第二章8『低脂肪乳だ!!』
寿家の床下に繋がった、西洋風の豪勢な部屋。その一角に、着物を着た少女が佇む。その場違いすぎる服装の少女は、天井を見つめふと零す。
「どうなっているんだ…」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「問題はこの先です」
ハウル的なダイヤルの着いた扉を指し、リュウガを呼びつける。
「なぁノア……これ、どうやったんだ?」
ノアの行った神業に疑問の念を抱くと、事態があまりにも深刻なのか、ノアにしては珍しく素直に答える。
「この前吸収した魔力と、ノアの今持てる技術を結集し作り上げました!」
「何をしたかじゃなくて、どうやったかを聞いたんだけど…」
自分の回答が的を外れていたことを指摘され、ダイヤルを弄りながら答える。
「まず、床下の空間を縮める事で、空間に小さな隙間を作ります。そこに、圧縮した魔力を流し込み、作り出した空間を詰め込みました!広い方がマスターも喜ぶと思ったので、全魔力を注いだのですが……」
言い終わると同時、ガチャりと開いた扉の向こうには沢山の家々からなる町。遠くには緑豊かな森が、鬱蒼と生い茂っている。何故そんなにも色々と見えるのか。それは、ノア達の居る場所がとても高い位置にあるからだ。
この建物は黒を基調とした城の様な見た目をしており、ここは城の中心から伸びた塔のような物の天辺に位置する。扉の前には踊場があり、貧相な柵から下を除けば魂が抜けるような気さえしてくる。
「ノア……どうしてこうなった…」
塔に吹き受ける微風が、リュウガのマフラーを靡かせる。
「まず一つは、先日の魔力が思っていたよりも大きかった事です。あれを吸収するのに使った兵器の反動で、今は殆どの機能を失っていまいました。その為、魔力の大きさを測れなかったのが原因です」
小さい手で指折り数え、話を続ける。
「二つ目は、マスターの家を”城”と言った時にジョークと言われたのが悔しかったので、いっそ建ててしまおうと悪ノリしたことです」
ニーマテックが攻めてきた時の話だったろうか。そんな時の事を気にする辺り、ノアと言う兵器は――物ではなく、者に近いように感じる。
「三つ目は、城だけだとカッコ悪いので街も作ったのですが……メモリーに残っていた町と、マスターがテレビで住みたいと言っていた町を合わせた結果…」
「こんな大都市になったと…」
ノア達の眼前に拡がる町は、小さな集落のそれではない。栄に栄えた、大国のそれだ。西洋風の建物から、和風の建物。ガラス張りのビルも有れば、何処かの集落的な家まで見える。よく見れば、城も含め町のあちらこちらに大小のメイサー砲台や、レールガンなどの防衛システムもあるが、動力が無いのか動く気配はない。
「すごい広いな」
「大陸位の大きはあると思います」
「北海道位か?」
「ホッカ…移動?」
「いや、ホッカてなんだよ」
「貴方が言ったことではないですか」
「キャァァァ!!」
話が脱線しつつある二人の元に、少女の物らしき悲鳴が聞こえる。どこか聞き覚えのある声に、室内に戻った二人は目にする。
「うわぁぁァァアアァァァァ!!!」
謎の触手に追われる、テインの姿を。
「なんだあれ…」
「テトラですね」
「そっちじゃねぇよ」
「あぁー、あのフィギュアはマスターが読んでいた本に…」
「あのテインを追っかけてる、気味の悪いアレは何だって聞いてるんだよ!」
さも嫌そうな顔が、声を出さずとも「えぇ〜」と言っているのがわかる。ノアの纏う空気はまるで――やっと訪れた日曜日に、子供に遊園地に連れて行ってくれと駄々をこねられた父親のようだ。
「アレはですね――この前マスターが読みながら「これいいな」と言った、やたら薄い本に出てきた触手型のモンスターです」
「モンスターなんて作れたのかよ…」
「貧乳黒髪ポニーテールにだけ反応して、襲うように命令してあります」
「アラタもまたマニアックなモノを…」
気がつけば、テインが叫びながらこちらへと駆けてくる。
「うぎゃぁぁぁ!!リュウガ殿!!この後ろの奴を何とかしてはくれないか!」
そう言って一生懸命走るが、それによって揺れるポニーテールと揺れない胸が、尚更モンスターを引きつける。
「それと私は、貧乳ではない!!」
「ノア、テインの胸は?」
「Bカップ」
「Bは貧乳ではない!!て…低脂肪乳だ!!」
「健康大事か!!まぁ、それ言ったらノアはAだもんな!」
「チッチッチ!分かっていませんね。私の胸は……取り外しが可能です!!」
ない胸に手を当て、堂々と言い切るが――バストも身長も足りないノアでは、カッコがつかない。
「取り外したらマイナスじゃん」
「パーツ交換で、いくらでも変化させれますよ!」
「そのパーツは?」
「………えへ♪」
「ないんだな」
そうしている内に、足を取られたテインは逆さ刷りにされていた。
「や、止めろ!!離せぇぇ!!」
自由な手足をバタバタさせるが、拘束は更に進行していく。
「そろそろ助けてあげてはどうですか?」
「あれ、殺しちゃっていいの?」
「………それは困りますね」
そのまま固まり、考え込んだノアは一つの答えにたどり着く。
「赤と白のボールを作りましょう」
「いやおい、命令を変えればいいだろ」
「あぁ〜あ」
何処から取り出したのか、頭に置いた白熱電球のスイッチを手を打つことで付けると、モンスターに手を伸ばす。するとどうだろう――先程までテインを縛っていた触手から力が抜け、テインは真っ逆さまに床に落ちる。触手は、何処かの部屋へスルスルと戻って言った。
「……うぇぇ」
体にまとわりついたベトベトに、表情が歪む。これが俗に言う、苦虫を噛み潰したような顔なのだろう。
「テトラ……あの扉の先に風呂場があるので、どうぞ使ってください」
「そうか、ならば遠慮なく……じゃない!!私の胸囲をいつ知った!?」
「今聞くべきはゼッタイそっちじゃない!」
「スキャンしました」
「んな!いつの間ヌワァッ!!」
声を荒らげ立ち上がったテインは、ベトベトで足を滑らせ後頭部を強打。気絶したテインが目が覚めたのは、アラタが帰って来た三十分後だった。