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2話 元勝ち組共の衝突

 2章 元勝ち組共の衝突

 

朝目が覚めて朝食をとり、制服に着替えて荷物を持ち、家を出た。ここまでは、普段と変わらないが、いつもと違うのは啓介と一緒に登校していないことだ。


なぜいないのか、それは俺がいつもより家を出る時間が早いからである。なんで早いのか、それは誰にも聞かれたくない話をとある人に話すからだ。


ここから、俺の作戦開始だ。リミットは明後日の放課後まで、それまでに決着をつける。そして、二日後から試験一週間前になる。


今回の期末試験で赤点を一つでもとった場合、夏休みは、補習から幕を開けることになる。そんなの絶対に嫌だ!俺は、絶対に赤点を回避して夏休み中家でグーたらしてみせる。


だからこそ、ノートを取り戻さなくては、俺の嫌いな教科の英語のノートを――

 

そんな覚悟を決めて歩いていると学校の校門前までついた。今、学校にいる生徒は少ない。いるとしても部活動の朝練で来た生徒しかいない。あとは、あの人がいればいいんだけど・・・。

 

校舎に入り、靴を履きかえて教室に荷物を置かずに職員室へと足を運ぶ。


「失礼します」

 

そう言って、職員室に入るとまだ電気はついておらず、誰もいない・・・と思ったら一つだけ電気スタンドがついている机があった。

 

向かってみると机に突っ伏して寝ている一人の女教師がいた。


「先生、何してんすか?」

 

そう言いながら、俺はこの人に用があったので肩を揺すりながら起こすと、


「あーおはよう。榛名君。なんで先生の家がわかったの?」


「先生、ここ学校なんだけど・・・」

 

そういうと先生は「えっ嘘!」と言ってあたりを見回している。


「あれっ、確か私、仕事をすべて終わらした後に机でものを整理していたはず――」

 

あーその辺で記憶が飛んだんだな。てことはこの人、学校に泊まったのか。よく警備員とかに見つからなかったな。


「で、どうしたの?何かあったの?」

 

先生は、バックからペットボトルのお茶を取り出して飲んだ後、俺にそう訪ねてきた。そうだった。この人のペースに流されて本題のことをすっかり忘れていた。


「実は、先生に折り入ってお願いがあるんです」


「なになに、先生にできることなら何でもするよ。今回のノートの件については私の責任でもあるから」


「そうですか、ありがとうございます。お願いと言うのは今回の件に関係しているんです。そのお願いと言うのは――」

 

俺は、先生にやってもらいたいことを話すと


「そんなことを私が・・・できるのかな?」


「先生にしかできないんです。お願いします!」

 

俺は、思いっきり頭を下げた。ここでつまずくようならまた振り出しに戻ってしまう。


「そんな、頭あげて。別にやらないって言ってるわけじゃないんだよ。ただ、やれるかどうか悩んでたの」


「そうですか・・・」

 

よかった。少しは可能性があるらしい。


「で、いつやるの?」

 

そういえばいつやるか言ってなかったな。

 

俺は、いつやるか、どのタイミングでやるか、どんな風に言うのか、全てを話した。先生はうんうんと頷きながら話を聞いていた。


「大体のことはわかったわ。そのからりと言うわけでもないけど――」

 そう言って話を切り出した先生の顔は、いつものふわふわした感じではなく真剣そのものだった。


「私に、『君がこれから何をするのか』教えてくれる?」

 

俺は正直言う気は全くなかった。この人なら何も聞かずにやってくれるだろうと踏んでいたからだ。この人にもこんな一面があったのか。


ほんとに・・・いい人だな。


「わかりました。これから俺がやることをすべて話します。まず――」

 

俺は、何をどうするのか、包み隠さずすべて話した。


「それがすべて?」


「はい、先生の聞きたいことはすべて話したつもりです」

 

聞かれたことしか答えないのが俺の流儀である。そうしないと俺は余計なことしか喋ってしまうからである。この人も俺の中に食い込んで来ようとした。


昔みたいにドジは踏まない。

 

お互いににらみ合う形になってしまった。すると、


「わかりました。善処します」

 

やっと終わった~。この人意外と・・・ではないな。俺をあの部活にぶち込んだだけのことはある。怖い・・・。


「では、よろしくお願いします。高山先生」

 

そうして俺は、職員室を出た。


     ***


「朝、先生と何してたんだ?」

 

放課後、部活に行くと先に来ていた一番手前の椅子に座っている啓介にそう訪ねられた。俺は、自分の所定位置(手前から縦に四つ並んでいる椅子の一番奥)に座り啓介の質問に答えた。


「見てたのか?」


「やっぱりか」

 

あれっ、俺誘導されたの?


