第一章6『高魔淵斬剣』
アラタが起きると、既に朝だった ―― 3日後の。
『おいゴラァ!勇者!!』
アーナフィルマの怒り狂った声が、居間に響く。鎧越し、言ってしまえば画面越しでも、怒りに歪んだ顔が見えてきそうだ。
『なあ、おい。聞いてんのか勇者!!俺が、8日前何つったか覚えてるか?8日前……何つったァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
さて、アラタはと言うと…
「………ヨウカマエ??」
居間で胡座を組み、ちゃぶ台に頬杖をつく。体を起こした状態で瞬きを繰り返し、ポリポリと頭を掻く。そうしながら思う、
―― ねむい…
4日寝て、1日起きて、3日寝る。寝すぎである。堕落した生活とはいえ、8日に一食しか食べてないのだ。普通は死んでもおかしくない。まあ、生きているのだからいいのだが。いや、そういう問題ではないのだ。そもそも、人命が懸かっているのに寝坊するなどありえない。普通はあってはいけない。それも二度も。
『おい、見ろよこれ』
そう言って、アーナフィルマが指さす先には、泣き崩れる姫と、首が地面に落ちた王の姿があった。
『あぁぁぁ俺と……コホンッ、我としたことがぁぁ!!!』
――あ、言い直した
アーナフィルマの一人称の言い直しに、アラタは興味無いながら心の中で突っ込む。そんな事はさておき――今度は、アーナフィルマが頭を抱えて倒れ込む。
これでも、アーナフィルマは律儀なのだ。約束したことは守るし、無差別攻撃などしないやつだ。そんなアーナフィルマだが、一度ならず二度までも、国の重要人の命が懸かった約束を無下にされたのだ。それも、救世主たる勇者に。怒り新党、激おこプンプン丸とか言い出しそうな勢いである。
『殺っちゃったよ!?殺っちゃったよぉ〜………おい!惚けた顔してる場合じゃないだろ勇者!』
剣を床に突き刺し、柄頭に手を置いてあごを乗せユラユラと左右に揺れるアーナフィルマ。
『人質が死に、王も死んだ!時間切れだ。お前は何も選ばなかった。だから、何も救えなかった。哀れな勇者よ、そこで姫が死ぬのを見ているがいい』
アーナフィルマは剣を引き抜き、引きずるように歩き出す。剣が通った床は火花を上げ、剣からは黒いオーラが滲み出る。
アーナフィルマは姫の目の前まで歩き着くと、それを高々と持ち上げ、
『人間の姫よ。勇者に見捨てられし哀れな姫よ。最後に一言、何か言い残すことはあるか?』
アーナフィルマは、姫に問いかける。だが、何も聞こえてないのか、それとも聴こうとしていないのか――姫は頭を抱えて涙を流し、声にならない声を上げ、ただただ震えるだけだった。
『……そうか』
剣を握る手に力を込めると、持ち上げた剣を振り下ろす。剣身は姫を縦に真っ二つにすると、後ろにある壁をも破壊して街を削り、遠くにそびえ立つ山をも切り裂く………前に、剣は降りるのを辞める。
姫の目の前、紙一重で止まった剣身は、もう一度持ち上げられると地面に軽く突き立てられる。
『ハハ……ハハハ………ハハハハハ!!!』
不敵に笑うアーナフィルマ。新しい遊びを見つけた子供のように、宝くじが当たった大人のように、ゲラゲラと高笑いをする。鎧で隠れていようと、その顔が下卑たる笑を浮かべているのが分かる。
『そうだ…そうだな。そうしてやろう』
姫の髪を鷲掴むと、顔を起こさせアラタに向ける。
『姫よ、あれが――あの勇者の姿が見えるか?』
問いかけられて、姫は目を動かす。
『あれが、最後の希望なんだよなぁ?それなら…』
クククと笑うアーナフィルマ。その考えに築いたように、姫は絶望に満ちた翡翠の目を見開く。
『お前は後回しだ、人間の姫よ。まずは先に、そこの勇者を葬り去ってやる。その後で、絶望だけの世界と共にジワジワと痛ぶり殺してやる』
『アァ…アラタ、さま……アラタ様!逃げて!!』
涙で、鼻水で、顔をグシャグシャにして叫ぶ姫を前に、ゲラゲラ、ヘラヘラ、ニヤニヤと、声高々にアーナフィルマは笑い狂う。剣を抜き、空いた左腕を空へと向ける。と、空中に紫色に光る魔法陣が現れる。
『さあ勇者……殺し合いを、始めよう』
そう言うや否や、アーナフィルマは魔法陣に飛び込む。すると、画面の向こうと同じ陣が、アラタの居る居間に出現する。そこから出てきたアーナフィルマは、ガシャンと鎧を鳴らしながら畳に着地して、
「やあ、勇者アラタくん」
剣を担ぎ、アラタに一声掛け動きが止まる。一瞬の静寂の後、アーナフィルマは叫ぶ。
「おい勇者……――寝てんじゃねーぞ!?」
「…………はぇ?」
