とある氷雨の降る寒い日のこと。
流血、怪我などの痛い表現に注意!
「……ふぃっくしっ!」
ぅ、くしゃみが。ちょっと寒いかも……
「あら、可愛いくしゃみ。そういえば、服濡れたままだったわね。着替えた方がいいわ」
ねーちゃんが立ち上がり、クローゼットをがさごそ。服を取り出した。
「あたしのブラウスあげるから。少し大きいけど、袖捲れば平気よね?」
「いいの?」
「遠慮しないで」
「わかった。じゃ、あっち向いてて」
「ふふっ、恥ずかしがらなくてもいいのに」
笑みを含んだ声が言う。
「いいから、目冷やす!」
「はーい」
ローズねーちゃんが目にタオルを乗せたのを確認して、ブラウスに着替えた。けど……
「……ねーちゃん、マフラーかストールとか、なんか……首に巻くもの、無い?」
首が開き過ぎだ。これじゃあ……
「……あ、見えちゃうのね……疵痕」
手で押さえて隠したのは、醜い……首の左側から喉元に走る、皮膚が引きつれ、肉が薄く盛り上がってでこぼことしたギザギザの痕。
オレが、首元の詰まった服を着たり、首になにか巻いたり、シャツのボタンを開けない理由。
今から約十年程前。
とある氷雨の降る寒い日のこと。
一人の乳児が捨てられていた。首を切り裂かれた状態で。
その乳児は当時二、三歳の幼児に拾われた。乳児の首は深く切り裂かれており、その乳児を発見して抱いていた幼児は、血塗れになっていたそうだ。
乳児は酷く衰弱していたが、氷雨の降る寒い日だったのと発見が早かったことが幸いし、怪我の割に出血が少なくて済み、オマケに回復力が高かったようで、一命を取り留めた。
乳児は身元の判る物を一切身に付けておらず、また名乗り出る親類もおらず、その乳児を発見した幼児のいた孤児院に引き取られることになった。
その、幼児に発見された乳児がオレ。で、発見した幼児ってのがホリィだ。
オレの最初の命の恩人ってやつ。で、それがホリィの曰くになってしまった。血塗れの子供という……
そして、オレの首を切ったと思しき凶器は鋸のような刃物だった為、ぐちゃぐちゃの傷は縫合が困難で、首にはこの疵痕が残った。
首を切られて殺されそうになった可哀想な――――けれど、それでも生き残った、ある意味幸運な赤ん坊。
それが、オレに付き纏う曰くだ。
この汚い疵痕の残る首を晒して歩いていると、視線を集めて煩わしい。見ていて不快になるのは事実だし、色々と厄介で面倒なことになるので、普段はできるだけ隠すようにしている。
可哀想なんて言われると、吐き気がする。
で、この傷の後遺症だったのか、オレは言葉が遅かったらしい。約四歳近くまで泣きも喚きもしない、静かな赤ん坊だったという。
代わりに、約二歳半程で字を書き始めたとか。これが、頭が良いという評判の正体。
オレの声が少し低めで掠れたハスキーなのも、この傷が原因だろうとのこと。今でも、雨が降る前や寒い日には、疵痕が鈍く疼く。
オレは、親に殺されるような赤ん坊だったのか、赤ん坊を殺すような親だったのか……
それとも、誘拐だったのか……
とりあえずハッキリしているのは、当時この近辺で行方不明になった乳児はいなかったこと。
親や親類は、オレを探せなかったか、探す気が無かったか、要らなかったのか……
乳児の首を切り殺そうとしたのが、親かもしれない。それを考えると、人間は怖い。
けれど、その一方で、そうやって捨てられていた乳児を助けてくれた人間も数多くいる。
彼らがいなければ、オレは確実に死んでいた。
多分、そういうことが両方できてしまうのが、人間というモノなのだろう。
「ちょっと待ってて」
少しして、ローズねーちゃんが青いスカーフを出してくれた。それを受け取って首に巻く。
「似合うわ。コルドちゃん」
「ありがとう、ねーちゃん」
「ふふっ、これもあげる」
「いいの?」
「ええ」
柔らかい微笑み。
それから一緒にお菓子を摘み、
「じゃあ、そろそろ帰るね」
ローズねーちゃんは大丈夫だろうと判断して、帰ることにした。
「そうね。もう暗くなるわね……コルドちゃん。ごめんね? ……ありがとう」
頬に触れる柔らかい唇。
「いいよ。気にしないで。不細工な顔のローズねーちゃんはレアだからね」
「んもうっ、コルドちゃんヒドい!」
「ふっ、ごめんウソ。泣いて目真っ赤に腫らしてても、ねーちゃんは綺麗だよ」
お返しに、ほっぺたにキス。
「ふふっ、ありがとう。大好きよ」
「オレも。じゃあね。ローズねーちゃん」
そろそろ日暮れ。さっき下に降りたときには誰にも出くわさなかったけど、ぼちぼち他のねーちゃん達も起き出す時間だ。構われるのは面倒なので、来たとき同様に窓から出て木を降りて中庭から出て行く。
帰るかと思ったら、裏口から少し離れた場所に銀灰色の毛並が座っていた。いつまで待たせるんだ? とばかりの視線で、悠々と立ち上がるファング。
どうやら、お迎え? をしてくれているらしい。
それから家に帰ると、ホリィがまた不機嫌になっていた。
他の奴の手前、なにも言わなかったが、じっとりと物言いたげな青灰色の視線が突き刺さる。
……ホント、めんどくさい奴。
オレに構わなければいいのに。
そうしたら、ホリィには血塗れの子供なんて曰くは付かなかっただろうに……
そして、どこかの家に貰われて、幸せに暮らしてたかもしれないのにさ?
読んでくださり、ありがとうございました。