ほれ、所詮は動物。それも駄犬だ。
「おい、ホントにここかよ?」
「宿屋以外で雨露を凌げる場所まで案内してくれって頼まれたから」
「は? なんでまた」
「子供一人じゃ、宿屋は泊めてくれないからじゃないの? 家出って言ってたし」
「マジかよ……で、どれだ?」
「さあ? 一応、警備の厳しくない古いとこお勧めしといたけど……」
「バカかお前。幾つあると思ってンだ」
ムッと顔を顰めるレイニー。
「あまり古くなくて居心地のいい倉庫は限られてるし。それから覗いて行けば、すぐ見付けられると思うよ? それとも……君、飼い主の場所わかったりする?」
振り返って銀灰色の狼犬に聞いてみると、ふいと尻尾を揺らして歩き出す。
「……ついてってみる」
「あっ、おいコルド!」
暫く歩くと、とある倉庫の前で犬が止まる。
その扉を開けると、
「……帰って来た……というより、客連れか」
薄暗い中から澄んだアルトの声。
「……言ってみるもんだね」
小さく呟く。本当にいたし。
「なんの用だ?」
積み荷の木箱の上、足を組んでこちらに顔を向けるのは、昨日の変な奴。
「む……? そこの子供、見覚えがあるような……デジャ・ビュか?」
「昨日会ったよ。案内したろ?」
「ああ、あのときの。ふむ……今日は違う子供と一緒か……して、なんの用だ?」
仄暗い倉庫の中、白皙の面がよく映える。
「用って言うか……コイツ、君のだよね」
シルバーグレイの犬を示す。
「うん? わざわざ連れて来たのか? 放っておいても構わんと言った筈だが」
「連れて来たっていうか、なんかオレに勝手について来て困るんだけど? 飼い主なら引き取ってくれない?」
「ふむ……そう言われてもな? 私は放任主義だ。よって、この駄犬の行動には我関せず。好きにさせておけ」
「だから、迷惑なんだって。こんなデカイ犬が家来たら、チビが泣く」
「チビ? 弟妹がいるのか?」
「義理のだけどな」
「……子供、お前自身は犬は嫌いか?」
「別に嫌いじゃないけど……」
何故か答えてしまった。
「では、こうすればいい。お前、あの子供の言うことを聞け」
横柄な態度での命令に、狼犬が嫌そうに横を向く。
「仕方無かろう。お前が勝手に付き纏っている。嫌ならやめろ。それとも、その子供の弟妹を泣かすか?」
まるで、犬が言葉を理解しているような物言い。
碧い瞳と蒼い瞳の交錯。
先に折れたのは、蒼い瞳の方。
ふっと溜息のような音がして、了承するように尻尾がゆるりと振られた。
「お前の言うことを聞くよう言い含めたぞ? という訳で、暫く付き纏われても気にするな。大して吠えんし、世話も餌も要らん。適当に放置しておけ。お前に飽きたら消えるだろう」
「なんだそりゃっ、適当過ぎンだろうが!」
レイニーが言う。
「私に言われてもな? ほれ、所詮は動物。それも駄犬だ。人間のことばが通じる訳も無し」
「いや今、言い含めたっつったろっ!?」
「そこはそれ。言うだけはな。まあ、要努力だと言ったところか?」
「ンなんで納得するか! 噛まれたらどうすンだ? 危ねぇだろうが」
「人間は噛まない」
アクアマリンの真剣な瞳。
「絶対にな。これだけは断言する」
凛としたアルトが響く。
「……」
「信用できないか? ならば、お手でも伏せでも言って みろ」
「え?」
「お前の言うことは聞くぞ。まあ、他の奴の言うことは聞かないだろうがな? ほれ、そこのもう一人と試してみろ」
「……コイツの名前は?」
レイニーが低く訊いた。
「名前、な。必要か? 犬でも駄犬でも畜生でも好きに呼ぶがいい」
ウゥゥと、抗議するような低い唸り声。
「不満か? 我が儘な奴め」
我が儘? 幾ら犬とはいえ、割とヒドい言い様だと思うが? というか――――
「ソイツ、言葉わかってるのか?」
「……」
低い唸り声が止む。
「ある程度の言葉は解する。但し、通じるかは別だがな? 所詮は駄犬」
ケッと、犬がそっぽを向く。
「充分通じてるぞ? 悪口」
「で、名前は?」
「ふむ……では、ファングとでも呼べ。私はシン。そして、子供。お前の名前は?」
「……コルド」
答えるつもりは無かったのに、なぜかシンに名乗ってしまっていた。
「ファング。コルドにお手」
スッと銀灰色の犬がオレの前に。じっと見上げる蒼い瞳が――――
「え? あ……ぅ……」
なんとも威圧感たっぷりだ。
「どうした? 絶対噛まないから手を出せ」
恐る恐る手を出すと、やれやれとばかりに手の平に前足がポンと乗せられた。
「今度は自分で言え」
「え~と……お座、り?」
ふっ、と嫌そうな溜息で座る狼犬。
「これで文句は無いだろう?」
「や、文句言いたそうなのはファング」
「犬は飼い主に服従するモノ。気にするな」
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