「やっぱりってどういうことだ?」


「どうもこうもない。で、何話してたんだ?」

 なんか話をそらされたような気もするが、まあ、こうなるだろうとはわかっていた。


わざわざ今日の朝、日直でもないのにメールで『先に行くわ』と送っていたのだ。そこから啓介なら俺が先生と会っていたという結論にいきつくだろう。


そして、この質問に対する俺の答えは決まっている。


「進路についてだよ」

 

もちろん秘密にすることを選ぶ。嘘をついても、こいつらに嫌われようとも俺は、こいつらを守る。


その覚悟は、昔に決めた。もう、関わらせない、不安をわかちあってお互いに不安になるというのなら俺だけがその不安を持っていればいいだろう。


「それは、嘘か、本当か?」

 

その言葉に俺は少しドキリとしたが、やはり俺の答えは決まっている。ここで揺さぶらるほど安い覚悟ではない。


「本当だ」

 

お互いがお互いに何かを探りあるように顔を見合わせていた。


「そうか」

 

今回は俺の勝ちのようだ。何が勝ちで何が負けなのかは定かではないが・・・。

 

そんな会話をしていると部室のドアが開いて一人の女子生徒が入ってきた。


「榛名君いる?」

 

俺は、ああと言いながらドアの近くに行った。


「よう、吉河どうした?」

 

吉河にそう聞くと彼女は一枚の紙を俺に渡してきた。


「これ、面談の紙、渡されてないでしょ」

 

俺は、吉河の言っていた紙を探した。ほんとだ、もらってない・・・。


「なんでわかった?」

 

すると、吉河は申し訳なさそうに


「だって、榛名君、今日の帰りのホームルーム寝ててプリント渡されてなかったから・・・」


「あっ、なるほど・・・ね・・・よくわかったよ。ありがとう」

 

正直泣きそうです。これはひどい。だって俺、教室の席、真ん中のところだぜ。ということは、俺だけスルーされたってことか。ほんとひどい。

 

そんなことはどうでもいいんだよ。ちょうどいいとこに来てくれた。


「あのさ、吉河――」

 

プリントを貰った後、俺は、そういって話を切り出した。


「少し時間あるか?話がしたい」


     ***


 放課後の誰もいない教室(自分のHR教室)、夕暮れの光が教室に入り込んできて、ここは一層いい雰囲気になっている。そこに男子生徒と女子生徒がお互いを見合って黙りこけている姿は、まるで告白が行われるシーンだと思われても仕方がない。


しかし、今の俺は全く別の目的でここに立っている。


「で、話って何?」

 

沈黙に耐えられなくなった吉河が訪ねてきた。少しなんかそわそわしている気もするが・・・。

「話というか、聞きたいことがあるんだけどいいか?」


「えっ・・・あっうん。・・・いいよ」

 

なんかものすごくテンションが下がっている気がするが、まあそこは気にしないで話を進めよう。


「今回の俺のノートの件についてだ。吉河が、ノートを配ってる前に何か不思議なことは起きなかったか?」

 

そう聞くと、少し考えた後、あっと言って


「そういえば、確かにおかしかったんだよ。あの時」


「というと?」

 

そう聞くと吉河はそれがねと言って話し始めた。


「教室までノートを運んできたのは渡辺先生じゃなかったんだよ」


「なるほど、それはおかしいな」

 

なぜ、俺らがおかしいかと思ったかというと簡単に言えば自己中で自己満足な先生、オブラートに包むなら自分に厳しい先生、と言ったところだろうか。自分で決めたことはきっちり守るのだが、難点が一つ。自分のわかることは、俺たちにもわかると思っている。


