第一章8『この心で、この魂に誓ったのだから!!』
寿 改 は平成生まれの十六歳。二ヶ月程前に誕生日を迎えたばかりだから、次に歳をとるのは来年の事になるだろう。このコトブキ・アラタと言う少年、見た目だけならば何処にでも居る普通の高校生だ。そう、見た目だけならば。
この黒髪黒目の少年は、いわゆる超人と言うやつだ。それも、超人から見ても超人と言われる程の。と言っても、この世界にアラタ以外の超人がいるかと聞かれれば、それは知らない。
このアラタの力。山をも切り裂くアーナフィルマを、一撃で倒せるほどに強い。それに使った力が、全体の1%にも満たないのだから恐ろしい。本人の感覚曰く、2%も出せば月を砕けるらしい。そんな力、普段制御して日常生活を送るのが大変そうだ。
そんなアラタの力は、日に日に大きくなっている訳で。アラタは弱くなるために、ダラダラと過ごしている。身体が鈍れば弱くなるとい発想だ。いや、ほとんど本人が怠惰なだけだが。
そして、アラタが異世界に行きたくないもう一つの大きな理由。それが、異世界行ったり転生したりしたら、何か能力得ちゃうじゃん?これ以上強くなりたくない。というものだ。正直言って、テレビの見過ぎ、小説の読みすぎた。
さて、超人とは言ったものの、アラタの出来ることは多くない。空は飛べないし、瞬間移動も出来ない。念じるだけで人を殺せたり、死んだら時間を戻ったりも出来ない。水中や宇宙で呼吸できるわけでもなく、炎を出したり雷を出したり、植物を操ったりも出来ない。
が、空は飛べずとも、大気圏を悠に越せるジャンプ力。瞬間移動なんか相手にならないほどの俊敏性。念じなくとも軽く腕を震えば星ごと吹っ飛ばせるし、死んで発動する能力があったとしてもそもそも強すぎて死なない。それに、アラタには呼吸も食事も必要の無いことだ。流石に、炎や雷はどうしようもないが。
どうだろうか。即死チート持ちや、物理攻撃フルカウンターがある相手ならいざしれず、そこら辺の戦闘民族は相手にならない。
では、アラタは何時からこうだっのか。それは、今から十五年と二ヶ月ちょっと前。寿 改一歳の誕生日、前日の夜まで遡る。
その日は雨が降っているわけでも、雪が降っているわけでもなく、ただひたすらに星が綺麗な夜だった。外には涼しいくらいの風が吹き、酔っ払った大人なんかがふらふらしている。そんな夜道から、とある親子の声が聞こえてくる。
「父さん、寿司メッチャ美味かったね!共食いしてるみたいだったけど……」
「待ってくれツカサ。て、夜道を走ると危ないぞ」
寿 司六歳と、寿 陵二十九歳である。
今現在、二人は回転寿司屋で夕飯を食べたい帰りなのだ。
「ねえ、父さん。母さんは今日も夜勤なの?」
「ん?あぁそうだよ。あ、でも明日は休みとるっ言ってたよ」
寿家の母は、夜勤務めが多い。今も家族のために、一生懸命に働いていることだろう。と、もちろんリョウも働いているぞ!
「で、父さん……鍵、あった?」
「…………無いです」
寿司屋の帰り、家に着いたところで鍵が無いことに気が付いた二人は、夜道で失せ物探しをしているのだ。
「父さん寒い…」
「ツカサ……父さんも寒い」
冬空の下、男二人は寒さに震える。別段寒い格好をしているわけではないのだが、何せ五時間も外にいるのだ。体温が下がるのも無理ない。
「ねえ、父さん」
「なな、何だ、ックション!」
「家にアラタ一人だけど、大丈夫かな」
二人が寿司を食べている時も、こうして鍵を探している時も、アラタは家にただ一人でいる。と言っても、まだ一歳にも満たないアラタは、さく付きのベビーベットで寝ているわけだが。
「心配することはないさ。なんせ、父さんと母さんの息子で、ツカサ弟だからね」
「そっか、そうだよね!」
瞬間、空が光り雷鳴が轟く。どうやら近くに落ちたようで、爆発音が聞こえてくる。
「と、父さん!」
「あぁ、家の方だな。一旦戻ろう!そろそろ母さんが帰ってくる」
急いで家に向かう二人。数分後、家に着いた二人は目にする。粉々に吹き飛んだ家と、燃える地面。その中心で泣いている、アラタの姿を。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
家が吹き飛ぶ直前。寿家のベビーベット内。
「………」
コトブキ・アラタは寝ていた。いや、そろそろ日付が変わろうとしているのだから、寝てないとおかしい。
この頃のアラタは、色々な事に興味を持ち、今よりも表情豊かだった。他の赤ちゃんよりも活発で、やんちゃな子供だった――のだが……
アラタは、真っ白な光に包まれる。熱く冷たく、明るく暗い。そんな、心の光り。
『君は…誰なの?』
幼いアラタの魂は、目の前に映る消えかけの魂に問いかける。
『俺の記憶は、届かなかった』
消えかけの魂は、質問に答えることなく話し始める。
『俺の心は、届かなかった』
吐き出すように、絞り出すように――消えかけの魂は、残りある力を、掠れ行く意識で繋ぎとめる。
『それでも俺は、守り抜く』
――この世界を
『それでも俺は、守り抜く』
――あいつらを
『俺の全てをお前に託す』
――ここに届いた、俺の全てを
『お前の人生はここで終わるだろう』
――それでも
『お前の未来は辛いものになるだろう』
――それでも
『お前はこの先、沢山のモノを失うだろう』
――それでも
『それでも、俺は』
――お前は
『この世界を、救ってやると――この心で、この魂に誓ったのだから!!』
――そうだ
『俺はもう、無力な俺じゃない。お前はもう、無力なお前じゃない。貰って、奪って、培って――今度こそは、次こそは…』
サラサラと零れる砂のように、キラキラと消える光のように――魂は力と変わり、言葉は心に刻まれる。消えかけの魂は時に消える。ただ一つ――幼き魂に、未来を託して…
――どうか……次こそは…………
「………」
アラタは見る。粉々に吹き飛んだ家と、燃える地面を。当たりには、パリパリと微弱な電気がはしる。
アラタには、何が起こったのかは分からないし、何があったのか覚えていない。ただ、時々夢に見るのだ。自分にまとわりつく力が、自分自身を削るのを。
――俺が物心ついたのは、確かあの時だったなぁ。あの日、何があったんだろう。家が吹っ飛んで、地面が割れて、当たりは炎に包まれていた。親父や兄貴は、雷が落ちたとか言ってたけど……まあ、いっか。
今現在、十六歳のアラタは家に向かって歩いていた。
働きっぱなしの社会人には羨ましい話で、寝るのに飽きたのだ。そこで、家からい1㎞と少し行った所にあるコンビニ。ホーリープレイスに言っていたのだ。今日の品揃えは、溶接系の物やらテープに包帯だ。今のアラタにはどれもいらないし、お金も無いので何も買わずに帰った。と、そうこうしているうちに家に着いたアラタは、家に入ると階段を上り自室の扉を開ける。
「ん?」
部屋に入ったアラタは、目の前の光景をただ呆然と見つめるのだった。