気にしなければ無害で・・・憐れな人だ。
「なんて顔して走ってんのっ?」
バッとオレを覗き込むのは、
「っ・・・」
心配そうなホリィの顔。こんな、ときにっ・・・
「どうしたの? なんかあった?」
ぎこちなく首を振り、目を逸らす。
「…なん、でもない」
「なんでもないって顔してないでしょ? ほら、ちゃんと話す」
「・・・・・・」
黙ると、くっと両手で頬を挟まれた。
「こないだから変だよっ? コルドっ」
真正面から見据える、青灰色の瞳。
「っ…、ウルサいな! なんでもないって言ってるだろ! 放っといてよっ!?」
温かい両手を乱暴に払って走る。
「ちょっ、コルドっ!?待てっ!?」
足はホリィの方が速いが、スカートでは本気で走れない。十分、引き離せる。
とりあえず、一人になれる場所へ。
ホリィやみんながあまり来ない場所。一般的な、所謂普通の家々が建ち並ぶ一画の公園へと、走って逃げて来た。
レイニーが狙うのはもっと裕福な層だし、ホリィやスノウは普通の家庭を見ると切なくなると言って、あまり来ない場所。
孤児じゃない子供達が、ちゃんと血の繋がった兄弟姉妹や親子同士で並んで、手を繋いで歩いたり、楽しそうに笑って遊んだりしている場所だ。
とはいえ、ファングみたいに目立つ大きな狼犬が後ろを付いて歩いていたら意味が無い。ホリィが跡を追って来るのも時間の問題だ。
さて、どうするか・・・
「君、オレと別方向行かない?」
ファングに聞いてみるが、無視。
「・・・はぁ…」
シンの言葉を思い出す。
異端者、か・・・
異端。正当じゃないモノ。間違っているモノ。正しくないモノ。邪道。
そして、死にたくなければ、化け物の噂のある奴には近付かない方が賢明・・・
どういう、意味だ?
今のところ、殺されたのは二人。
吸血鬼の噂のあった高利貸しの男と、犬や子供を殺して喰うという人狼と噂された浮浪者。
犯人はヴァンパイアハンター…だと騒がれているが、そんなの、有り得ない。
普通に考えて、化け物なんて存在しない。そして、いないモノは殺せない。
しかし、その化け物の噂を本気で真に受けた奴がいたとしたら・・・?
「・・・頭のおかしな人間が、化け物の噂のある人を殺している…ってか?」
犯人はまだ、捕まっていない。そして、化け物の噂があるのは・・・吸血鬼と人狼だけじゃない。
犯人が、正義を気取って化け物退治をしているつもりなら・・・死人が、増える?
首の疵痕を押さえ、目を閉じて上を向く。
化け物の噂のある奴には近付くな。だなんて、そんなの、無理なんだよ・・・
「・・・どう、すればいいのか・・・?」
ぽてぽてと腰の辺りが軽く叩かれた。なんだろうと思って目を開けると、ファングが尻尾を振ってオレに当てている。
「?」
くいっと顔を道の方へ向けるファング。
「??」
わからないままでいると、
「わわっ!」
今度はオレを押し始めた。
「え? なに? あっち行けって?」
植木の茂みの方へ押されるとファングが身を伏せ、その尻尾がぽてぽてと地面を叩く。
「なに? 隠れろって?」
正解。という風に尻尾が一揺れ。
茂みの影に膝を抱えて蹲ると、暫くしてバタバタと走る足音が響いた。
「っ…コルドっ、いないっ!」
息を切らせたホリィが公園をザッと見渡し、また走り去って行った。
「ありがとう。助かった」
ぷいとそっぽを向くファング。その伏せたままの頭を撫でて言う。
「今は…顔合わせたくなかったからさ。それにしても君、賢いよね? なのに…なんで駄犬呼ばわりされてんの?」
蒼い瞳が睨み付けるように見上げ、
「・・・やっぱり、言葉も理解してるしさ?」
ぷいと目を逸らした。
「…ま、いいや」
場所、移動しないとなぁ。
ホリィの走って来た方向へと向かう。一度探した場所は盲点。灯台もと暗し、だ。
道を歩いていると、ふらふらと歩く異様な…枯れ木のような喪服の老婆に出くわした。
「…………………………………」
ぶつぶつと意味を成さない不明瞭な言葉と、心を病んだ者特有の虚ろな目。
「…死ぬ。あんたは、死ぬ…」
擦れ違う一瞬、ギロリと血走った目がオレを強く睨んで、ハッキリとした言葉が向けられた。
十分に離れたところで、息を吐く。
「…ふぅ…相変わらず怖ぇ」
喪服の老婆は割と有名。なんでも、立て続けに家族を亡くして精神に異常を来したそうで・・・幽鬼のように街を徘徊しては、誰彼構わずに「あんたは死ぬ」と言い捲っている。
死ぬと言われても、特になにがあるワケでもない。不気味で気分が悪いが、ただそれだけ。気にしなければ無害で・・・憐れな人だ。
家に帰って、誰とも話さずに寝た。
読んでくださり、ありがとうございました。