アラタは寝ていた――状態を起こしたまま。船を漕ぐこともなく、ノホホーンといった風貌で静止していた。そんなアラタの意識は、アーナフィルマの叫び声でやっと完全覚醒する。
「はらひほわっは?ハ、ハ、ファァ〜」
あくび混じりに聞くと、ゆらりと立ち上がり、伸びをして頭を掻く。だらしなく立った姿は、粘着力の無くなったバンソウコウのようだ。
「ハハハ、貴様随分と我を侮辱してくれる。フンッ!」
アーナフィルマが振るった腕が中を掻く。と次の瞬間、そこからアラタを含め数km圏内の空間がネジ曲る。ギシギシと音を立て、元の形に戻る頃には、世界は白黒となっていた。これが、今の一秒程でアーナフィルマがやって退けた事だ。
「どうだ勇者。貴様が本気を出せるように、辺り一体に結界を張ってやったぞ?」
結界。
現実世界をコピーし、それに似た世界を魔力によって生み出し対象者をそこに移す。というものだ。使う者の魔力や、能力、特性、技量、等によって結界の雰囲気や効果が変わったりもするが、アーナフィルマが張ったのは魔族特有の結界。”コユシューム”、日本語で”無色結界”というそのままのネーミングな結界だ。中級クラスの魔族ならほとんどか使えるもので――結界の効果は特になく、特徴はただただ白黒というだけだ。使う魔族しだいで結界に効果を付属することもできるが――その場合、結界内にその魔族の魔法属性と同じ色が混ざる。火なら赤、水なら青といった具合だ。
今回はただの白黒なので、特に効果はないただの――いや、一般魔族の結界だ。
「さあやろうか――遺憾の勇者!!」
アーナフィルマは、一歩踏み出すと腰を落とし剣を構える。
「イヤですけど?」
「・・・へ?」
やる気満々でいたアーナフィルマは、アラタの一言を聞き素っ頓狂な声を上げる。
「イ……イヤですけど?」
アーナフィルマは、何言ってるのこの子?みたいな感じに肩を落とす。そりゃそうだ。サバンナで、ライオンがシマウマに飛びかかろうという時に、「え?辞めて。食べないで」とか言われても困るだけだ。熱い鼓動のバイブレーションも、途端にフリージングしそうだ。
そんな訳で、アーナフィルマの怒りは頂点に達した。
「があぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!」
瞬間で距離を詰めたアーナフィルマは、アラタを後方へ蹴り飛ばす。居間の壁は蹴りの衝撃を受け止めきれず、アラタは壁を貫通し隣の家を破壊して、三つ先の家にぶつかり止まる。
「……ング」
ガラガラと、瓦礫から立ち上がるアラタ――は、アーナフィルマのラリアットで更に後ろへ吹っ飛ぶ。
「ブベラ」
頭に掛かった力は体を縦に回転させ、そのまま何件も家を蹴散らして行く。
「勇ぅぅ者ぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
アーナフィルマはそれにワンステップで追いつくと、剣身の平たい部分を使いアラタを殴り飛ばす。
「………っ」
抵抗することなく、テニスのノーバンラリーが如く、アラタは飛ばされ続ける。
蹴られ、殴られ、飛ばされる。それの繰り返し。現実世界でやっていたなら何人巻きんだかと思うほど、家々は破壊され、地面は砕け、煙が上がる。
「おいおいどうしたぁ?勇者様はさっきからやられてばっかで、反撃して来ないなぁ!」
アーナフィルマが挑発するが、地面に倒れるアラタに反応した様子はない。
ツカツカと歩み寄り、剣を振り下ろす。軽く蹴飛ばす。持ち上げて殴る。叩きつける。アーナフィルマの一方的な攻撃は続いた――1時間も。
「ハァ……ハァ……ハァッァ…オヒ勇者ァ……ちチョ、チョットォ………タフすぎや……しないか…………??」
完全に全力ではないにしろ、それなりの力で攻撃し続けたアーナフィルマには疲れが見れる。それに比べ、やられるだけやられたアラタは、表情一つ変えずに瓦礫に埋まっている。
「よし勇者。次で――次の攻撃で最後だぁ!!」
アーナフィルマは、今までのどの攻撃よりも深く腰を落とし沈み込む。全身にグッと力を込め、剣を構える。
「クアドラプルブーステッドオフェンシブ!!”高魔淵斬剣”」
そう叫ぶと、アーナフィルマの剣に四つの魔法陣が重なる。剣は暗い紫色に変わり、闇のオーラ的なものがビームさベルのようになり剣の周りを覆う。
「ぶった斬る!!」
アーナフィルマの振り下ろした剣はアラタに直撃すると、地面を真っ二つに割る。更には、そこから飛んだ斬撃が街を切り裂いて行き、結界ギリギリで止まる。
「フハハ!所詮人などこの程度!!」
結界によって作られた街に、凄まじい破壊音と、アーナフィルマの勝ち誇った声が響き渡った。