プロローグ
「...成功したか」
暗い洞窟の中、灯されているわずかな光で鏡を見ながら俺はつぶやく。そこに映った顔は長年見てきた自分の顔とは異なるものだった。
失敗すれば死ぬかもしれない試みだったが、生きるために必死で縋り付いた方法だった。成功したことに安堵する。
自分の体へのてつもない違和感と強烈なめまい、吐き気を感じるが、そのうち慣れていくだろう。それまでの辛抱だ、生きていければそれでいい。
そんなことを考えながら俺は意識を手放す。
この日、俺は――――――人間を辞めた。
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「ふぁぁ...」
朝、あくびをしながら俺は教室へ入った。
俺の名前は、六角涼翔。現在高校2年のオタク野郎である。
普段はほとんど家に引きこもってゲームをしている毎日だ。徹夜するのも珍しいことじゃない。今日も徹夜明けだから非常に眠い。
席に座り眠ろうとすると、
「よう、クソオタァ。またゲームで徹夜か?さすがだなぁ、オタクってやつは、ギャハハハ!」
そんな寝ぼけた脳には刺激の強すぎる、とてもイライラする文言が聞こえた。
「...あ?クソとは失礼な、オタクであることは隠したり否定したりしないが、クソ呼ばわりはいただけないな、今度は本当に2度と動けない体にされたいか?」
と、ついつい過激な返答をしてしまう。
「...チィッ」
脅したらすんなり自分の席へと戻ってくれた。舌打ちされたけど。
まあ、あんななんちゃって不良なんぞよほどのことがない限り放置だ。まともに対応してたら心労で倒れる。
今、俺に声をかけてきたのは同じクラスの伊丹亮哉というやつだ。
受験が楽、家から近いという将来性のかけらもない安直な選択をしてこの高校に入学したが、少々テングになりすぎてしまった。出る杭は打たれるという不偏の法に基づき、こいつは2年になり同じクラスになると、取り巻きの2人、清水英治と宮本泰雅とともに、俺にちょっかいをかけてきやがった。
最初のころは比較的おとなしかったのだが、俺がオタクである知ると悪質ないたずらをするようになってきた。そしてひたすら無視する俺の態度が気に食わないようで、すぐにヒートアップして、
「ちょいとボコってやるから、昼休みに屋上に来いよ」
なんて言い出した。
それまでは仮想世界に夢中でほとんど気にしていなかった俺もさすがにキレて、伊丹の両手両足を骨折させ、残る取り巻きは顔を床面に叩きつけ気絶させた。そして何食わぬ顔で午後の授業を受けた。
3人が午後の授業になかなか出てこないので、俺があの3人呼び出されていたという情報をクラスメイトから得た教師は、俺に知っていることはないか聞いてきたが知らぬ存ぜぬを貫いた。
その授業が終わった直後、あの3人が教師に発見され大騒ぎ、職員室への招待状をいただいた。正当防衛という主張を貫き通したが、やりすぎだと大説教。結局、次はないから覚悟しろといって一応正当防衛が認められた。
3人はしばらく学校を休み、俺はクラスの皆から盛大に恐怖の対象とされた。近くを通っただけで女子に、「ヒィッ!」と言って飛びあがるという反応を示された時は、さすがにショックでorzのポーズをとった。
それ以来、こうして口頭でちょっかいをかけてくる程度に収まっている。だが、最近また調子に乗りだしているようなので、何か手を打つ必要があるかもしれない。退学処分にならない程度にしないとな、面倒だが。
3人への対処法を考えながら眠ろうととすると、再び声がかかった。
「おはよう六角君、何か考え事?」
3人を痛めつけた事件のあとクラスの誰もが自分から俺に声をかけてくることがなくなったが、例外が数人いる。この鈴木風香という女子もその1人。
事件の少しあとから声をかけるようになってきた。珍獣に対する興味ってやつなのかね?
鈴木はこの学校でトップクラスの美少女だ。黒髪が肩のあたりまで伸びており、胸が結構大きい、くりくりとした目で小顔...らしいが顔のサイズに関しては俺には違いが分からん。太ってなければ全部同じに見える...
「ん?ああ、好きなあの子が画面の中から飛び出て来ないというオタクの誰もが抱えている懸案事項の解決策を―――」
さっさと寝たかったので、そんなドン引き発言を行うが、
「もう、絶対違う!六角君はそこまで頭の中が危ない人じゃないでしょ?ほんとは何?」
「ぬう...」
追い払うどころか、ぷんぷんという言葉がとても似合う表情でさらに問い詰められた。男子からの殺気がものすごく突き刺さる。あと周りの女子がゴミを見るような目で俺を見てくる。そっち方面は開花してないので勘弁してほしい...
