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ばーちゃんも、気を付けてね?

 向かうのは、近所の一人暮らしのばあちゃんが住む家。自称魔女のばあちゃんだ。


 勿論、魔法が使える……ワケはなく、単に昔からの知恵袋。動植物に詳しい森の民、ケルト民族の末裔(まつえい)。ウィッチクラフトの達人だ。


 昔はケルトの魔女と呼ばれる人(男も魔女と呼ばれていた)は、あちこちにいたらしいが、土着の野蛮な宗教呼ばわりされての弾圧や魔女狩りのせいで、非常に数が減ったという。


 数十年前までは、医療技術の発展を野蛮な行為として異端視。教会側が規制し、病気になったら神とやらに祈りを捧げて病気が治るのを待ったらしい。


 土着の医療行為で病気や怪我の治療や回復に努めるよりも、神とやらに(すが)って死を選ぶとか……昔の人の思考は意味不明だ。


 まあ、宗教家が病気の治癒という神の奇跡(・・・・)とやらを、医療という技術に(おとし)められることを嫌っての規制と弾圧だったのだろうが――――


 ペストの大流行で魔女狩りは衰退。そして、あれだけ異端として弾圧し、虐殺していた医療技術者達を頼らざるを得なくなるとか……皮肉にも程がある。


 まあ、一説によると、ある程度の智識を持った人達の全てを魔女だとして虐殺し捲ったが為に、病気の治療や予防ができなくなってペストが大流行したという話もあるが。


 どのみち、大層皮肉が利いていることだ。


 そんな中を生き抜いた人達は、本当に凄い。


 魔女狩りが衰退した今でも、魔女だと公言するのは非常に勇気が要ることだ。


 そして、その魔女狩りを逃れた魔女のばーちゃんの家は、娼館の建ち並ぶ同じ区域にある。医者に行くよりは、手軽で代金も安い。


 娼館のねーちゃん達がよく世話になっている。だから、ばーちゃんは生き残ったのだとも言える。


 ばーちゃん家に着くと、ファングが立ち止まった。敷地に入るつもりはないようだ。


「ばーちゃん、元気してるー?」


 ドアをノックしながら声を掛けると、しわしわの小柄なばーちゃんが出て来た。


「コルドとステラかい。どうしたんだ?」

「お茶が切れそうなんだってさ」


 紅茶は外国からの輸入品で、嗜好品。なので、買うと高価だ。お客に出すなら()(かく)、普段娼館でねーちゃん達やババアが飲むお茶は、この家のハーブで作ったハーブティーだ。


「そうかい、なら適当に摘んでお行き」

「ありがとう」


 薬草、毒のある植物、食べられる草や実の成る木、ハーブの種類など、みんなばーちゃんに習った。そして、庭の手入れを手伝う代わりにハーブ類を分けて貰っている。


 カモミール、フェンネル、マリーゴールド、薬用サルビア、(あざみ)、菊、ミント、バジル、クローバー、タイム、木犀(もくせい)、桑、プラムなど……とりどりに薬効のある草や木が生えている。