なので、英語の質問に行くと「そんなことわからないのか」と言いつつ教えてくれるのだが、先生の中でこれでわかるだろうと思っている説明をすると満足してほかの仕事に入ってしまうという少し扱いずらい先生なのだ。これは、俺も経験済みである。


おかげでこの前の中間は赤点ぎりぎりでひどく怒られた。ほんと、説明が分かりづらいんだよ・・・。じゃなくて、本題はそこではない。『ノートなどの提出物は返却時、私が教室に持っていく』こう言ったのは、あの人だ。


この作業を自分の仕事の中に組み込んでいるというのなら絶対にこなすだろう。いや、こなさないわけにはいかないのだ。


ただ、もし本当にそのノートを先生に運ばしたくないというのなら一つだけ手はある。もし、その手を使ったとしたのならば、あいつはまだ――。


「どうしたの?」


この一言で俺は我に返った。そうだ、次の質問をしなくては。


「ちなみに誰かもわかるか?」

 

正直、あんまりこの質問に完璧な答えを期待していない。なぜかというと、まあ人の記憶はあいまいだからだ。しかし、こいつの昔からの記憶力なら――


「確か、柳樂君だったよ。『先生に質問しに言ったらついでによろしくって言われちゃって』って言って持ってきてくれたよ」

 

さすが、吉河と言ったところだろう。ただ、もう少し足りないんだ。お互いがお互いの穴をつつきあっているこの状況で、確実につききれないのはいささかまずい。


なにか、もう少し何かあれば――。

 

そう思っていた時、吉河が突然「あっ、そうそう」と言って話し始めた。


「あの時の柳樂君、少しおかしかったような気がしたんだよね」


「それはどういう・・・?」


「えっとね。先生に質問するときって何持ってく?」


 なんか突然の質問形式になった。こういうところは信司さんに似ている。


「教科書かプリント、あとメモ帳とか――あっ」


 こう答えた時、俺は吉河が何を言いたいのか何となくわかった。つまり――


「わかったと思うけど、プリントどころか教科書すら持ってなかったの」


 そう言った吉河の顔は『ほめて、ほめて』と言っているようだった。


「そうか。ありがとう。今度なんかおごってやるよ」


 まあ、今度があればだけど。こう付け足すつもりだった。だけど、なぜが知らないが、それを言うのはだめだと感じた。

 

それでも、まだ足りない。でもそれは、自分で何とかできるほど小さくなった。だから、ほんと――


「ありがとう」


     ***


 吉河と別れて俺は、部室に戻ると全員そろっていた。


「お、帰ってきたか」


 そう言う啓介は、なんだか顔がニヤニヤしている。


「何してたんだ?」


 まあ、そう聞いてくるよな。だが、俺にやましいことは無い。


「吉河に今回のノートが取られた件について話してたんだよ」


 別に嘘はついていない。すべて本当のことだ。


「で、話した内容は?」


やはり聞いてきたな、北崎。こいつは絶対に聞いてくると思ったから、完

璧な答えを用意していたのだ。


「ノートの件、お前のせいじゃないぞって言ってただけだ」


「そっかー」


 素直に納得してもらってよかったです。よし、この二人まではいいんだ。あとは――


「なんで、お前ここにいるの?」

 俺は、平然と部室に置いてある椅子に座っている小林に話しかけた。


「私は、あなたのもらった条件をクリアしたからここにいるだけよ」


 あーそんなこと言ってましたわ、俺。ただ――


「お前、入部届出してないだろ。だから、まだここにはいられないはずだ」


 そう言うと小林は、すっと自分の鞄から一枚の紙を取り出した。


「入部届ならここにあるわ。私は、もう部員よ」


 ふふんとドヤ顔をしているが、残念だったな。その理屈には落とし穴がある。


「知らないのか?顧問に提出して初めて部員だ。よって、お前はまだ部員ではない」


 完璧だ、決まったな。これで小林も黙るだろう。と、思ったのだが・・・。


「これをよく見なさい。榛名君」


 さっき小林が見せてきた紙を見ると入部届の一番見時下のところに高山と書いてあるハンコが押されていた。


「な・・・そんな・・・馬鹿な・・・」


「これで私の勝ちね」


「参りました」


 いったい何の勝負をしていたかどうかはお互いに関係なくなっていたと思う。俺は、こんなやり取りがまたできるとは思ってもいなかったのだ。またこうして、こいつと無駄な何の意味もない会話をすることは俺にとってとてもうれしいものだった。


