6
「あたしが名乗った理由、分かる?」
「……あー、その……信用してほしいから、とか……ですか?」
「正解。なんなら学生証や免許もあるけど、見る?」
「い、いえ。そこまでは……ああ、はい、どうも。確かに」
別にそこまで疑ってはいなかったのだが、こちらの返事よりも先にさっさと学生証と真新しい運転免許証を取り出して自慢げに見せつけてきた。あまり話を聞いてくれない人である。一応確認したが、確かに名前も写真も彼女で間違いない。ついでに、パッと見ではあったが住所もザックリと暗記したのでいざという時のアフターケアも万全である。決して邪な気持ちではない。ただの保険だ。そう、これは保険なのだ。正当な行為だ。
「で、あたしには敵対する気はないんだけれど……信用して、付いて来てほしいの。落ち着いて話ができる場所に。はい、相談どうぞ」
言うだけ言ってからこちらに両の手のひらを見せるようにしてくる。判断はこちら任せにするというのはありがたいが、どうにもペースが握られているような。
だが、相談の時間を与えてくれたならばその時間はありがたく頂戴すべきだろう。少しだけ距離をとって四人顔を突き合わせる。ヒソヒソと会議の始まりだ。
「…………らしいですけど」
相手が自分の目の前にいたため、自然と先頭に立つ羽目になっていた真田が議長となって他の面々の顔を見渡す。その表情は難しい顔が一つ、薄く笑っている顔が一つ、考え込んでいるのか無表情が一つ。
その中から、難しい表情が真っ先に口を開いて議論に参戦してきた。そこから三者三様の意見が飛び出し始める。
「俺は反対です。戦う気もなく付いて来いだなんて、むしろ戦おうって方が分かりやすくて信用できるくらいですよ」
「私は面白いと思うけれどね。罠を避けるのが老獪さなら、罠を踏み壊すのが若さというものだよ」
「俺は……よう分からん。真田はどう思う?」
結局一対一対一。三人で賛成か反対かの二択だったはずなのに、どうしてこうなるのか。自分は考えを言わなくても済むだろうと思っていた議長役の唯一のメリットが見事に消えた。それどころか、最後まで意思表示がなかったために最終結論を出す役に成り上がってしまった。
「何でさっきから僕を代表にしようとするんです……」
「や、お前の知り合いっぽいし」
「むしろどこを聞いたら知り合いだと思うんですか」
適当な理由付けである。会話のどこを切り取っても他人以外の何者でもありえない。
だが、まあ、自分の意見を出すくらいは良いだろう。この場でどんな意見を出そうとも悪いようには思われないはず。無理してでもそれくらいは信じてみないと、極めて友好的な協力関係は築けない。
「僕は……そうですね。――乗ってみようかと」
「本気ですか?」
「うん。敵じゃない、戦わないって言うのなら、僕はそれに乗っかりたいです。もちろん、先々の先をとれるくらい思いっきり警戒しながらですけど。……どう、でしょう?」
再び、顔を見渡す。表情は一つ、笑顔だけだ。
「俺は良いぜ? 真田が言うならさ」
「……分かりました。俺も賛成します。先々の先というのは、嫌いじゃありませんから」
話は決まった。真田が思っていたよりも遥かに簡単に、自分の意見が通ってしまった。もちろん自分のその判断が正しかったのかも考える事になるだろうが、自分の意見も間違いなく一票なのだと認識できたのは良い事だ。それによって少しは自分というものを認められるようになるかもしれない。
ちょっとした会議ではあったが、これも真田が自分を変えるための紛れもない一歩。
「……えっと、わ、分かりました。その……行きましょう」
「乗ってくれて嬉しいわ。あまり遠くないから、付いて来て」
四人を代表した真田の返事を聞いて嬉しそうに笑いながら、何故か再び前髪を摘まみ上げて軽くツンツンと引っ張ってからウインクして、彼女は颯爽と歩き出した。
それに付いて行った先には、一体何が待っているのだろう。