第一章3『タケノコ』
体長2mくらいで、背に大剣を背をっている、魔王と呼ばれた黒鎧のゴツイそいつは、両腕を広げドスの利いた声で話し始める。
『我が名はアーナフィルマ!この世界に、破滅と混沌を呼ぶもの』
『魔王。いったいどうやって…この部屋には』
『結界か?フンッ!この程度の結界、無いのも同じ事だ!』
そう言うと、右腕をゆっくりと振り上げるアーナフィルマ。次の瞬間には、右に有った壁は跡形もなく、ただ砂埃を上げるだけとなった。
『そんな!ここの結界はあの、水盾の勇者アークアイン様が貼ったというのにっっ!』
現在、魔王軍と敵対する勇者の一人。水盾の勇者、”エリアース・アークアイン” 。
主に防御を得意とし、結界を貼り盾役として活躍している。
『あぁあ〜、あの仲間を守りきれなかった役立たずか』
『そんな事はありません!彼の…彼のせいでは!』
姫は、その可愛い瞳に浮かんだ涙を必死に堪えながら、仲間の無力さを否定する。そんな姫を鼻で笑い、アーナフィルマは続ける。
『現に今だって、我の進行を阻む事が出来ていないではないか。全く、笑わせる!所詮、勇者などその程度。無駄な足掻きほど滑稽なものはない。』
『クッ!』
尚も殺意の籠った瞳でアーナフィルマを睨む姫に、アーナフィルマは手の平を向ける。すると、手を掲げた辺りの空間がグニャリと曲がり、黒い溝が出来る。
そこから、髭まで白髪にした老司が揺らりと出てきた。
『…っ!お父様!』
アーナフィルマが開いた溝。ゲートから、十字にクロスした棒切れに鎖で繋がれた白髪の老人。姫さんの父親で、グレンバルト王国の現国王。名を、”アルブラン・R・グレンバルト” 。優しい性格と強い意志で、国民からの信頼も厚い。如何なる時も、民に心配をかけまいとシワだらけの顔に更にシワを寄せ、暖かい笑顔を保っていた国王だったが――その顔は意識なく下を向き、ピクリとも動く気配がない。
『魔王!いったいお父様に何をしたのです!!』
『フハハハハ!そう慌てるな、少し寝てもらっているだけだ。ただ、選択次第では、永遠に寝てもらう事になるがな!』
『そ、それは…どういう』
アーナフィルマは、国王の髪の毛を掴むと、顔がこちらに見えるように持ち上げ話し始める。
『今、ソコの通信魔法で話している勇者に、選択肢をやろう。その選択次第では、コイツは殺さないでやろう!』
『アラタ様に…何をさせる気ですか?』
『なぁに簡単なこと。貴様の命か、コイツの命か――どちらの命を救うか…いや、どちらの命を捨てるか選んでもらうだけさ!フッハッハッハッハ!!』
さてさて、ここまで話が進んだわけだが――アラタは全てを無視し、家に向かっていた。
魔王が二度目の高笑いをする頃には既に、家の鍵を開けるだけで帰宅成功出来るほど進んでいた。
もちろん、家に向かっている間も浮遊TVは付いて来ていたから、話し声は聞こえていた。が、アラタからすれば「何かうるさいな」程度しか思っておらず、話の内容は一切理解していない。
『さぁ勇者!どちらか好きな方を選ぶがいい!』
『アラタ様、私はどうなっても構いません!ですから…どうかお父様を!!』
「……」
――うん、何が?
何も知らない――もとい、知ろうとしなかったアラタは、話の流れに乗れず放心状態に陥る。
授業中寝ていて、急に当てられた気分で立ち尽くすアラタに、魔王が語りかける。
『見ろ、勇者。ここに6人の人質が見えるだろう?』
そう言うと、国王が出てきたのと同じ方法で、男が1人、女が3人、子供が2人出てくる。
『貴様が選ばなければ、そちらの世界の時間で1時間事に1人づつ殺していく。早く選ばなければ、余計な犠牲が出るぞ?ユ・ウ・シャ・サ・マ !フッハッハッハッハ!』
――と、言われてもなぁ…
アラタ思う。選ぶ?はて、何を?
