第一章5『う〜るせー』
5日目――の昼。
「……ひる、か」
何時もの事ながら、アラタ昼まで寝ていた。ノソノソと起きてきたアラタだが、彼自身今日は早く起きたつもりだったのだ。
というのも、今日は粗大ゴミの日で、昨日家に捨てられた古代兵器を捨てようとしたのだ。
――さすがに昼過ぎじゃ、収集車行っちまったよなぁ…
落胆したアラタは、押入を開けため息一つ。しゃがみこみ、昨日と全く同じ場所に倒れたままピクリとも動かないノアの顔をペチペチと叩く。
「おーいノアさーん。もしもーし」
陶器の様な肌で、目を瞑ったまま動かないでいると本当に人形のようだ。スベスベの頬を叩き、サラサラとした髪を引っ張り、可愛らしい顔をつつく。
「起きないな…」
髪を引っ張ったあたりアラタ的に、やり過ぎたかな?と思っていたのだが、一切の反応の無さに「そろそろ本気を出すか」と手からリストバンドを外す仕草をしてみせる。
「あれ使うか」
相変わらずのローテンションな気の抜けた声を出すアラタは、Dえもん的な効果音を口で奏でながらベッドの下にある物を取り出す。
「チャッチャラー、フライパンとお玉ー」
アラタが取り出したのは、肉を焼こうものなら一瞬でくっつきそうなフライパン。もはや反射する事を忘れた、サビだらけのお玉。それを取り出すや否や、フライパンにお玉をぶつける。カンカンと、耳障りな高い音が部屋の中にこだまする。
叩き続けること約1分。ノアに一切の反応はなく、ただ落ちたサビが顔を汚く見せるだけだった。
「……次だ」
フライパンとお玉で起こすことを諦めたアラタは、それをポイッと投げ捨てると次の道具を取り出す。
「チャーチャチャーチャチャラララーン」
大百科になってそうな、キテレツな音楽と共にアラタが取り出したのは…
「騒音目覚ましー」
その名の通り、馬鹿みたいにうるさい目覚まし時計だ。起こすことに特化しすぎたこの時計は、時間の表示がない。裏に時間の入力ボタンがあり、そこでセットした時間にアラームが鳴る仕様だ。
「………」
だが、アラタは使うのを躊躇う。
何を隠そう――この時計、唯一アラタを起こすことに成功した道具なのだ。アラタがまだ小学生のころの夏休み。好きなアニメを10徹で見た後、寝ていたアラタに、兄ツカサが嫌がらせで使ったものだ。
そんなトラウマアイテムを、アラタは起動する。1分後にアラームをセットすると、逃げるように布団に籠る。
「………3、2、1」
何処から出ているのか分からないほどの大音量でアラームが鳴る。言葉では表現出来ない、この世のありとあらゆる不協和音、騒音を一纏めにしたような音が鳴る。
「………う〜るせー」
変わらぬテンション、変わらぬ表情のまま文句垂れるアラタ。しかし、ノアは起きないな。起きるはずがない。なぜ?
「あぁ、そういえばこいつロボットか…」
アラタは興味の無いことはすぐ忘れるタイプの人間だ。というよりも、そもそも覚えない、聞いてない事が多い。
「………はぁ」
無駄な労力を使ってしまったと、肩を落とすとノアの布団をかけ直す。
「そのうち起きろよ」
そう言って、最後におでこにデコピンを一発食らわせてやる。ここまでやって起きない――いや、起動しないノアに多少の親近感を覚えつつ、アラタは部屋を出ていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ンクッ、ンクッ、ンクッ…だはぁ〜」
5日ぶりのご飯、豚骨ラーメン(インスタント)を汁まで飲み干すと居間で胡座を組む。ちゃぶ台の上にあるリモコンに手を伸ばし、テレビの電源をつけるとアニメを見始める。
寿 改はアニメ好きである。とは言うが、別にオタクというわけではない。世にいる、ザ・オタクの人達から見れば申し訳程度である。それでも、アラタがアニメ好きという事に変わりない。今期は良作が多いが、アラタは注目の薄いマイナー作まで幅広く見ている。主にそれらは、暇つぶしに見られる事が多いが。
「………んあ?」
気が付けば、夜も更ける頃。テレビに釘付けになっていたアラタは、時の流れから外れたように畳に座り続けていた。
「エトセトラ」
既に撮り溜めてあったアニメは消化され、今はバラエティ番組を見ている状況だ。今のアラタは、風呂に入る事はもちろん夕飯を食べる事ですらめんどくさいと思っている。生物として、食べ物を食べる事をめんどくさいとはこれ如何に。まさに怠惰の極みである。
「……はぁ」
アラタは長い事テレビを見ていたわけだが、体感時間はおよそ2〜3時間程度。しかし、実際はその倍。いや3倍ほど時は経っていて、アラタはケツから根でも生えたと錯覚する程腰が重く感じている。まあ要するに…
「バッテリーぎれだぁ〜」
体力の切れたアラタは、倒れ込むと畳の上で眠りに落ちた。
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アラタは夢を見た。
アニメ。大抵の物に無関心なアラタが好きになった、数少ないモノの一つである。
アラタがアニメを見始めたきっかけは、兄の影響が大きい。寿 司、二十一歳男性。茶色がかった黒髪に、切れ長の黒目。町中を歩けば、すれ違う女性のほとんどか振り返るであろう端正な顔立ち。アラタより五歳年上の兄である。キラキラ――と言うよりはシャリシャリなこの名前は、完全にネタとしか思えない。そんなアラタの兄は、世に言うオタクである。
暇さえあれば、アニメを見てラノベを読む。休日の過ごし方は、某アニメ販売チェーン店に丸一日。ある時は、長期休暇を利用してゲーム三昧。グッツを買うために飯を抜くなどしょっちゅうの事だ。この兄の影響が強く、アラタがアニメを見始めたのは三歳の頃――当時ツカサが八歳の頃である。
その兄が最初に勧めてきたアニメ。それを一緒に見た時の夢を。
『アラタ、チョットこっちに来いよ!』
居間から聞こえるツカサの声。三歳のアラタはトコトコと駆け寄ると、ツカサの横にチョコんと座る。
『何に、兄さん?』
『ほらアラタ!これ、視てみろよ。面白いぞ!』
テレビを指して、興奮気味にアラタに語り始める。
『…でな!この主人公がすげー強くてさ!』
それを聞いてアラタは目を輝かせながら、テレビにかじりつく。
『兄さん!アニメって凄いね!』
『だろ!?それと、これからは兄さんじゃ無くて、兄貴って呼ぶんだ!』
『うん、兄貴!!』
今現在のツカサは、アラタとは別の家に住んでいる。大学に進学したツカサは、家を借り一人暮らしをしているのだ。ただ、アラタは、ツカサの借りている家を知らない。かといって、連絡先も分からないため自ら会いに行くことが出来ない。
――兄貴…久しぶりに会いたい、かも……
懐かしい記憶に包まれて、アラタは目を覚ます。気のせいか、いつもより少し、微かに目尻が赤いきがする。
「………兄貴」
昔の記憶、懐かしい記憶、そんな兄との記憶。それは、今もアラタがアラタであれる理由だ。動かない表情で、感じない心で、アラタは、朝日に照らされながら過去を懐かしむのだった。