「部長の許しも得たことだし――」

 手をパンと合わせながら言いつつ、俺と啓介の顔を見る北崎、それによって俺たちは次に何をするのかわかった。やればいいんでしょ。


 俺と啓介は、はあとため息をつきながら北崎の「せーの」に合わせて


「ようこそ我が部へ」


     ***


小林の歓迎会?みたいのが終わり、俺たちはこのまま帰宅――と思っていたのだが、


「さて、小林の歓迎会も終わったし、そろそろ本題に戻ろうと思うがどうだろう?なあ、涼太」


 啓介から「お前まだ帰らねぇよな」と言わんばかりの視線を受け、俺は鞄を持とうとする手を止めた。


「いいんじゃにゃいか」


 しまった!動揺がばれた。


 啓介の方を見ると「お前の行動位わかってんだよ」と、言わんばかりの表情だった。


「そうか、ならよかった」


 突然だが、この世で敵に回してはいけないのは、自分より頭もよく行動力があり、怖い人だと思う。つまり――


「隠していることをすべて吐け」


 啓介だと思う。こいつ、この一言だけで周りを静かにさせやがった。


「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」


 ここは戦略的撤退だ。鞄は持っていくとばれるから、撤退するふりして校舎に居残ってあいつらが帰ったら取りに行こう。


「おう、行って来い」


 そう言われて俺は少し驚いた。啓介なら俺をトイレに行かせないと思ったが、ラッキー。と、思っていたのだが、次の啓介の言葉で俺は、部室の扉から出かかっていた足を止めることになった。


「ただし、このまま逃げでもしたら、鞄ごと持ち帰って涼太の家に行くわ。今、茉子さんいるんだろ?」


 あっこれ、完全に詰みですわ。もう無理、逃げられないです。


 俺は、前に出していた足を百八十度回転させ、部室のさっきまでいた自分の椅子に座った。


「どうした、トイレはいいのか涼太?」


「ああ、引っ込んだ。問題ない」

 

 あくまで冷静に答えてつもりだが、内心ひやひやもんだ。こいつらがもし、あの兄妹に話を聞きにいったらと思うと正直やばい。

 

ここで手を打たなければ――


「よし、それじゃ始めるか」

 

この啓介の一言で、静かになっていた空気が少し軽くなったが、俺にとってはどちらも同じ空気に感じた。 

 

俺は、俺の本心がばれないかつ、今回の事件の解決策を悟らせないように真実のみを話さなくてはならなくなった。これは正直、最悪の展開だと思う。

二つも守ろうなんて都合のいい話だ。一つを取れば、もう一つがおろそかになる。このことは、昔に経験済みだ。

 

さて、どうしたものやら・・・。


「俺たちが一つずつ質問していく、涼太は、それにすべて答える。いいな?」


「あのー、黙秘権とかは・・・」


「ない」


「わかりました」

 

外堀を埋められたところで質問(尋問)を始めましょうか!



 こうして始まった、俺への質問タイムは、北崎からということで幕を開けた。


「じゃあ、まずどうして一人でやろうとしてるの?」

 

啓介と小林の質問だけに警戒をしていたので、完全に裏をかかれた。

 

それでも、俺のやることは変わらない。


「一人の方が楽だからな」


 今の俺には、こう答えるしかなかった。というかこれで勘弁してください。

 

「うん、そうだよね・・・一人の方が・・・楽だよね、ごめん」

 

北崎のこの謝罪は、いったい誰に対してなのだろうか。俺に対してか、それとも自分に対してなのか、もしくはこの状況かになのか、俺には――俺たちはわかりかねなかった。

 

