第四話 夏休み突入、それぞれの思い②
第4章 夏休み突入 それぞれの思い②
事件も無事解決し、俺のノートも返ってきて三週間ぐらい経った。
そして――
今は夏休み!
長い休み、学校に行かなくていい、宿題以外は何をしても怒られない、この三拍子がそろった素晴らしいものなのだ。なのに――
「おい、榛名。ぼーっとしてんじゃない! 真面目に授業を受けろ」
なんで、俺は授業を受けているのだろうか・・・。
あっそうか。俺、試験で英語赤点になって補習受けてんだ。忘れてたわ。でも――
「なんで、俺しかいないんだ!」
「榛名、うるさい! そして立ち上がるな! お前以外、全員赤点取らなかったってことだ!」
「・・・すいません」
「よし、座れ」
「はい」
まったくそんなに怒らなくてもいいじゃないか。こちとらノート取られて大変だったんだぞ。赤点ぐらい見逃してほしいわ。
そんなわけで今日から一週間ほど学校に通わなくてはいけなくなった。まあ、家にいても特にすること無いし、別にいいんだけど・・・。ただ、渡辺の授業なんだよな~。眠くなる。
・・・と、思ったのだが・・・。
「えっとここは、こうなるからここの形を使えば、次の問題は解けるよな? 榛名」
「えっ・・・あっ、はい」
「よし答えろ」
「・・・わかりません」
「よし、宿題追加な」
「はぁー?」
なんてことしやがるんだ。元から赤点取って宿題多いのにさらに追加って・・・。殺す気ですか・・・?
あと、ほんとこの人の授業は「あれがあれでー」とか、「これがこれでー」としかで、具体的なことは言わないからわかりにくい。マジ、やってられんのですよ。
「――じゃあここまだな」
「うおー! 終わったー」
「あと、六日間あるけどな」
「うっ・・・」
授業が終わって俺は、教室の外にあるロッカーに荷物をしまって中に入れていた携帯を出していると、
「なあ、榛名」
「なんでしょう?」
ちょうど教室から出てきた渡辺に声を掛けられた。突然話しかけられていささか不思議に思ったが、この人の真面目な顔を見てかなり重要なことでないかと思った。
「お前、ちゃんと話せたんだな」
「・・・俺、そんなに無口で根暗な奴に見えましたか?」
かなり直球な質問だったが、意味は言葉通りではなかったらしい。その証拠に「いや、そういうわけじゃない」と前置きしてからまた話し始めた。
「明るいというか、もっと暗いイメージだったんだよ。俺の中でお前と言う生徒は」
「っ!」
確かに、俺はそんな風に見えていたのかもしれない。教室では、いてもいなくてもわからない存在。何をしても何をしなくても無害な存在。そんなやつを誰が見ているだろうか。そのことに俺は驚いている。
「なんだよ。そんな腑抜けた顔して。そんなに驚いたか?」
「ええ、まあ。予想外でして」
「俺は、ちゃんと生徒一人一人を見ているんだよ」
「・・・そうですね」
俺は、この人を過小評価していたようだ。ほんと、人は見た目や態度だけでは測れないものがあるとつくづく感じた。
俺は、自分ばかりが不幸な奴だと思って自分だけが不安を抱えていると思って、自分だけが自分だけがと思ううちに俺は、この人とは違って周りが見えなくなってたんだな。
小林のこと、たぶん啓介や北崎。吉河のことも。そして、俺のことも。あと、・・・柳樂・・・も。
「先生・・・ありがとうございます」
「おう、頑張れや」
俺は、教室に戻り帰りの支度して下駄箱に向かった。その途中――
「あっ、いたいた。もう帰ったと思ったよ~」
廊下で何となく会いたくない人と会ってしまった。そんな時にはこれ!