「やめとけよ、風香。六角みたいなオタクの言うことなんか理解できないだろ?」
またしても新しい声がかかる。今度は鈴木の、確か幼馴染とか言ってたか、空見勇斗という超イケメンで、困ってるやつがいれば見境なく助けようとするお人好しだ。
美男美女の幼馴染とかどこの世界の話だよと思いきやこんな近くにあった。高校もおんなじとかどんだけ仲がいいんだよ、それなのにまだ付き合ってもいないと言っていた、おまえらさっさとくっついちまえ。
こいつは鈴木が俺に声をかけるようになると露骨に警戒するようになってきた。だれも取ったりしねーよ。
「そんなことないよ、勇斗。趣味の話になるとついていけないときがあるけど、いつもは普通だよ?」
鈴木が無邪気な表情で言い放つ。
そう、暴走しちゃうんだよな。鈴木がどこから仕入れたのかわからんが、俺の趣味関連の話題を振ってくるとつい、な。自分の趣味の話ができるってのは結構うれしいもんだんだよ。
空見は鈴木の発言により火が付いたご様子で、
「いつも思うが、ちょっとは警戒しろよ、そいつオタクだし暴力を振るうようなやつなんだから何されるかわかんないぞ」
ひどい言われようだ。
「おいおい、俺を誰彼構わず殴り飛ばすようなやつと勘違いしてんのか?」
「伊丹たちにあれだけのことをしたんだ、そう思われても文句は言えないだろう?」
反論はできないが、あいつみたいにちょっかいかけてこなければ何もしないのに。
「そこまでにしとけって、勇斗、鈴木さん。もうすぐ授業はじまるぞ」
お、救いの声がかかった。声の主は速水陸、空見の親友だそうだ。今は真面目なことを言っていたが、こいつは見た目はいいがものすごくお馬鹿だ。
「ああ...そうだな」
「わ、もうこんな時間」
2人とも素早く自分の席に着く。
これでやっと寝れるぞ、おやすみなさい。
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――――ゴンッ。
突然衝撃を感じた。痛い、頭打ったぞ...
目を開けると何やら古めかしい西洋風の造りの広い部屋の中にいた。
周りを見てみると俺は台座の上にいるようだった。そして、15人程度だろうか、クラスメイト達が困惑した表情であたりを見渡している。
「え、え?ここどこ!?」
「あれ、俺さっきまで教室にいたよな!?」
「どうなってんのよ、一体!?」
皆がパニックに陥る。
そんなこんなで騒いでいると、王冠をかぶった偉そうなのと、きれーなドレスっぽいものを着た少女、それと筒みたいな帽子かぶった爺さんが入ってきた。みんな警戒して静まる。
「ようこそ、我がエリディア王国へ。救済者様方」
王冠かぶりがそういった。
「救済者?どういうことですか?」
我らがクラスの委員長、四条徹がすかさず質問する。こいつは清く正しくをモットーにしている文武両道なイケメンで雰囲気が大人びているのもあって女子の人気が結構高い。この状況でそこまで落ち着けるのは素晴らしいぜまったく。
それと、前振りご苦労。
「その前に、私はジュリウス・エリディア。この国、エリディア王国の国王だ」
「王女のクリスティナです」
「聖樹神教の教皇デミナス・ローナンドでございます」
王冠かぶったおっさん、ドレスの美少女、筒帽子の爺さんが自己紹介すると、別室に移され、教皇より事情説明が始まった。
ここは異世界で、このエリディア王国含めたこの世界はアポラス帝国による侵略の危機にさらされている。
アポラス帝国とはマジカロイドという種族の国で、邪神アポラスの名なから命名された。その帝国が、近年急速に力を増してきている。
マジカロイドたちは非常に邪悪な存在で人々への虐殺行為などを平然とそして喜々として行う種族である。このくだりはお人好しと正義感あふれる我らが2大イケメンの琴線に触れたようだ。2人の反応を見て教皇はノリノリで帝国の残虐さを語っていた。
それに対処するため異世界より救済者を召喚する、召喚されたものは例外なく強力な力を有している。と、聖樹神教の神オーベインより神託があった。
俺達にはその力を使ってアポラス帝国を倒してもらいたい、とのことだ。
混乱しているはずの俺の頭に、その説明は驚くほどすんなりと、納得とともに頭に入ってくる。そして、アポラス帝国を討って世界を救わなければ、と使命感が湧いてくる。
「どうか皆様、我が国を、世界を、お救いください!!」
王女からのダメ押しが入った。
「わかりました。絶対に、俺たちが世界を救って見せます!」
空見よ、お前乗せられやすいな、目を輝かせてるし...召喚ものの小説なんかだとほとんどのケースで利用されていいように使われるのだがな。
これだけは確認しておこう。
「我々は元の世界に帰ることはできるのでしょうか?」
「ご安心ください、オーベイン様は救済者様方には使命を果たしたのち、元の世界に戻っていただくと言っておられました。」
帰してほしくばこちらの要求をのめ、ってことなのかね?
「よし、みんな。世界を救って、故郷に帰ろう!」
四条が高らかに宣言する。皆も黙ってはいるが、やる気満々の力のこもった目をしていた。
そのあと俺たちは王城内の部屋を与えられ、その日は解散となった。