北崎の悲しそうな顔を見ていた啓介からさっきの比ではないぐらいに睨まれた。


「いや、違うんだ」


違うんだ、俺はそう伝えたかったんじゃない。違うけど、間違ってはないんだ。

しかし、ここが好機か・・・。

 

俺は、この事件の事ともう一つ考えていた。それは、『どうすればこいつらを、事件にかかわらせないようにするか』である。


つまり、柳樂と関わらせないかということになる。これは、ただの自己満足だ。それは・・・分かっている。


でも、俺はもう見たくないんだ、自分一人ですべて背負い込んで俺が気付いた時にはもうぼろぼろになっていた奴の姿を。自分は、何もできなくて、悔しがっていた奴の姿を。そして、自分だけ守られて戻った時には全てを失ったやつの涙を。


本当は、つらい。それでも、やらなくてならない。こんな選択をするのは初めてだ。俺は、今まで守る方を選んできた。今回も同じのはずだ。しかし、少し違う。


それは、それを選択すればすべてを失うことになる。


俺たちは、何回も選択をして生きている。けど、この選択はあまりにも――。


「なんで何も思わないんだ・・・」

 

俺は、周りの「はぁ?」という声が聞こえないほど混乱していた。

 

俺は、何を思っていたのだろう。さっきまで、心が苦しかったのに、今は全く痛くない。これから起こることがわかりきっているのにそれを別に問題ないと感じている俺がいる。というか、それしか思っていない。


だから――


「一人の方が、楽なんだよ。いや、そうじゃない。足手まといなんだよ。お前ら」


 こんな言葉が出たのだ。


「おい、もう一回言ってみろ」


 啓介は、俺の胸ぐらを両手でつかみ、いつもより低い声音で感情的にそう言った。要は、怒っているということだ。しかも、かなり。


それもそうだろう。普段の俺ならここで慰めるなどするだろう。しかし、俺の取った行動は真逆。


それ故に、北崎と小林は、ポカンとしている。たぶん啓介も、頭では追い付いておらず、ただただ、怒りという感情だけが今の行動を引き起こさせているのだろう。


「何度でも言うさ、俺だけで十分だ。お前らは必要としない」

 

この言葉に、少し意味を込めた。けど、今のこいつらじゃ無理だろうな。


「テメェ、ふざけ――」

 

そう言いつつ右手で殴りかかっている啓介の姿が見えた。一発ぐらい殴られてやろう。それが、俺が今できる有一の償いだ。


 俺が、目をつぶって覚悟を決めた時、


「待ちなさい」


 その言葉で俺は、目を開け、啓介は止まった。拳は、すんでのところだった。俺は、それを見てすぐにわかった。こいつは――


「赤城君も最初から殴る気がないならその拳を納めなさい」


 普通、人はモーションに入るとその動きを完璧に止めるということはほぼ不可能だ。何を言いたいかというと、あの至近距離で本気で殴りかかっていたら小林の制止ごときでは、止まれなかったはず、結論、啓介は本気で殴る気はなかったと言える。


いや、そうではないかもしれない。殴るかどうかを悩んでいたと言った方が正しいのだと思う。

 

啓介は、「わかったよ」と一言言って、右手の拳をおろし、俺の胸ぐらをつかんいる左手を離した。


「それと、榛名君。嘘はついてはいけないわ」

 

こいつは――彼女は、もしかするとすべてわかっているのではないのか、そう思う時がある。それは、今も例外ではない。何もかもわかっているているような声音、俺のすべてを見透かされているような――まるで、姉と話している気分だ。


「小林りさという人間は変わったんだな」


「ええ、私だって理由があれば、そこに目的を見いだせるなら変わるわよ」


そうか、俺がもとに戻ったように、小林も戻ってしまっていたのか。昔に、昔の小林りさに。


 だったら――


「なおさらだ。俺は嘘をついてない。すべて、本当のことだ」


「そう」

 

落ち込んだ小林の顔を見て俺は、再度認識した。俺は、俺が好きだったころの小林に戻してやる。そのときは、俺はもう一度――。

***


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