異世界に行くか、行かないかなら、迷いなく行かないと即答できる。が、どうやら今回は違うらしい。
自室に戻ったアラタは、ベッドに横になり考える。
――選ぶ、選ぶ……選ぶ?よし。
「おいそこの」
『なんだ、もう決めたのか?想像以上に早かったな』
アラタは意を決して口を開く。
「…タケノコ」
『………は?』
考えに考えた末出てきたのが、キノコ派かタケノコ派かという質問であった。
どちらも捨てがたいが、シットリとした生地の食感が好き、と言う理由でアラタはタケノコを選んだ訳だが…
『ふざけているのか?勇者…タケノコとはどういう意味だ?』
「何でも無い」
――分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない…………
近くには、状況を説明してくれる友達が居る訳でも、会話ログがある訳でも無い。質問内容を聞く他ない状況。アラタは…
――グンナイッ
寝た。
今、アラタが居るのはベッドの上。ベッドは何の為に存在しているのか、そんなの決まっている――寝るためだ。
『どうした勇者!選ばなければ人質が死ぬぞ?』
『アラタ様!私より、お父様を!』
魔王の声も姫の声も耳に届かず、アラタは眠りに落ちて行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『…きろ……』
アラタは夢を見た。
小さい頃、寝起きの悪かったアラタをなんとか起こそうとする父親の夢。出勤時間が近くなり仕方なく部屋を出ていく。
『おき……お……きろ』
――父は毎朝、コーヒーを一杯と食パンを齧りながら新聞を読む。俺を起こしているせいか、毎朝出勤がギリギリなる。それで、ドタドタと慌てて家をでる。それでも、決まって最後に俺の部屋に来て、「起きろアラタ朝だぞ!」と言った後に笑って一言、「行ってきます」と言うのだった。俺はそれが聞きたくて、寝た振りでベッドにこもる。そして、父に行ってらっしゃいと言うだ。そんな当たり前の日常は、何時から壊れてしまったのだろう…
『いい加減起きんか、勇者!!』
「…うるさっ」
あれからどれ程経っただろう。もぞもぞと這うように布団から出てきたアラタは、時計を見る。
――あれ?5分くらいしか経ってない。もっと寝てたと思ったんだが…
部屋を見渡したが、浮遊TVの気配は無い。アラタは寝る前の事を思い出し、「夢だろ」と片ずけると、一階に有る台所へ向かった。
――あぁぁ、腹減ったぁ〜。5分て意外と長いのな。
『おい勇者!無視をするんじゃない!!』
おぼつかない足取りで階段を降りていく。
台所に着くと、電気ケルトに水を注ぎカップ麺を
『おい勇者!!!』
「……」
先程から、勇者勇者と騒ぎ立てている魔王ことアーナフィルマが、辛抱たまらんと画面の向こうで剣を振り回している。そこから飛ぶ斬撃が、画面の向こうの部屋を破壊する。
『何時まで寝ているんだ勇者!』
――夢が良いけど夢じゃなかった…
電気ケルトに水を入れ終えたアラタは、コンセントを繋ぎ湯を沸かす。お湯が沸いたのを確認すると、棚を漁りカップ麺を取り出しお湯を注ぐ。
「豚骨しかないとは――俺は塩派なのに…まあ、それでも俺はこれ食うけど」
『おい、お〜い!聞けよ勇者!』
「ハァ〜、勇者勇者うるさいぞ。近所迷惑だから」
相変わらずの顔でため息混じりに言うと、居間に有るちゃぶ台にカップ麺を置く。最近の家では珍しく、アラタの家の食卓は居間に畳の有るちゃぶ台なのだ。
『いいのか勇者!人質が全員死んだんだぞ!?』
「人質?」
姫か王か選ばなければ、1時間事に1人づつ殺すと言っていた6人の人質の事である。だがどういう事だろうか?アラタ曰く、起きたところ5分程度しか経っていない。6人殺すのに6時間。約束を守っているのなら、まだ1人も殺していないはずだが…
『まる1日寝やがって!起こしても起きないし――何なんだお前は!』
――何なんだと言われてもなぁ…ん?まる1日?
『勇者よ、見るがいい。貴様が選択を躊躇ったせいで、この者達は死んだのだ』
アーナフィルマに言われたとうり画面を覗き込むと、向こうには大量の死体があった。ただ、姫も王も殺されていないところを見ると、どうしてもにアラタに選ばせたいようだ。
『貴様が早くに選んでいれば、この者達は死なずに済だのになぁ…言わばコイツらは、貴様が殺したのだ』
――は?
『こんなやつに殺されて、この者達も報われぬな!まあ、この死体はこの我が有効活用してやるさ……魔王軍の兵士としてな。フッハッハッハッハ!』
黒いオーラを放ち高笑いするアーナフィルマを、カップ麺を食べながら見ていたアラタは思う。
――俺のせいで人質が死んだ?何言ってんの?お前が殺したんだろ。
ごもっともな事を心の中でつぶやくアラタに、アーナフィルマは続ける。
『仕方ない、今から更に1週間待ってやる。これを過ぎれば、姫も王もどちも殺すからな!次会う時までに考えておくんだな!フッハッハッハッハ!』
アーナフィルマがそう言うと、浮遊TVは空気に溶け込むように消えていった。
残ったのは、麺の無くなったカップ麺と、表情の変わらないアラタを包む静寂のみ。そんな居間の中、アラタは静かに零す。
「寝てから1日経ってる?」