バンシーに死を。
流血、グロ注意。
不快に思うような表現があります。
横たわる喪服は、周囲の闇よりも深い色。
その喪服の上で祈るように組まれた両手と、上に乗った顔の青白さが窺える。
その閉じた両目には、なにも映らない。
その閉じた唇は、なにも語ることはない。
小柄な影が仰向いた痩せぎすな薄い身体の足元へしゃがみ込み、
「・・・大変だったな?これは・・・」
皺の刻まれた老婆の顔を、正面からまじまじと眺めて言った。その唇が、うっそりと弧を描く。
「・・・悪趣味な」
硬質な低い声が吐き捨てた。
痩せぎすな身体には水分が少ないのか、頸元から流れ出る血はそう多くない。
「…バンシーに死を…」
笑みを含んだ澄んだアルトの呟きに、
「行くぞ」
硬質の低い声が言う。
捨て置かれた老女の足元には、アルトの呟きと同じ、掠れた血文字が残される。
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翌朝の新聞。
奇怪な遺体、三度発見っ!?
三人目はバンシー?
仰向けで両手を組んだ喪服の老女。その胸の上には、両目の目蓋と口が縫い付けられた老女自身の頭が乗せられていた。足元には、『バンシーに死を』という血文字が残されていた。
バンシーとは、泣き叫んで死を告げる女の妖怪のことだ。被害者の老女は、家族を相次いで亡くしたことから精神を病み、街を徘徊しては行き会う人に死を告げていたという。
尚、残された文面は前回、前々回の犠牲者のときと同じ文面で、犯人は同一人物と見て・・・
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同日。朝。
「…………っと、なんか言いなさいよっ!?」
朝っぱらから…ぎゃんぎゃん騒ぐ甲高い怒鳴り声が、非常に五月蝿い。
「・・・」
「聞いてるのっ! 昨日ホリィ、ずっとアンタのこと探してたんだから!」
毛布に包まるオレを、ぎゃんぎゃんと煩く見下ろすのはスノウだった。
「・・・」
人は眠いというのに・・・
「ケンカだかなんだか知らないけど、どうしてコルドはそう冷たいのよっ!」
スノウの甲高い声が響く。
「ホリィがかわいそうじゃない!どれだけコルドのこと心配したと思ってるのっ! ホリィにちゃんとあやまりなさいよねっ!?」
「・・・はふゎ~」
「ちょっ、人が話してるのにあくびっ? っていうか、なにまた寝ようとしてんのコルドっ!?」
頭から毛布を被って、スノウに背を向ける。
「っ…!! コルドがそんなだからっ…そんな風に冷たいからきっと、コルドの親はコルドを捨てたのよっ!?」
スノウが叫んだ瞬間、ドタドタと足音が響き、バタン! と乱暴にドアが開いた。
「朝っぱらから煩っせえっ!? クソドチビがっ!! 手前ぇは言っていいことと悪いことの区別も付かねぇのかっ!? ああ゛っ!?!?」
乱入して来たレイニーが、スノウの胸ぐらを掴み上げて怒鳴り付ける。
ビリビリとした本気の怒気だ。
「ぅっ…」
あ、ヤバい。そう思ったら、
「・・・うわ~~~んっ!? レイニーが怒鳴ったぁぁぁ~~~っ!!!!!」
案の定スノウが泣き出した。余計に煩い。
これじゃもう、二度寝どころじゃない。ったく…
「ドチビ手前ぇ、泣きゃいいとでも思ってンのかっ!? ああ゛っ!? コルドっ、お前も、言いたいことあンならちゃんと言えっ!!」
「・・・ンなの別にどうでもいいよ。っていうか、煩いし。早く放したげなよ」
ビービー泣き喚くスノウが心底煩い。
「あのなっ、お前がなんも言わねーからこのクソドチビが調子こくんだろっ!?」
「・・・レイニーにスノウも、朝っぱらから人の部屋で五月蝿いんだよ。出てけ」
「コルドもレイニーも大っ嫌いっっ!!!」
「ああ゛? 手前ぇはコルドに謝ンのが先だろっ、クソドチビがっ!!!」
キレたレイニーに、益々泣き喚くスノウ。
「はぁ・・・」
仕方ないので、枕元に置いてあるスカーフを首に巻き、部屋を出る。
「あっ、おいコルドっ!?」
「・・・付き合ってられるか」
コツ、ひたと独特の足音。杖を突いて部屋の近くまで来たのはウェン。
「・・・朝から煩っせぇ。響くんだよ」
低い声。物凄く不機嫌そうだ。きっと、ステラ以外にはみんな伝わっているだろう。
「…そうだね」
「…平気か?」
険のある目が見下ろす。別に睨んでいるワケじゃない。近眼なだけだ。
「なにが?」
「…お前が気にしないなら、いい」
「オレはそんなに繊細じゃないよ。っていうか、オレじゃなくてレイニーが怒ってるし」
ひた、コツと近寄って、骨張ったウェンの手が頭をぽんぽんと撫でる。
「…黙らせて来る」
と、通り過ぎ…
「お前ら朝から煩っせぇんだよっ!! 少しゃ静かにできねぇのか馬鹿共がっ!!!」
デカい雷が落ちた。
「うわ~~~~~~~っ!?」
「悪ぃな、このクソドチビだろっ!?」
「お前の怒鳴り声は煩ぇんたよっ!」
そして、廊下の端でこそこそと窺う影。
「・・・なに? なんか言いたいことあるなら、出て来れば?」
「・・・怒ってる? コルド」
ぼそぼそとホリィが言う。
「別に」
「だって、昨日は口利いてくれなかったし・・・それに、今もスノウが・・・」
しゅんと項垂れて顔を上げないホリィ。
「昨日はそういう気分だっただけ。喋ってないのはホリィだけじゃないし。それに、どうせ今の、聞いてただろ」
ウェンとの会話を。
「ぅ…ごめん」
「アレ、ビービー煩い。どうにかして来て」
「うん! わかった!」
バタバタと駆ける足音。
暫くして、泣き声が止んだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
第三の事件です。