01 気がつけば現行犯
簀巻きにされたメイドさんが侍従長をひたすら説得する誰得ゲームを作ろうとした残骸です。全力で不定期更新なのでヌルッとよろしくお願いします。
もうだめだこんなとこ誰かに見られたらお嫁行けない。死ぬ。
…いや、この場合は抹殺される可能性の方が遥かに高そうだけど!
そんな事を考えながら改めて自分の状態を見直す。
手足は木製の拘束具ですべて固定され、更に全身を簀巻きでぐるぐるに拘束されている。
―――つい先程まで目隠しまでされていた事を除いても酷い有り様である。
「安心して、無実と分かれば責任取って僕が娶ってやるから」
「だから事実無根無実潔白だって言ってるでしょうグレン様…!」
状況に似つかわしくないのほほんとした物言いに反発して目の前の男を睨む。
目を引くほどの豪華さはないものの、あっさり整った容姿に浮かぶ我が上司様の笑みの威力は絶大だ。
完全に冷め切った瞳に恐怖のあまり鳥肌止まらないけど負けてられっか畜生!
「事実無根、じゃないでしょ。あの時確かに君は王子に手をかけようとしてたんだから」
「…ぐ…」
目の前のクソッタレ上司様の冷静な指摘に思い切り怯む。
…そう、私はいま王子暗殺未遂の現行犯として取り押さえられ、そのままこうして拘束されているのだ。
(どーしてこうなった!)
――なんて嘆いていても仕方ないので、数分前までの自分の行動を改めて振り返ってみようと思う。
と言っても一介の使用人が送る一日なんてたかがしれている。
朝、日が昇る前に起床して日が暮れるまで王宮内の雑務に追われて。
たまに仕事仲間と給仕室でお茶をしながら雑談するくらい。
今日も例に漏れずそんな一日だった…筈だ。
が、就寝後に事件は起きた。
使用人宿舎の自室にて寝間着でベッドに入っていた筈が――次に目を覚ました時には王子殿下の寝室に居て服装も仕事着で、更にはベッドの上の殿下にナイフを突き付けていた。
…そして今に至ると言う。
間一髪、グレン様が止めに入ってくれたから未遂で済んだとは言え、現状その決定的な姿を殿下含め二人に見られている。
―――果たして私は殿下の寝室<ここ>から無事生還出来るんだろうか。
「……それでも私が殿下を暗殺なんてする訳ないんです!」
「うん、もうその言葉は聞き飽きたから」
「なっ」
精一杯の主張をバッサリ切り捨てるグレン様。
朗らかそうな見た目の割に仕事の鬼だとは思っていたが、ここまで冷徹な人だったとはと愕然とする。
――主と部下ではどちらを優先すべきか分かりきった話とは言え、彼は侍従長なのだ。
此方の言い分も少しは聞ける位の器があっても良いんじゃないだろうか。
少なくとも普段の私の言動や勤務態度を見てくれているならば、こんなふざけた事態にも何か裏があると気付く筈だ。
が、グレン様の言動からはそうした様子は伺えない。
………つまり、彼にとって私は大勢いる使用人の中の一人にすぎないと言う、事で。
「――泣いた所で情状酌量なんてするつもりないから」
「――――」
ああもう本当に何でこんなクソッタレ上司が好きなんでしょーかね、私。
「せめて簀巻きだけでも解いてくれませんか。身体動かせないのだいぶキツいんですが」
「随分厚かましい容疑者だね」
自力で拭えない涙を誤魔化す様に要望を口に出すとグレン様から盛大な溜め息と呆れ顔を頂いた。
そんな表情にすらときめくんだから私は相当末期だと改めて凹む。
自分のどーしようのなさに俯いているとオマケにもう一つ上から溜め息が聞こえた。
「――下手な動きしたら速攻でまたふん縛るから」
ふわりと目元に温かい何かが触れたかと思った次の瞬間、身体全体をキツく拘束していた縄が解けた。
「ありがとう、御座います」
「…間抜け面」
あっさり解かれた簀巻きに呆然とする私をグレン様が鼻で笑い、流れる様な動きで立ち上がる。
「分かっているとは思うけど、あと数日で殿下の王位継承の儀が執り行われる。それまでは事を荒立てたくない――大人しくしておいて」
「……」
「じゃあ、後で食事を持ってこさせるから。疑いを晴らしたいならまずは残すなんてマネしないことだね」
そうしてグレン様は部屋から出て行った。
いつの間にか拭えなかった涙は消えていた。
◆ ◆ ◆
「――どうだった?」
「白に限りなく近い黒ですね」
「………そうか…」
蝋燭の灯り一つしかない薄闇の中発せられた主の問いに率直な感想を述べる。
ゆらりと揺らめく灯りの反対側で主の顔が少し歪んだ。
「…彼女には悪いことをした。あんな約束さえしなければ――」
「リヒト様」
次期国王にあるまじき発言をする主をピシャリと窘める。
「だがグレン、お前もあの場に居ただろう。彼女は」
「彼女の意志に関係なく事件は起きてしまったんです。起きてしまった以上、早急に真実を突き止める必要がある。…例え彼女が北と南を繋ぐ鍵だったとしても、状況如何では消えてもらうしかありません」
「………」
僕の言葉に押し黙る主。
しかし納得していないのかお前はそれで良いのか、と言う視線を向けられる。
―――どこの国に仕事に私情を挟む様な侍従長が居るというのだ。
僕はそんな主の視線をさも興味がないと言った風に流した。
原因も元凶も心当たりはある。
ただ決定的となる証拠がまだ足りない。
誰もいない庭を見下ろしながら、己の利き手を少しだけきつく握りしめた。