人間味の正体
ここはW社の社長室。開発部長がノックをし、ドアを開けると、社長が一台の家事ロボットを前に、ため息をついていた。
「お呼びと伺いましたが、どんなご用件でしょうか」
「よく来てくれた。実はこのRN-6305について、顧客から改良依頼がきたのだ」
開発部長は、内心ぎょっとした。RN-6305というと、つい先日に富豪のN氏に納品したばかりのオーダーメイドタイプ。量産型の3倍以上の高い性能に加え、人間そっくりの見た目、動きを完備した、W社の技術の粋と言える最高品質のモデルだ。すでにどのパーツも選りすぐりのものを使用しているので、これ以上の改良となると難しい・・・
「N様から、もう少し人間味を持たせてほしいとリクエストがあった。パッと見も言動も人間そっくりだが、やはり本物の人間と比べると機械的というか、違和感があるらしい」
「はあ・・・それはまた・・・」
「だったら本物のメイドでも雇えばいいと言いたくなるが、それを言っては当社の製品が売れなくなってしまう。難しい要望だが、N様はうちの上得意様だ。知名度も高く、各界に太いパイプを持つ彼を失望させるわけにはいかない。忙しいところ悪いが、どうにか取り組んでみてもらえないか」
これから被験者を募って動作テストし、ぎこちない部分を列挙して具体的な改良検討に入る・・・考えるだけで頭が痛くなるが、所詮はしがないサラリーマン。社長にこう頼まれてしまっては断れない。
「わかりました。納期はいつごろですか」
「明日だ」
「なんですって」
さすがの開発部長もこれには目を剥いた。よっぽどうまくやっても完成するかどうか。
「N様は明日から海外でバカンスの予定で、それにロボットを同行させたいとのことだ。無茶な依頼ということはわかっているが、頼む。最悪、完全な仕上がりでなくとも、素人目に見て、ここをこう改善しましたよと目に見えてわかればいい。ようはN様に、当社は誠意をもって最大限の努力をしましたということが伝わればいいのだ。そうだ、これに成功したら、君の次のボーナスの額を2倍にしよう・・・」
最後の一言で、開発部長の心がピクリと動いた。ボーナスが2倍になれば、欲しかったあのゴルフクラブが買えるし、娘の留学費用も楽々支払える。
「社長がそこまでおっしゃるなら、わかりました。やるだけやってみましょう」
次の日、社長と開発部長が見守る中、N氏はRN-6305の電源を入れた。ロボットといくつかの受け答えをして、再び社長の方に向き直る。
「どうも、今までとあまり変わっていないようだが」
冷や汗をかく社長を横目に、開発部長が改良ポイントの説明を始めた。
「どうぞ、ロボットの目を見て、笑いかけてあげてください。人間も、面と向かわずぞんざいに命令されれば、おざなりの態度しか返さないもの。逆に親しみや愛情を込めて接すれば、だんだん心を開いてきます。今回の改良では、この人の心の機微をプログラムに組み込んでみました」
「なるほど、こうかね」
N氏がロボットに向き合って笑いかけ、もう一度会話のやりとりをする。そしてぱっと顔をあげ、さらに笑みを深めて言った。
「なんと、人間そのものだ!たった一日でこれだけの改良ができるなんて、やはりW社の技術はすばらしい。改良にかかった費用はあとでいくらでも請求してくれ」
上機嫌でRN-6305を連れて帰っていくN氏を見送った後、社長はすっかり肩の力が抜けたようで、いつもよりフランクな口調で開発部長をねぎらった。
「今回は君のおかげで助かったよ、本当にありがとう。しかし、一日であんなに完璧に仕上げるなんて、まるで魔法のようだなあ。何か、すごいカラクリがあるのかい」
開発部長もにっこり笑って答える。
「ええ。実はロボットの瞳に、多少の違和感が気にならなくなる暗示機能をつけたんです。機械のプログラムより、人の気の持ちようを変える方が簡単なので」
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