第一章2『浮かばれねぇ』
「ヘッキシ。あぁ〜寒…くはないか。花粉症かな」
外の気温は5℃前後で、空は雲で覆われていて日が届かない。これで風でも吹いていようものなら、体感温度は更に低い。
そんな中、薄手のTシャツ一枚で外に出たアラタに、寒がる素振りは一切無い。むしろ、見ている周りが身を震わせてしまいそうだ。「花粉症かな」何て言いながら後頭部をかくアラタは、どう考えてもおかしい。
現在アラタは、何処ぞの姫さんから逃げるため家から出た訳だが、
「やる事が無い」
寒空の下、手ぶらな少年は途方に暮れる。
本当にやる事が無いのかと問われれば、そういう訳でも無い。
ズボンのポケットを漁れば、いつ入れたのか五十円玉が一枚。これを使えば、十円駄菓子を五個は買える。
偶には気の赴くまま、散歩なんてしてみても良いかも知れない。
他にやる事が無いかと考えては見るが、生憎、ゲーム機器としてしか使わなくなったスマートフォンは、自室で充電中。本を読もうにも読むための本は持っておらず、買おうにもお金が無い。
なに、中古ならば五十円で買える本が有るだろう。が、アラタは現在を進行系な高校生なのだ。とても古本を読もうという気にはならない。
それならば何をしようか。アラタはとある建物の前で足を止めた。
「コンビニだな」
アラタの家から1kmと少し行った所に有るコンビニエンスストア。名を ”ホーリープレイス” 。「何が聖地だ」、と思う人も居るだろう。最初はアラタもその一人だった。それがどうだろう。このコンビニ、何でも有るのだ。
”今、貴方が欲しいものは何ですか?それはここに有ります!!”
というのがこの店のキャッチフレーズだ。
”ただし、店の中にそれが三十個以上入る物に限る”
と言う一文は見ないでもらいたい。
160㎡と一般よりは少し面積の大きい店の中に、一体何が有るのだろう?
食品からありとあらゆる道具まで、そこいらのホームセンターなんぞ比べ物にならない程品揃えがいいのだ。
そんな訳で、アラタは暇な時、よくここに来るのだ。欲しい物がなくとも、品は日替わり。見ているだけで楽しめる、エンターテインメンツなコンビニである。
――さてと、五十円で何が買えるかな。
コンビニ入ってすぐ目に付いたのは、水槽の中でふんぞり返る伊勢海老。それを狙っているのか、ギャーギャーうるさい鳥達だ。
――あぁ〜カラス飼いたい。
カラス。大抵の物に無関心なアラタが好きになった、数少ないモノの一つである。
店内状況。入口、入って右の商品棚へ向かうと、そこには大量の鶏肉が売ってあった。
――イメージ最悪だな…さよなら食欲。
そこから、一番奥の商品棚へ向かう。
――何があるかな。
アラタの向かった先、左側の商品棚を見れば、以前寄った時に野菜が置いてあった場所に今日は、
「ラノベ?」
それも、全部が異世界召喚物である。
右側の商品棚には、ビリビリペンやその他数多のビリビリ文房具シリーズが配列されてあった。こういう物は、知ってて使うには勇気がいる。一歩踏み出してビリビリを食らいに行くのには、多少なりとも勇気がいるものだ。
――と、そういう事かい?ホーリープレイス。
アラタは回れ右をして店を出ると、来た道を戻って行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
先程も言ったがこのコンビニ、アラタの家から1km程離れている。それほど遠くないにしろ、多少は距離がある訳で、
「……」
帰りの道。家まで残り800mという所で、空中に浮かぶ電子パネル。通称、”浮遊TV” (今命名)に捕まってしまった。
『アラタ様!どうかお考え直し下さい!!』
アラタの前に回り込んだ浮遊テレビは、道を遮り姫さんを映す。
『少し――少しだけでいいのです!チョロっと来て、チャチャッと殺って下さればそれで』
――異世界召喚、軽いなおい。
アラタは、心の中で姫さんにツッコミを入れると、スタスタと歩き出した。
コトブキ・アラタは、なかなか強情な少年らしい。姫さんも姫さんで、ここまで断られたのだから、無理やり喚ぶか諦めるかすればいいのだ。
さて、普通の姫ならどうするか。もちろん後者を選ぶ者が多いだろう。と言うより、殆どがそうだ。そうでなければ人情を疑う。
ではこの姫はどうか。
「危ねっ」
『くっ、異世界転生も駄目ですか…』
青信号を渡ろうとしたアラタの横から、時速120㎞は出てるのでは?という大型トラックが突っ込んで来たのだ。
紙一重とはよく言ったもので――アラタの髪の毛スレスレをトラックが通過する。回避がもう少し遅ければ、遥か後方へと吹っ飛ばされていたことだろう。
それを見た、姫さんの態度。
「殺す気?」
『転生させますから♪』
「浮かばれねぇ」
『取っても返してますから、犯罪ではないですよね?』
とても晴れ晴れとした可愛らしい笑顔で、「命を取っても、(命を)返せば窃盗じゃないですよね♪」みたいな事を言ってきたのだ。
――マリオなブラザーズが可哀想だな。
「俺の残機は1しか無いんだ。じゃあな、姫さん」
アラタが立ち去ろうとした瞬間、浮遊TVの向こう側から爆発音が響く。
多少の興味本意で画面を除き込と、暗いオーラを放つゴツイ黒鎧の騎士が立っていた。
『ほぉう、ここが勇者召喚の間かぁ』
『あ、貴方は――魔王!?』