「やべっ」
「ちょっと! なんで逃げるのさ~」
先手必勝『逃走』これが有効かつ効率の良い行動である。というか、これしかないだろう。
――数分後――
「はあ、はあ・・・」
「げほっ、げほっ」
結論、体力がないとこの必勝法は役に立たないことがわかりました。
「なん・・・で・・・逃げるのよ・・・」
「いや・・・」
俺は、疲れている追っ手(高山先生)になんで逃げているんだろうか。別にやましいことは無いし、どうして――
「私、何か悪いことしたかな?」
「い、いえ。そういうわけでは・・・」
そんな泣きそうな顔で言われたらこっちも対応に困んだよな。もっと教師らしく振舞ってもらいたいんだけど・・・。
「なら・・・どうして?」
そして、突然教師の顔に戻るのもやめてほしい。嘘がつけなくなる。
「じゃあ、先生は・・・見ましたか?」
こう質問を質問で返すのはあまりよくないが、今はこれぐらいしかできないので許してほしい。
「ん? 何のこと?」
あれ、これはほんとに何も見てないんじゃないのか。それならそれで俺としてはラッキーなんだけど。
「それなら、なんでもないです」
「榛名君の泣き顔くらいしか見てないけど」
同時に喋り出したのでよく聞き取れなかった。というか聞きたくなかった。
「いま・・・なんて?」
俺はもう一度聞くことにした。もしかしたら、俺の聞き間違いかもしれないし。
「だから、榛名君の泣き顔を形態のカメラで撮るぐらいしかしてないけどって言ったんだけど」
確かに聞き間違いはしてたらしい。それも悪い方に、俺の望まない方向に。
「なんで、そんなこと・・・」
俺の心から出たまっすぐな質問だった。正直少し怒っている。ただ、わざわざ俺のわがままに付き合ってもらったこともある手前、どうにも怒れない。
「それはね――これからのためだよ」
「えっ・・・」
一言で言うと、かなり驚いた。普段、あんなに明るく振舞って自分のことは二の次に考えていると思っている人が、こんなにも楽しそうに笑っているところを初めて見たからだ。
それでも、この人には何か暗い部分があるとは思っていた。その証拠に俺やあいつらみたいなめんどくさそうな奴らをあんな部活に入れたりはしないだろう。
人は見かけによらない。ほんとにそうだと思う。また、俺はそんなことにすら気が付けなかった。俺には、人を見る目があると思っていて、自分が考えたその人の『どんな人間か』を相手に聞いたわけでもないのに、勝手にそうだと思い込んでそれを信じすぎていた。
そのせいで今回のことは、起こった。そういっても過言ではない。
たぶん、俺は誰のこともわかっていない。わかるためには、その人に踏み込んで自分も踏み込まれる覚悟が必要であるから。自分を犠牲にしてその人を傷つけることだから。
だから、俺にはそれができない。自分が一番大切だから。自分が傷つくなら、踏み込まれてしまうなら、俺は何もしない。
ただ、これじゃダメなのはわかっている。というかわからされた。なら、俺のする行動は一つだけだ。それがわかっていながらも動けてないのは、ほんとどうにかしたい。
そして、これは言い訳するわけでもなんでもないが、誰か俺に――機会をくれないだろうか・・・。
「あら、そんなに驚いたの?」
「なんで、そんな刑事に反抗がばれた女犯人みたいな口調なんですか?」
「その方が、面白いじゃない」
「・・・そうですか」
もうなんか、なんかもう・・・めんどくさい。
「で、俺に何の用ですか?」
「やっと、話に入れるよ~。ものわかりがよくて助かるよ~。逃げた時は、どうにかしてやろうとか思ったけど、今の態度に免じて許してあげるよ」
声音は、いつもに戻ったのに笑顔は絶やしてないのに、目が怖すぎる。この人本気だ。
「ほんともうすいません」
「よろしい」
やっと、いつもに戻ったところで、先生は「それでね~」と言って話し始めた。
「今度、部活で合宿に行くんだけど――」
「お断りします」
えっ、何? この人なんて言った? そして俺は、なんで今日に限って驚くことが多いんだ?
反射的に断っては見たものの、先生がまた不機嫌になったのは明らかだった。
「そんなこと言うんだ・・・なら――」
「はい?」
「君の留年を今、ここで確定させてしまおう!」
「そんなこと、できるわけ――」
ちょっと待った。この学校確か、一つでも五段階評価で一があったら留年だった気がする。そして、この人俺の数学の授業の担当してなかったっけ? ・・・てことはだ。
「合宿の話、詳しく聞いていいですか?」
「そうこなくっちゃ!」
もともと教師を俺たち生徒の身分でどうにかしようとすることなんて鼻から無理だろ。そんなことを思わせてしまうこの人は、ほんとに怖すぎる。
何言ってもどうにもならんし、怒らせたら留年にさせられるし、だからもう全てこの人に任せるか。
そんなことを思いながら、俺は先生の話を軽く流しながら聞いて、学校を出た。
***