返事の原稿と、また新しい手紙だよ。
よくわからないうちに銀灰色の狼犬、ファングの同行を許したことになり――――
「……」
一定距離を置いてついて来る大きな犬。オレが足を止めると、その犬……ファングも止まる。
「ま、気にすンな。預り賃まで貰ったんだ。ただで犬飼えると思えよ」
レイニーまでそんなことを言うし。
「……なんでOKしたの?」
捻くれ者のクセに。
「あ? ……そう言や、なんでだ?」
不思議そうに首を傾げるレイニー。
「……」
「お前、結構犬好きだろ? だったら別にいいじゃねーか。気にするな」
いい……のか?
「つーかチビ、いいのか? 今日はババアんとこ行く日じゃねーのかよ?」
「ああ、そうだったな。ンじゃ行って来る」
「おう、またな」
「ん」
※※※※※※※※※※※※※※※
一旦、うちの方向へ向かう。ファングが付いて来るのは気にしないでおこう。
娼館が建ち並ぶ区画の、高級感漂う娼館の裏手にあるのが潰れた孤児院。オレらの家だ。
で、その表側に建つ娼館の主がオレらの家の地主。元高級娼婦上がりの遣り手ババアだ。自分が元娼婦だけあって、ババアの店は良心的らしい。娼館の外観にも派手さはないが、そこが上品だとか。頭の悪い女は、長く勤められないらしい。
院長が死んだときに追い出されると思ったが……ババアはかなり遣り手のババアなクセに、なぜかオレらに出て行けとは言わなかった。
最初は売りでもさせられんのかと思ったが……ガキにも一定の需要はある。酷い孤児院だと、本当にガキ……それも年齢一桁の幼児に、男女関係無くそういう行為をさせて金を取る孤児院が存在している。
しかし、あのババアはそんなことはしなかった。オレらのことを役人に言わず、追い出すこともせず、ウェンとステラに針仕事を、そしてオレには代筆まで斡旋してくれる。
ただ、その代わり、オレらには面倒を看てくれる大人はおらず、生活は自分達でしている。
けれど、寝床があって仕事も貰え、食料が買え、自分達で生活ができている。
そして、娼婦のねーちゃん達が割と可愛がってくれる。服のお下がりをくれたり、偶にお菓子の差し入れをくれたりもする。中には、オレを虐待したような女もいるが、それは極少数。
服はウェンとステラがリメイクして、自分達で着たり、売ったりしている。
衣食住があって、充分暮らして行けている。
他のストリートチルドレンや外道な孤児院に比べると、かなりの厚待遇だと言えるだろう。
恵まれている。
ただ、オレらには両親と呼べる存在と、血の繋がりというモノが無いだけだ。
「ここで待ってて」
娼館の手前でファングに言うと、ゆらりと尻尾が振られた。了承なのか、ファングがその場に留まる。
やっぱり、ファングは頭が良いと思う。なぜ駄犬呼ばわりされるのか、本当にわからない。
時間は、日が真上から少し傾いた頃。
これくらいの時間帯ならいいだろう。娼館の住人の朝は遅い。
ババアの娼館の裏口へ回ってノックする。
「五月蝿いね、まだ開いてないよ」
嗄れた声で不機嫌そうに出て来たのは、昔は美人であったことを思わせるババア。細身のクセに、なかなか迫力がある。
「なんだい、アンタかい。ちょっと待ってな。今、持って来るよ」
チラリとオレを見下ろし、また奥へ引っ込むババア。そして、封の切られた外国からの手紙や便箋、レターセットを幾つか持って出て来た。
「ほら、返事の原稿と、新しい手紙だよ。さっさと持って行きな」
ねーちゃん達への、外国語で書かれた手紙の翻訳。そして、翻訳した手紙への、英語で書かれた返事を、また外国語へ翻訳して代筆するのがオレへの仕事。
元々は死んだ院長が代筆屋をしていた。それを、オレが引き継いだ形になる。
「期限は?」
「いつも通り。できたらでいいさ。持って来るのは、夕方ンなる前だよ」
「わかった」
数年前。娼館で働いていた娼婦の一人にオレが首を絞められて殺されかけてから、ババアはオレが娼婦のねーちゃん達に接触することに対して、いい顔をしない。
まあ、問題を起こしたんだから当然だろう。よって、オレの出入りはねーちゃん達が起きて来る前に済ませろというワケだ。
それに、オレもあの女のせいで、女が少し苦手になったからな。特に異論はない。
「誰かお客さんですか?」
奥から、気怠げで甘やかなソプラノがした。
ババアの顔が嫌そうに歪む。
「あら、コルドちゃんじゃない」
奥の階段の上から、ひらひらとオレへ笑顔で手を振る綺麗な女性。
「久し振りね? あたしの部屋に来ない?」
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