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導かれるまま歩く事数分。警戒心からか誰一人として口を開かなかった重苦しい時間は、この時間でもほとんど人通りのない道にある一軒の建物の前で終わりを迎えた。レンガ造りのような風貌のその建物は、家であるとか会社であるとか、そんな雰囲気ではない。
その建物を見た目のイメージだけで表現するなら……そう、喫茶店。カフェだ。篁と名乗った女性が木製の扉に手を掛けて押し開けると、まさに喫茶店といったようなドアベルの音がカランコロンと鳴り渡る。
「らっしゃーい」
その音に反応するようにして、建物の中からまた別の女性の声が聞こえてきた。気怠そうな声だ。まるで客を迎え入れているとは思えない。
「ん? ああ、なんだ祈ちゃんか」
「なんだって事はないんじゃない? ちゃんとお金は落としていくんだから、しかも今日は五人分」
店内にいた女性は入ってきたのが篁である事を認識して露骨に残念そう。中を見渡してみればカウンター席にテーブルが三つ。カウンターの向こうには扉があって、スタッフルームまであるらしい。そんな意外と広かった店内には客の一人もいない。
そんな状況で来た客が知り合いだとテンションは上がらないようだったが、その後から続いた四人を見るなりその表情は一変、(これも客を迎える表情ではないが)怪訝そうなものに変わる。
「五人? ……その人達、誰?」
「こちら、前に話してた人達」
「ああ……例の。じゃあちょっと待ってな、もうすぐあの子も来るってさっき電話あったから」
「ホント? そりゃ手間が省けて助かるわ。あと店長、パソコン貸してもらえる?」
「……自分の携帯でもタブレットでも使えば良いでしょうが」
「ふふっ、そう言いながら貸してくれる店長さんって素敵よ」
前にとか、例のとかあの子とか。何も知らない面々からすれば欠片ほども理解できない会話が目の前で繰り広げられたかと思えば一度スタッフルームに引っ込んだ女性(どうやら店長らしい)が奥からノートパソコンを持って来る。
当然のようにパソコンを要求してきた篁の顔を思い切り睨み付けながらわざとらしく溜息を吐き出しつつ円形のテーブルの上にその要求の品を置く。立ちっ放しの彼らに対して空いている(他全ての)テーブルを指し示してから、パソコンを置いたテーブルの上にメニューを広げて見せた。そうやら他から椅子を集めて全員同じテーブルに着けという事か。
「はぁ……ああ、ごめんなさい。こちら、メニューです。ご注文は何に致しますか?」
ガタガタ音を立てつつ五人で一つのテーブルに。なかなか大きいテーブルだったが、ここに五人だと少々面積が窮屈だ。パソコンが占領しているのだからなおさら。
「あー、んじゃ……俺はアイスティーお願いしゃす」
「では俺もアイスティーを貰えますか?」
「私はアイスコーヒーにしようかな」
「あ、はい、それじゃあ僕も、その、アイスコーヒー……」
「はい、ありがとう。アイスティー、アイスコーヒー二つずつとオレンジジュースねー」
メニューはすぐに決まった。こんなテーブル状況ではあまり多くの物を頼む事は難しいし、そもそもそんな状況ではない。誰も注文を口にしていなかったオレンジジュースは、恐らく篁の《いつもの》というものなのだろう。
店長がカウンターの中に入った瞬間、ここから話の始まりだとばかりに梶谷が口を開く。貸し与えられたパソコンを操作していた彼女は、返事をしながら彼ら四人に画面を向けた。
「――さて、私達に何の用なのか、教えてもらっても良いかな?」
「はい、すぐにでもお話しします……っと、これを見てほしいの」
表示されていたのは極めてシンプルな画面だった。全体的に真っ白で目がチカチカする。そこには短いテキストとテキストボックスだけが存在していた。
「えっと? 『魔法使い達よ、白き書に記されしエレメントを順に示せ』……あんだこりゃ」
「分かるかしら?」
なかなかどうして痛いテキストだ。だが、単純に痛いだけと斬り捨てる事もできない。何故なら魔法使いという存在は妄想でも何でもないのだから。篁は目の前で画面を見て首を捻っている彼らを眺めてニヤニヤ腹立たしく笑っている。つまりは魔法使いである自分達に白き書に云々という指示に従わせようとしているらしい事は把握した。
「や、分かるワケないだろ。めっちゃノーヒントだし」
「ふふっ、そうかしら? そうね……あたし達の共通点って、何かしら」
どうやら無理難題を吹っ掛けて楽しもうという魂胆ではなさそうだ。アッサリとヒントを口にされたが、共通点など一つしかありはしない。
「……俺達は全員魔法使いです」
「そうね。つまり?」
「腕輪を持ってるな」
「もう一声。つまり?」
意外と面倒な問題だった。日下と宮村の連続解答にも首を振って、さらなる答えを求めている。もう一声という事は惜しいという事だ。もう少し深く考えるか、あるいは少し見方を変えれば答えが見付かりそうな。
謎解きやパズルなども嫌いではない真田。少しだけ楽しくなって考えようとしたが、それよりも先に梶谷が核心を突いてしまう。
「腕輪を持っているという事は、つまり私達全員に腕輪が送られてきた事になる」
少し落ち込んだ。もう少し引っ張って謎解きを楽しんでも良いのではないかと思ったが、それを口にするのもアレなので何も言わない。梶谷の言葉を聞いて答えも分かったが、それも口にしないでいたら代わりに日下が言ってくれた。
「……あ! 白き書って、まさか腕輪と一緒にあった手紙の事ですか?」
「ピンポン、正解。そこに記されしエレメントを順に……覚えてる?」
「エレメントォ? ってアレか、風とか火とか。……悪い、ぜんっぜん覚えてねぇわ」
「すみません、俺も流石に……」
話は一歩前に進んだ。しかし、そこからは誰も続きを口にしようとはしなかった。手紙に書かれていた魔法の属性を順に言えば良いらしいのだが、種類それ自体は覚えていても順番は覚えていないようだ。覚える必要性をそもそも感じないと言うべきだろうか。
宮村と日下は首を捻っている。梶谷はそれを見て微笑んでいる。もしや、梶谷は最初から答えを分かっていて導いているのではなかろうかと思わされる。腕輪が送られてきた云々というのがスッと出てきたのはパスなのでは。
そう考えつつも、やはりそれはどうでも良い。この際そんな事はどちらでも構いはしないのだ。問題は順番だけ。そして、物事を記憶に留めておくのは、真田の唯一と言って良い特技だ。
「…………風、土、雷、水、火……です。た、確か」
「その通り!」
控えめな音量で応えた真田に対して大きな声で肯定した篁は、ビシリと人差し指を突きつけたかと思えば、それは駄目だと思い直したのか手を反転させて指を広げ、手の平を上に向けるような形にする。割と礼儀を大事にする気持ちがあるのかもしれない。
その後、横からポチポチとゆっくりキーボードを押してテキストボックスに文字を入力していく。
「ここに、順番に『風、土、雷、水、火』って入力して確定すると……?」
勿体付けるようにたっぷりと間を空けてから、彼女の白くて細い人差し指がッターンとエンターキーを力強く叩いた。するとページが切り替わった。先程答えさせられたのは入場パスのようなものだったらしい。
その切り替わったページの最上部に表示されていたのは……。
「ウィザーズ……?」
「ようこそ、《Wizard’s Net》へ。ここは、あたしが管理している《魔法使いの交流所》よ!」




