第一章7『紫光剣のアーナフィルマ』
『アラタ様ぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!』
「見たか、人間の姫よ!勇者は死んだ!!」
姫は見る、目の前に広がる終末を。希望を飲み込み、膨れ上がる絶望を。手先は凍るように冷たく、汗が背筋を伝う度に命が零れていく気さえする。。口はカラカラと乾き、もはや涙すら出ない。
「フハッ!何が勇者。所詮そのて…いど……?」
勝ち誇った様子で、剣を担ごうとしたアーナフィルマは鎧の中で目を見開く。己が握る大剣を見て。四重の強化魔法と、己の魔力を込めた必殺の一撃――のはずだった。人間は素より、山をも切り裂き大抵の魔族ですら両断するその一閃は、
「もう終わった?」
アラタに当たると同時、剣身ごと粉々に砕け散った。
「ば…バカなぁ……我の剣が……折られた?」
『アラタ様!!』
姫の目に光が戻る。枯れたはずの涙は額からこぼれ、身体中に血が走る。白黒の世界に光が指す。希望という名の光が。
一方で、アーナフィルマは唖然と口を開く。大剣は、剣身の七割が砕け、残りの三割りはヒビだらけの刃こぼれ放題だ。アーナフィルマ自体にダメージは無い。が、今まで無類の自分最強の一撃を破られたことは、精神に軽くない一撃を与える。
「貴様……何をした?」
手をわなわなと震わせ、震えた声で問いかける。何故、どうして、何をした、と。だが、問いかけられてもアラタには答えることが出来ない。
「何かしてきたのはお前だろ。え〜と……穴間フィルター」
アラタはただただ蹴られ、殴られ、切られただけだ。何かしたどころか、むしろ何もしてない。名前すら覚えようとせず、吹っ飛ばされようと受け身すらとらない。ただ成すがままになっていただけだ。
「とぼけるなぁ!!貴様…貴様如きが………」
アーナフィルマの持つ、刃の砕けた大剣に四重の陣が重なる。
「人間如きが……粋がるなぁぁ!!!」
叫ぶと同時。陣が高速回転し、紫色の魔力刃が大剣の剣身を構成する。ブゥオンという、なんちゃらセイバー的な音を立てて揺らめくそれを片手に、アーナフィルマが切りかかる。
「死ねぇぇぇ勇者ぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと待てよ、あ、あ、あぁ〜……あらまフィーバー?」
「アーナフィルマだぁぁ!!!」
咆哮と共に繰り出す、横薙ぎの一閃。アラタの腹部に直撃させると、振り切り吹き飛ばす。間髪入れず、たった一歩で距離を詰め、両手持ちで縦に一振り。地面に叩きつけられたアラタは表情一つ変えず、
「うへ」
と言うのみ。切られはすれど、アラタにダメージは無いようで、服だけがボロボロになっていく。
「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
いくら殴ろうと、いくら蹴ろうと、いくら切ろうと、アラタが死なない。叩きつけ、吹き飛ばし、切って切って切って切って切り続けて、それでもなお死なない。
「何故……何故死なないんだぁ!!!」
切って叫んで殴って叫ぶ。そんなアーナフィルマに、痺れを切らしたアラタは口を開く。
「すぐ終わると思ったから何もしないでいたんだけどなぁ……長いわ〜」
両手を使った大剣のフルスイングに――後方に飛ばされるながらそう言うと、クルッと周り華麗に着地。地を滑るように止まると、突っ込んできたアーナフィルマに一言、
「俺は眠いんだよ」
そう言いながら放った右ストレート――いや、右手を突き出したどけのそれは、向かってくるアーナフィルマを跡形もなく消し去ると、結界をも破壊する。
「じぁな、……えぇ〜と………ナンチャラカンチャラ」
ただただ軽く、抑えて抑えて放ったアラタの全力1%未満の一撃。まるで相手にならなかったアーナフィルマは、名前すら覚えてもらえず死んだのだった。
『さ…さすがですアラタ様!!まさかあの魔王を一撃で倒してしまうなんて!!やはりアラタ様こそ真の勇者。この世界の救世主様だったのですね!』
喜びに打ち震え、ピョンピョンとはね回る姫。止めどなく零れる涙は熱く、響く声は太陽のように明るいものになっていた。