 家自体よりも、庭の面積の方が広い。


 繁殖力の強い物からどんどん摘み取り、持って来た籠に放り込んで行く。


 トンと肩が叩かれ、草一杯の(かご)が誇らしげな笑顔で差し出された。誉めて誉めてというステラの顔に、思わず笑みが零れる。頷いて、


「偉い」


 と言う。照れたような笑顔。ステラは、簡単な単語なら、唇を読んで理解できる。


 籠一杯のハーブを、乾燥させる為に種類別で束にして家の軒下に吊るして干す。


「ばーちゃん、ハーブ干したからさ。乾燥した頃に取りに来るね」

「あいよ。それじゃあ、お茶出すから縫い物でも頼もうかね?」

「わかった。ちょっと待って」


『ばーちゃんが縫い物頼むってさ』


 コクンと頷くステラ。一緒に手を洗う。


「雑巾を頼むよ。年を経ると目が悪くなっていけないねぇ。全く……」


 ぼやきながらばーちゃんが裁縫道具とボロ布を取り出し、持って来る。


『雑巾だって』


 コクンと頷き、ステラは手慣れた様子で布を切断。針に糸を通して縫い始める。


「ほれ、お茶だよ。これもお食べ」


 チクチクやっていると、ばーちゃんが生のミントのお茶と薄切りの黒パンに木苺や桑の実のジャムを出してくれた。


「ありがと、ばーちゃん」


 甘味は貴重だ。


「いいさ。沢山作ったが、どうせあたし一人じゃ食べ切れないからね。しかしまあ、相変わらずステラは針が速いこと」

「慣れてるからね。家でウェンの手伝いもよくしてるし」


 まあ、何時間も黙々と、一言も喋らないで針仕事をこなす二人は、端から見るとちょっと異様だけど……ウェンもそんなに口数が多い方じゃないし、両手が塞がっているとステラも『喋る』ことができないから仕方ないだろう。


 ステラが得意なのは、刺繍(ししゅう)と編み物だ。


 紙やペンは割と高価な消耗品。字を覚える為でも、できればそんな出費は避けたい。


 ステラに字を教えていたとき。最初は地面に書いたりしていたけど、すぐに消えるし、雨や雪の日にはできない。それで、ウェンを見て思い付いて、布に糸で『書く』ことにしたワケだが……沢山『書いて書いて』、ステラの刺繍の腕は上がり(まく)った。


「そうかい、いい子だね。そういえば、ウェンは最近見てないけど、元気かい?」

「毎日針仕事してるよ。偶には歩いた方がいいからね。今度、引っ張って来る」

「連れといで。待ってるよ」

「うん」


 そして、オレが一枚縫う間に、ステラは三枚。一枚十分程のペース。早いな。


「……」

「どうしたね? コルド」

「なんか、オレの下手くそ」


 ステラの縫ったのとオレの縫ったのを見比べると、オレの縫った方は縫い目が粗いというか、一定じゃないというか……ハッキリ言って下手くそだ。


「ステラの縫ったのが上手いだけさね。コルドの縫ったのも十分使えるよ」


 ツンと袖が引かれる。


『どうしたの?』

『ステラの縫ったのが上手いなって』


 えへへと照れ笑い。素直な奴め。


 裁縫をしつつお茶と、ジャムを乗せたパンを食べながら雑談。そして、摘んだ生のハーブを持ってばーちゃん家から帰る。


「じゃあ、またね」

「気を付けてお帰りよ? 近頃は……なにかと物騒だからね」


 真剣な顔で言うばーちゃん。


「うん。ばーちゃんも、気を付けてね?」


 自称魔女のばーちゃん。きな臭い現状では、心配だが……一応、娼館の多い地区や医者ではないが医療行為をしてくれる人の住む周辺は、裏社会の人達にとっての緩衝地帯となる。


 医者に行くと都合の悪いような人でも、怪我や病気をすることはある。そんな人達を受け入れる場所は、絶対に必要だ。


 そして、そんな緩衝地帯を害する者は、それを必要とする人達に潰される。徹底的に。だから……ばーちゃんは大丈夫だと思いたい。


「またおいで」

「うん」


 にこにことばーちゃんに手を振るステラの手を引いて歩く。と、敷地の前でちょこんと座るファングを見て、ステラの目が輝く。触ってもいい? と、顔が聞いている。


「触ってもいい? だってさ」


 聞くと、ファングはぷいとそっぽを向いて歩き出した。多分……嫌なのだろう。


『ステラ、触るのは諦めろ』


 ガーンっ! とショックを受けた顔。


『なんで? さっきはOKだったのに!』


 なんでって……


『多分、ハーブの匂いがキツいんじゃない? 犬って、鼻いいからさ』


「はぁぁぁ~~」


 と、心底残念そうな深い溜息。


『帰るぞ』


 コクンとステラが頷いた。


 読んでくださり、ありがとうございました。

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