?」
ニヤニヤと、マジでウゼェ。
「ステラとコルドがらっぶらぶ~♪」
変な風に歌いながらスノウが上機嫌に出て行き、
「???」
その様子にきょとんとするステラ。
「なんか、ごめん……」
「?」
それから暫くしてドアがノックされ、レイニーがひょいと顔を出す。
「チビ、お前ステラが好きなのか?」
「……レイニーまでアホ言うな」
「だよな?ドチビが騒いでっから確認」
「あっそ」
「つか、ドチビ、知らないのか?」
「……ま、知らないんじゃない?別にわざわざ言う必要もないしさ」
「いいのか?」
「いい。どうせすぐ飽きるだろ」
「……お前がいいならそれでいいけどよ? お前ら、いっつもべたべたしてるよな。お前、ステラには甘いし」
並んで座るオレとステラに、若干呆れたようなレイニーの視線が注がれる。
「レイニーには言われたくねーよ」
レイニーだって、昔から十分ウェンとステラに甘い。そして多分、オレにも。
昔は、今残っているオレらの他にも数名の普通の子供達がいて……ウェンが足のこと、オレが首のこと、ステラが耳のことでなにか言われたりされたりすると、レイニーとホリィの二人がすぐにソイツらを泣かしてた。
貰われて行ったソイツらのことはもう、ぼんやりとしか思い出せないけど――――
オレらだけが、ここに残った。少し難がある、オレらだけ。
院長が死ななければ、普通の子であるスノウも今頃は、他の子達のようにどこかの養子になっていたかもしれない。
「は? 意味わかンねぇし。つか、ステラに熱心に字教えてたな、お前だろ」
「意思疎通できないと困るだろ。あと、熱心だったのはステラの方だよ」
「ハッ、よく言うぜ。つか、うるっせぇドチビに教える方がよっぽど楽だろ」
「だからそれは、やる気の問題だって。スノウはそもそも、字を覚える気が全く無いからな。それじゃ幾ら教えても無駄。普通に、オレのやる気も出ねーよ」
あと、中身の無い無駄なお喋りと文句と愚痴と不満。あれには閉口する。教わるにしても、それなりの態度ってもんがあると思う。
四六時中、「ホリィがよかった」「コルドは冷たい」「もっとやさしく教えなさいよ」「つまらない」だの言って、字を読みもしなければ手も動かさない。動かすのは口だけ。本当、教えるのがマジで嫌になる。
その点、ステラは癇癪を起こして泣き喚いたりはしたものの、それはできない自分自身に対してのもので、ひとしきり泣き喚くと、ぐしゃぐしゃの顔で『また教えて』と訴えて来た。
本人がそれを必要としているか、そうじゃないないかの差は、歴然とした違いとして表れている。
癇癪を起こすステラには大変だったが、文字を教えて、自分が言いたいことを主張できるようになって行くと、その癇癪は目に見えて減って行った。
その結果、ステラはお喋りになったというワケだ。
ちなみに、オレにべったりだったホリィもそれで文字を覚えた。「なにがコルドの面倒見るだ? 手前ぇの方がお守りされてンだろ。お節介野郎が」とは、レイニー談。
「つかさ、紙での会話は勿体無いし。ウェンは針仕事。で、レイニーは悪筆」
「放っとけ」
ムッとするレイニー。
「スノウは字を覚える気がない。その上、ステラがホリィに寄ると焼きもち妬いて八つ当り。だから、必然的にオレんとこ来るんだよ。ステラは結構お喋りだからね。もっと構ったげれば? そしたら、悪筆も直るかもよ? レイニー」
「っ……煩っせぇチビ。ちっとばかり自分のが字が上手いからって……」
「代筆は読み易くないといけないからね。綺麗に書く癖付けたんだよ」
「ケッ……」
字が汚いの、実は気にしてたのか。
「…………そう言や、お前も言葉遅かったな。赤ん坊ンときもあんまり泣かなくて……」
と、珍しくレイニーが逡巡するような顔で、オレの首元をチラリと見やる。
「……言葉よりも字ぃ覚えて書き始めンのが早かったから、喋れねぇのかと思ってた」
「ふぅん」
オレが赤ん坊のときに切られたのは首だ。声帯に損傷があった場合は、声自体は出ても言葉が喋れなくなるという可能性もある。
また、損傷があったとして、それが回復したから喋れるようになったのか……オレのこの声が低めのハスキーなのはその後遺症か、元からこの声だったのか? その辺りも謎だ。
物心付く前のことは、オレもさすがに覚えてないが――――疵痕は目立つし、醜くて不快で、寒い日や雨、気圧の変動で疼いたりと、本当に色々と面倒ばかりだけど……
「喋るのには特に不自由はしてないよ。っていうかさ、スノウが泣き喚き過ぎなだけなんじゃねーの? あれ、ホントウルサい」
「ま、確かにあのドチビは煩ぇな」
そっと手の平に指が走る。
『なにを話しているの?』
にこにことオレとレイニーのやり取りを見ていたステラが、聞いた。
「?」
『オレとステラが仲良いなって話』
「♪」
にこっと満面の笑みでステラが頷いた。
読んでくださり、ありがとうございました。