…なにか悩んでるなら、話してよ。
買い物を済ませ、ぼんやりと考えながら歩く。
オレの、したいことは・・・
「…ローズねーちゃん…」
「…ローズねーさんが、なに?」
後ろから、不機嫌そうな低い声がした。
「・・・ホリィ」
声の主がオレの正面に回り込む。
「なに? その嫌そうな顔と溜息は」
「…別に」
「それじゃ、答えてよ。ローズねーさんが、なんなの? コルド」
「…………ホリィに言う必要無い」
「こないだも、昨日もローズねーさんに会ってたでしょ。あんなにねーさんの香水の匂い付けて、なにをしていたの?」
詰問するような口調が面倒だ。真っ直ぐ見据える青灰色の瞳から目を逸らす。
「なんだっていいだろ」
ホリィには関係無いんだから。
ローズねーちゃんのことを言うつもりは無い。
「よくない! 普通に話すだけじゃ、あんな風に匂いは染み付かないもん!」
「…だからなに? ローズねーちゃんの香水が匂ってたらなんかあるワケ?」
「なんかあったのはコルドの方でしょっ?」
なにか、ならある。言いたくないこと。言えないこと。けど、言うつもりは当然無い。
家の連中には、絶対に言わない。
そう、決めている。
「ちゃんとこっち見て!」
ぐっと頬を挟まれ、
「・・・」
強引にホリィと目を合わされる。
「あからさまに嫌そうな顔、やめて。面倒だって思ってないで、ちゃんと話してよ。ね、コルド。ローズねーさんと、なにしてたの?」
「…なんでもいいだろ」
「まさか・・・言えないような、こと?」
サッとホリィの顔色が変わる。
「アホか。なんでそうなる」
「…だってコルド、なんにも言わないでずっと難しい顔してるんだもん」
「オレは大抵こういう顔だろうが」
無愛想な顔が標準だ。
「…なにか悩んでるなら、話してよ」
…話さないと納得しない、か。仕方ないな?
じっと覗き込む青灰色の瞳を、見詰め返す。
「・・・最近、すごく気になる奴がいて。ソイツのことで悩んでる」
「え? こ、コルド?」
ホリィの顔が段々と赤くなる。
「ソイツのことを考えるとさ、胸が痛くて眠れないんだ。頭ン中、ソイツのことで一杯になって…今、なにしてるだろうとか、次はなにをするんだろうとか・・・誰に、遭うんだろうって」
「そ、それってまさかっ・・・」
ソバカスの散った顔があわわと動揺。
「ずっと、考えてる。ソイツが誰と遭うのかを考えると、とても苦しいんだ」
「っ! ………」
「ね、これってなんだと思う? ホリィ」
「そ、それ…は」
「それは?」
困ったように口籠もり、真っ直ぐな青灰色が揺れ、やがて伏せられた。
「っ…ごめん、言えないっ!?」
両頬を挟んでいた手が離れたと思ったら、ホリィがダッと走り去った。
「…う~ん、知らなかったな? 君が恋に悩んでいるなんてさ」
横合いから爽やかなテノールがした。
「立ち聞きか? 悪趣味だぞ。ライ」
「立ち聞きっていうか、ここは公道だし。なんて言うか、その…修羅場ってやつかなぁって思って、声掛け難くて」
困ったように頬を掻くライ。
「別に。むしろ、割り込みなよ」
「それはさすがに…ね。というか、いいの? あの子追い掛けなくて」
「いい。放っとけ」
「君が恋をしているんだと思って、大分ショックを受けていたみたいだけど?」
「だから?」
「…クールだね。君」
「名前通り冷たいってよく言われる」
「…そう。いいの? あの子、明らかに勘違いしていたと思うんだけど?」
薄味な顔がホリィの走り去った方角を心配そうに見やり、またオレを見下ろす。
「嘘は言ってない。次に被害に遭うのが誰なのか、考えるだけで胸が痛む」
ま、勘違いはわざとさせたけど。
「…うん。まぁ、君に恋の匂いがしないのは判ってたけど…あの子は…」
「なに?」
「…ちょっと、可哀想かなって」
可哀想という言葉に、少し苛つく。
喉がざらつくような感覚に、サッと軽く頭を振って、思考を切り替える。
「・・・いいよ。別に」
それに、首を突っ込まれる方が厄介だ。
ホリィは、巻き込んじゃ駄目だ。絶対に・・・
「まあ、ボクが口を出すことじゃないか…」
「そうだね」
「ところで、次の被害者に心当たりでも?」
薄味な顔が、探るように見下ろす。
「いや? なんで?」
「心が痛むって言ってたから、君の知り合いでも被害者になりそうなのかなって?」
「知り合いじゃなくても、気分は悪くなるだろ。物騒だと、おちおち外も歩けない」
「そうだね」
読んでくださり、ありがとうございました。