忠告するのはアンタの自由。勝手におし。
道端に落ちていた新聞記事が目に入って、くらりと目眩がした。一気に気分が悪くなる。
「っ…ぅぐ…」
首を、切られ…て、殺され・・・
吐き気を抑え、ゆっくりと深呼吸する。
吐いて、堪るかっ! 食料が勿体無い!
大丈夫だ。オレの首は、ちゃんと繋がっている。
「はぁぁぁ・・・」
無理矢理気分を落ち着けて、新聞を読む。
三人、目。バンシー。喪服の老女。それは・・・
「昨日、のっ・・・」
あの人が、殺された。
厭な予感が当たったことに、背筋が粟立つ。
化け物の噂のある人は、他にもっ…
三人は全員、未明に発見されている。
老女には昨日の午後に会った。ということは、殺されたのはその後のこと。
夕方から朝方に掛けての時間帯。おそらくは、夜が危険ということだ。
「・・・・・・・・・」
じっくり考えた結果、ババアに会うことにした。
「用ってな、なんだい」
嗄れた声が言う。
「…これ、読みましたか?」
新聞を広げて見せる。
「これはっ…ジナが殺されたのかい・・・」
「ジナ?」
「殺された婆のことさ。金持ちでいけ好かない女だったけど…流行病で家族みんな死んでから、頭がおかしくなっちまったんだ・・・」
昔を思い出すかのような瞑目。
「それで? アンタはなにが言いたい」
軽く頭を振り、オレへ向き直るババア。
「ローズねーちゃん、月に何度か外出してますよね? 夜中に」
「・・・ませガキが」
「夜に外出させるのは危険です。やめさせてください。お願いします」
深く頭を下げる。
「・・・なんの関係がある? ジナと」
顔を上げ、ババアを真っ直ぐ見上げる。
「最初が吸血鬼。次が狼男。そして、バンシー。全員、化け物という噂があった人達です」
悪い噂や、奇行のあった人間。
「みんな、殺されています」
「・・・」
「ローズねーちゃんにも、サキュバスの噂がある」
その、若々しい美貌に。男の精気を吸い取り、虜り殺す女だという噂。奇しくも、最初の犠牲者はローズねーちゃんの客だった。既に噂は、元の噂よりも、変な風に広まってしまっている。
「夜に外出するのは危険だ」
苦虫を噛み潰したような顔。
「…こっちは商売だ。前金貰って契約している。ガキの戯言には付き合ってられないよ」
「戯言や杞憂だったら、それに越したことはない。でも、ローズねーちゃんになにかあってからじゃ、遅い!」
「・・・」
「ローズねーちゃんになにかあったら、ここだって困る筈だ」
「チッ…ったく、ホンっト厄介なガキだよアンタは。あたしに妥協できンな、せいぜい一人では行かせないことくらいだよ」
「そう、ですか…」
「…そろそろあの娘も起きる頃だ。忠告するのはアンタの自由。勝手におし」
「…はい」
しんとした廊下を歩き、ローズねーちゃんの部屋へと向かう。
コンコンとドアをノック。
「ローズねーちゃん、起きてる?」
「…え? あ、ウソ? なんでコルドちゃんが? ちょっ、ちょっと待ってねっ?」
暫く待って、ドアが開く。
「お待たせ、コルドちゃん」
本当に寝起きだったのか、ローズねーちゃんの髪には寝癖が付いたまま。
「おはよう、ねーちゃん。寝癖付いてる」
「え? どこ?」
「髪梳いてあげる。座んなよ」
「じゃあ、お願いするわ」
椅子に座ったローズねーちゃんの艶やかな栗毛を、丁寧にブラッシング。
「コルドちゃん、髪のお手入れ上手よね?」
「ま、オレも伸ばすし」
少し前に切ったばかりで、今は肩に着かないくらい。また伸ばしている最中。あと二、三年もすれば、いい長さになるだろう。
「髪、綺麗だと高く売れるから?」
「そう。金髪は特にね。放っときゃ勝手に伸びるし、ただ切って捨てるのは勿体無い」
長くて綺麗なら、それなりの高値が付く。
「誰もが羨むその金髪を、あっさり売っちゃうなんて勿体無いわよ」
「これ、くすんでるから。誰もが羨むってのは、大袈裟じゃない?」
長い栗毛を、後ろで緩く三つ編みに。
「金髪のコルドちゃんには、わからないわ。この憧れと羨ましさはっ」
ツンと唇を尖らせるねーちゃん。
「カツラにされるらしいけど?」
「カツラなんてイヤ。勿論、染めるのもイヤよ? 金髪は女の子の憧れなの」
「ま、これは遺伝ってやつらしいからね。諦めて」
リボンで括っておしまい。
「わかってる。だから憧れなの。憧れ」
「ふ~ん」
「それで? どうしたの? あたしの髪を梳かす為に来たワケじゃないでしょ? コルドちゃん」
「・・・うん」
読んでくださり、ありがとうございました。