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幸運の足音

人間の遺伝子マップがよみとかれたのは300年の昔だという。その後、その存在について人々は飽くなき研究を重ねた。量子論の分野の鬼才と言われたロバート・キャンベル教授は2298年に人間のすべてを量子的に解析することに成功し、この議論は決着がついたかに思えた。人間はビットで書き表される。あまりにもあっけない事実であった。

人間は肉体から開放された。食べると言う行為をしなくても、食べた後の量子状態を再現すれば良いだけだった。移動はもちろん瞬時にできる。人々を困らせた病気も、怪我もこの事実の前には無力だった。かつて病院と呼ばれた場所は、高機能なコンピュータが置かれ、バックアップを蓄える倉庫と化した。


西暦2315年。カイト・ササキは思いがけない幸運に顔をほころばせていた。カジノでの人生初の大当たり。こんな世の中でも、金は天下の回りものであった。カイトはもう使い途を決めていた。


この街では情報を書き換えて「人生を入れ替える」バグを起こす裏ビジネスが流行していた。政府は保身のためか幾度と無く規制しようとしたが、需要は後を立たず、犯罪組織の壊滅には至らなかった。


組織と接触するのは思いの外簡単だった。カジノで浮かない顔をしていたカイトに話しかけてきたのはごく普通のスーツ姿の男だった。

「はは、冴えない顔ですな。私が儲かる賭け方を教えて差し上げますよ」

「彼女にも振られるし、最悪な1日だった。仕方ない、この冴えないボディじゃこれが限界かな」

男は憐れむようにいった。

「なるほど、そうですか……では、もしあなたのボディを交換できるとしたら、どうです?」

「そんなのは都市伝説だよ。データは厳重管理されている。無理だ」


「それが、その方法は実在するのですよ。しかし後にしましょう。どのみち金が要ります」

男はカイトを促し、ルーレット台に向かった。

「すぐすみます。難しいことではありませんから」


そして小一時間の後。カイトは嘗て無いほどの大金を見事に手に入れたのだった。といっても全てはカジノが管理しているマネーデータ上の話で、手元にはいつものデバイスしかないが。

「イカサマじゃねぇだろうな。逮捕はごめんだぜ」

「ご心配無く。それに、あなたにはもう新しい人生が待っていますから。もし捕まってもそれはあなたでは無くなっている。料金は後払いで結構です」

男は小さな装置を取り出した。

「これで他人のデータに自由にハッキングできます。任意の一人だけですから、よく吟味して選んでください」

男は腕のデバイスを操作し、カタログデータをカイトに見せた。

カイトは眺めると、決めた。

「この子にしよう」


「大富豪の娘リリア・レスティナ嬢ですか。お目が高い」

「急に偉い奴になって責任が増えるのは面倒だ。入れ替わる美人の嬢ちゃんには気の毒だが、大富豪の令嬢なら楽にワガママに暮らせるだろう」

「それでこそ、私が見込んだ方です」


男は事務的な笑顔を見せた。

「では、目を開けると貴方はリリアに変わっています。また後でお会いしましょう。3、2、1」

そんな事を言ってどうせスリでもはたらく気だろう。カイトは薄目をあけて騙されている振りをした。


目を開けると、そこは美しい庭園だった。

「リリア樣、ご気分は? 急に倒れてしまわれるなんて」

詐欺ではなかったんだな、あの裏ビジネスの話は本当だったんだ、そうカイトは思った。近寄ってくるメイドに、カイトは笑顔で答える。

「ええ、大丈夫よ。心配かけてご免なさい」

このときはまだ、カイトはこの街の闇を知らなかった。



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