02 メシマズ地獄
嗚呼、今日も飯がマズい。
両手足を拘束され自力で食事出来ない私の為に謎の美女が不気味な色のお粥を掬って食べさせてくれているこの状況。
何のプレイだと毎回思うが、まあでもそんな事はこの数日間でまだ許容出来る範囲になった。慣れとはかくも恐ろしき哉。
――それよりも問題は食べさせられているモノの方にあった。
「うえぇぇ…苦い渋いマズいもうこれ無理です食べられません勘弁して」
「黙って全部食べて下さい」
無表情な美女のハスキーな声が室内に響く。
これで私が男だったらむしろご褒美です!ありがとう御座います!となったのだろうか…なんて、至極どうでもいい事を考えながら私は先程から現実逃避してばかりだ。
――だってマズいんだよコレ!
何だかもうこの世にある不味いもの全てぶち込みました的な破壊力抜群の味!
お粥は好きだけどコレばかりは本当に無理です…毎回食べる度に心なしか身体中バチバチ痛くなるし!
もう何なんだこれ遠回しに死ねと言われているとしか…ああ、すみませんちゃんと食べますからゴミ虫見るような目でこちらを見下ろさないで下さいお姉様。
「対象、差し出した食事を拒否。侍従長の指示に従う意思なし…」
「わーーー美味しく頂きます残りも下さいお願いします!」
いつも所持している謎の帳面にメモを取ろうとする美女を何とか止める。
分かれば良いのだ面倒かけるなと言わんばかりの視線を浴びながら、私は再び地獄に身を投げた。
――王都に来て半年。
これまでもろくな扱い受けてなかったけどここ数日に比べると無視陰口嫌がらせなんてまだ可愛いものだったんだなと思った拘束三日目の夜であった。
<完>
って、完結してどーする。
このままじゃバッドエンドでデッドエンドな未来しか見えん。それは流石に勘弁願いたい。
ただでさえ身動き取れず情報も足りないのだ。少しずつでも何かしていた方がマシだろう――そうして何とか今日三度目となるメシマズの試練を乗り切った後、私は少しでも情報を得られないかと目の前で機敏に動く美女へ思い切って話を切り出した。
「あのー、今更ですけど何と呼べばよいか分からないのでお名前教えてもらえないでしょうか?」
「……………」
「あ、あのいつも食べさせて下さってる料理って誰が作っているんですか?なかなか独特な匂いと味ですよね!」
「……………」
「あの」
「いいから黙って身体拭かれて下さい」
「すみません」
…。勝てる気がしない。
薄々気付いてたけどこの人必要最低限の事しか話してくれない。
今日のお昼なんて問診の時以外一言も発言してなかったしな!
と、言う事だけが今のトライで分かった。
「……」
一体私が何をしたと言うのか。
いや、王子暗殺未遂の容疑者ではあるが。
美女がどこまで事情を知っているかは不明だが、彼女のこの態度が純粋にそこからのみきていると思いたい。
だが南部出身と言うだけでこの半年間理不尽な目に遭ってきた身としては、悲しいがそれも要因の一つではないかと疑念が消えないのもまた事実。
―――そんな北と南の溝を埋めたくて王都に来た筈なのに、なんとも皮肉な話である。
そうして一人勝手に落ち込んでる内にも、美女は淡々と私の身体を拭いていく。
軟禁生活が始まった当初、内々に処理したい割に世話係を付ける事を不思議に思っていたが、こういう事なら納得だ。
いくら好いた相手とは言え、流石に異性であるグレン様に拭いてもらうのは……。…。
「――顔が赤い様ですが、身体に何か異常でも?」
「えっ、いや!そんなきききききき気のせいです気のせい…!」
突然の指摘に全力で否定する私に毎度おなじみゴミ虫でも見る様な視線を向ける美女。
彼女は暫く此方を凝視した後、溜め息一つ落としながらいつもの問診を始めた。
「昼の問診以降、吐き気や目眩はありましたか?」
「ないです」
問診は毎回食事後に少し時間をおいてから行われる。
内容はこれまで変わらず同じものばかりだ。
「身体の痺れは?」
「今さっき食事してから全体的に少しだけ。初日に比べると大分軽いですが昼とは大差はない感じです」
「……」
こちらの回答は全て彼女の持つ帳面に記録されていく。
そのため回答はなるべく具体的するようにと初日に言われている。
「その他何か気になる症状は?」
これが最後の質問となる。
私は思い切って疑問に思っていた事を目の前の彼女に伝えた。
「何だか三日間寝たきりの割に筋力の衰えをあまり感じないのですが」
そう、二日目以降何となく身体に違和感を感じていたのだが、分かった理由がこれだった。
寝たきりにしては私は身体的、体力的な衰えをさほど感じないのだ。
「そこに関しては気にしなくていいです」
「!」
此方の質問に対して動揺も驚きも何もない表情の彼女。
――こうなる事も既に折り込み済みだったと言う事だろうか。
ダメ元でもう一押し出来ないかと質問してみる。
「あのお粥の効果ですか?」
「――まあ、そういう面もあるかもしれませんね」
「じゃあ――」
「では私はこれで失礼します」
バタンと。
強制的に終了した会話と共に美女は部屋から出て行った。
たった一つ、僅かなヒントを私に残して。
「メシマズ責めには何か複数の目的がある…?」
彼女が何を思ってヒントをくれたのかは分からない。
けれどもこれは私にとって大きな一歩だった。
◆ ◆ ◆
「お疲れ。経過は?」
「問題なし。今のところ此方の想定通り」
「そうか」
とうの昔に日が暮れ大体の人間が寝静まった深夜の使用人宿舎。
数日前から始まった深夜の会合には変わらずいつもの顔が揃っていた。
「他に何か言ってた?」
「あ?あー…うん、メシマズすぎて辛い勘弁してくれとかなんとか」
「はは、思ったより彼女元気そうだね」
「……」
初日こそこの世の終焉とばかりに責任を感じて落ち込んでいた主。
しかしここ数日は部下のこの報告が唯一の楽しみと言わんばかりに顔を輝かせている。…お気楽なものだ。
「あ、あと"レベッカ"から色々聞き出そうとしてた。そろそろ色々頭回るようになったんじゃない」
「…そうか」
何となく予想していたとは言え、その報告に一つ溜め息が漏れる。
―――身元が不確かな少年との約束の為、単身あの南部から乗り込んでくる程重度のお節介だ。
彼女が動く事で何も起きなければ良いのだが。……。
「そういやグレン、あの子ってさ…って聞いてる?」
考え込む僕に目の前の部下が手をかざす。
まだ何かあるのかと内心酷く動揺していたが努めて平静を装った。
「…ああ、彼女がどうした?」
「あ、聞こえてんのね。いやー…ああ、うん、やっぱり何でもないですわ」
「どっちだ」
構えていた分曖昧に誤魔化され肩透かしをくらっていると、背後からソファで寛いでいる主の忍び笑いが聞こえた。
「ああ、君も気付いたかい?」
「そりゃあもう、一目瞭然でしょう。疑う気すら失せてしまいましたよホント」
「………悪趣味なからかいは止めてくれませんか」
何かと思えばまたこのネタか――好事家な主と部下に心底辟易しながら何とか解散に持ち込んだ。
二人が指し示すそれに気付いていない訳ではないが、こればかりはどう対処すべきか決めあぐねていたのだった。