日本没落
世に生まれし子供は悉く祖父母の手により寵愛を授けられ、注ぎ込まれる日本円は四半世紀前と比べて三倍は下らない。と言うのも、彼らに貢がれる投資金とは祖父母のみにあらず、遠い親戚からの物も含まれていた。みな、子供に希望を託していた。成長期に両親と永遠の離別を強いられる子供も多くいたが、彼等にはそれまで以上の寵愛が注がれた。
さて、齢は十五に達し、愈々労働の日々が始まったのだが、多忙も多忙。昼夜汗を垂らし、血肉骨を限界まで遣いっ走らされる者もあれば、窮屈な部屋に閉じ籠り、脳を酷使する者もいる。全ては老年の享楽の為であるが、過労で届かぬ者は一体何人いただろうか。果たして、彼らは未熟な身体を克服し、壮年近くになってからと言うものの、身内の老人たちと対面する度に、結婚を急かされた。多くは、享楽の為、とそれに従い、ほどほど馬の合う異性を見付けて、直ぐに婚姻を果たした。そして子を生む。一人、二人、三人。生めるだけ、生めるだけ。しかし、若き女性たちはやがて衰弱し、道半ばして息絶える者が幾々人。加えて労働も凄まじいものだから、男性たちも呻きを挙げる。病理に犯され、とても享楽に達し得ないと悟ったとき、彼らは恨み辛みを口々にし、顔揃えて眼窩と頬を窪めては死んだ。
若きは死に、老齢ばかりが、憲法の庇護の下、安楽死を回避して生き長らえている。彼らの子供は、延命技術の発展が最も人徳の致す処であると信じ、どんな働き口よりも懸命に取り組んでいた。が、労働人口は着実に減り、延命の老人はいっそう残された子供を逞しく育て上げようと躍起になっている。
「我々は老人の為に働くことこそが責務であり、またその恩恵は間違いなく我々が年老いたときに返ってくる。」
彼等は老人の為に遣わされ、幼き頃に植え付けられた観念より、知らず知らずのうちに身を滅ぼしている。人は減り、労働の程度は落ちていく。今に縮小すべし国の規模は明らかに老人の無理強いで、洗脳を受けた子供たちが留めさせている。だが、彼等は死ぬ。一人、二人、三人。働くだけ、働くだけ。
民意はもはや老齢のものであり、固陋で狡猾な彼らゆえ、何れの時も、老人の老人による老人の為の政治。また、かつて支えた国の執着により、大和魂を掲げては、このような国の有事についても、移民政策など通すはずもなく、ただ若き日本児を生産している。
老化が忌まわしいのか、それとも忌まわしい存在が老いてなお社会に残ってしまったのか。それを知る術はもはや国にはない。どうして頑迷固陋な老人達がそれを探ることができようか。どうして首枷をつけられた子供たちが、それを探る暇があるだろうか。
虚しくも、子供はついに死に絶えた。年老い過ぎた人間のみを残し、歯車全てが消え失せた。国家機能は完全に停止したのである。
固陋な首相にも最早道はない。政治的な面で鎖国だった日本は遂に門を開いたが、時既に遅く、一縷の望みを掛けた移民政策も国内需要が皆無に等しく意味がない。畢境、隣国に土地を明け渡す他がなかった。
調印を交わす折、年老いた外交官の手の震えは収まるところを知らず、やっとの思いで書き終えた時には何粒もの涙痕が紙面を濡らせていたという。かつてはいがみ合った隣国もこの時ばかりは憐憫を向けずにはいられなかった。
旧日本領土に残された老人は寿命残り少なきことも知らず活気の戻った街に足を運んだ。彼等は、そこで行き交う異邦人を目の当たりにしてはこう叫んだ。
「あぁ、ここはどこだ! どうして、我が息子、娘が誰一人としていないのだ! そういえばかつて仰いだ東京タワーもないぞ! そうか、これは夢だ! 一夜にして、我が子やあの巨大な塔が消えて無くなるものか! これは夢に違いない!」
そして彼等は、外灯の傍ら、数分置きに同じ言葉を嘆いている。
(*´_`)。o (読んでいただき、ありがとうございました)