しかし、そんな喜びも束の間。アラタの後ろに黒い影が揺れる。
「フハハハハ!倒したとでも思ったか?」
アラタの後ろには、半透明な霊体のようになったアーナフィルマが浮いていた。
「残念だったな勇者!」
『な、何故!?貴方は、先程の一撃でやられたはずでは…』
それを聞き、アーナフィルマはケラケラと笑い出す。嬉しそうに、勝ち誇ったように、バカめと。
「魔王軍はなぁ、死んでも魂だけが城へと帰り、何度でも復活するんだよ!」
魔法軍。主に中級以上の魔物、魔族などがいる、その名の通り魔王の軍隊だ。この軍の本拠地、通称魔王城のある一角に死んだ軍員の魂を引き戻し、復活させるというモノがある。アーナフィルマは、それで復活しようと言うのだった。
「また会おう勇者。その時は、我が刃で切り殺してくれよう」
フワフワと浮き上がり、アラタに向けてビシッと指をさす。と、何かに気がついたようで、浮遊TVに近寄ってくる。
「ここまで追い詰められたのは、貴様らが初めてだ。褒美として、いい事を教えてやろう」
『いい、こと…ですか?』
姫はゴクリと唾を飲みこみ、目を見開く。目の前の最悪を、再来した時を見据えて。そんな姫に、アーナフィルマは口を開く。
「俺は魔王じゃない。魔王軍、進軍部隊隊長にして魔王軍幹部の一体。紫光剣のアーナフィルマ」
『魔王じゃ…ない?』
「あぁ、我…いや、俺は幹部の中でも最弱だった。だから、魔王様が目覚める前に、国の一つでも手に入れてやろうと思ったんだがなぁ。なかなか難しいな、進軍ってのは」
アーナフィルマは、数ある幹部の一人に過ぎない。軍を率いてこそいるが、アーナフィルマの力は、魔力は、存在は、幾ら高めようと魔王には届かない。対比するなら月とスッポン。いや、太陽とノミ程の差がある。
そして、そんなアーナフィルマすら倒すことが出来なかった異世界の勇者達では、どう足掻こうと魔王には勝てない。そんな意味合いのセリフだったのかもしれない。
「サラバダ、人間の姫よ。そして、異世界の勇者よ。次会うときは一ヶ月後だ!」
そう言いうと、アーナフィルマの魂は紫色の光に包まれる。
『そんな、魔王が他にいるだなんて!アーナフィルマですら手一杯だったというのに』
「せいぜい生きろよ、勇者アラタ」
光はより一層強くなる。数秒の後光が収まると、
「あれ?」
アーナフィルマがいた。先程と同じように、魂のまま。ただ違う所があれば、それは酷く同様してることだ。
「あ〜れ?おかしいなぁ〜。何で何で?城に戻る筈なんだけどなぁ〜………」
アーナフィルマは霊体ながら、大きく深呼吸をして落ち着くと一言。
「何で?」
そんなアーナフィルマに、アラタがゆっくりと近づく。そうして頭を掻きながら、口を開く。
「おい、あたまフリマ」
いきなりのアラタの問いかけに、多少戸惑いながら答えるアーナフィルマ。その体は霊体ながら、カチャカチャと鎧の震える音が聞こえてきそうだ。
「アーナフィルマだけど、何だよ」
「お前って、何処で復活すんの?」
「聞いて無かったのか勇者よ。死んだ魔王軍の魂は魔王城に帰り、そこで復活をはたすんだよ」
さっき言っただろ、と呆れ気味に答えるアーナフィルマにアラタは
「だよな」
と答えると、バカなの?といった顔で言い放つ。
「この世界に魔王城、無いけど?」
「あぁ、そうだな。………そうだった!」
魔王軍死者の魂は魔王城で蘇る。そう、魔王城で。では、もしその魔王城が無かったら?魔王城がなくなるなど、相当の事が無い限り――それこそ魔王が死んだり、世界が違ったり。
異世界に来て死んでしまったアーナフィルマは、霊体でさまよう。フワフワウロウロ、キョロキョロアタフタ。数分の後、天を仰ぎ見て叫ぶ。
「死んだな、これ。おのれ勇者ぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ……………
アーナフィルマは、光の粒子になって消えていく。残りあった魔力も消え去り、完全に消滅する。
『や、やりましたねアラタ様!ざまぁってやつですね!』
今度こそ倒したと、喜びはしゃぎ回る姫。そんな姫を見て、アラタは思う。
――もう帰っていいかな?