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「で、特には見付かんねぇ、と」
「ビックリするくらい収穫なかったですねぇ……」
魔力の薄い道を歩き始めて早四十分。結果として、例の男どころか他の魔法使いすら見付かりはしなかった。もちろん、簡単に見付かるはずないと理解した上での行動だったのだが、よもやこれほどまでに手掛かりの一つも見付からないとは。
ハンバーガーも食べ、グルグルと歩き回り、そして今は疲労と戦いながら駅の方へとダラダラ向かっている。夏の陽もゆっくりと傾き、じきに空も暗くなる。そうなったら流石にタイムアップだ。休まずに夜の町を歩くのは勘弁願いたい。こちらは精神的に参っているのに、いつ襲われるのか分かったものではない状況に陥るのは危険だ。急ぎ、もう少し探し回りたいところ。
「俺は良いんですけど、先輩達は時間、大丈夫ですか? もう一回りするってなると流石に少し遅くなりますけど」
腕輪を隠すために左から右手首に付け替えた腕時計を見て、日下が問う。夜になって困るのは魔法使いとしてだけではない。真田と宮村は社会的には子供なのだ。もっとも、真田は一人(現在は二人)暮らしなので関係ないが。日下も問題ないと言うあたり、本当に今は人生を謳歌しているようだ。なによりである。
「うーん、そうだな……俺はまぁ、大丈夫だと思うけど。真田は?」
「はい、僕はまだまだ」
「そか? じゃあまた駅からスタートして適当にウロウロしてみっか」
日下と宮村が平気なら誰にも問題はない。梶谷には今さら門限などはないだろう。彼らは駅の東側を探し回っていたが、次は西側へと。帰る時間も加味しながら捜索範囲を広げなくては。
戻ってきた駅前。帰宅ラッシュの真っ只中なのだろう、大量の人々を飲み込んでは吐き出している。このまま駅をスルーして行けば良かったのだが、どうも素直にそうさせてはくれなさそうだった。
「ん?」
何かを感じ取った宮村が忙しなく首を動かし始めた。いや。何か、とは表現を濁し過ぎた。端的に言えば魔力だ。四人がそれぞれに微かな魔力を感じ取っている。
「――います、魔法使い、近くに」
その魔力は最初に感じ取った時よりも少しずつ、確実に強くなっている。つまり、姿の見えない魔法使いは確実にこちらに向かって接近しているのだ。
全員で周囲を見渡して(確定事項ではないが便宜上)敵魔法使いの姿を探す。その光景は傍から見るとなかなか異様なものだっただろう。しかし、そんな事も言っていられない。相手から捕捉されているかどうかは分からないが、こちら側から特定できなければ話にならない。
そうして、真田が顔を正面に向けたその時。
「……う、うあぁ!」
すぐ目の前に。まさに目と鼻の先。そんな至近距離に女性の顔があった。
「こんにちは。ホントに前髪、長いのねぇ」
黒いポニーテールの女性は、挨拶をしたかと思えばよく分からない事を言いながら真田の前髪を摘まみ上げた。普段は隠れている目が露わになって視線がぶつかった……かと思えば、無意識につい逸らしてしまう。仕方がない。この距離で視線を合わせた経験などまずないのだ。
しかし、魔力こそは微かに感じていたが、これほどまでに接近されていたとは思えなかった。この距離でも僅かしか感じさせないほどの魔力の隠匿。そして物音も立てず、気配も殺して接近する技術。この町にはいつから忍者が出没するようになったのか。
「誰だ! ……アンタ、魔法使いか……!」
「女でも魔法使いっていうなら、だけど」
接近に気付けていなかったせいで不意を突かれ、焦りながら真田以外が各々に構える。拳を軽く握って顎を引き、睨み付けるような視線でその女性を見るのだが、彼女はその視線を受け流して平然と返してくる。
「あ、あの……髪をですね、えっと、その……は、離してもらえると、嬉しいかな……なんて」
「……あら、ごめんなさいね、失礼しちゃって」
髪を摘ままれたままでは身動きをとれない。正確には動ける事は動けるが、自らのパーソナルスペースに他人がいるというだけで判断力が極端に鈍り彼の動きは大幅に制限される。
なので恐る恐る提言してみたが、意外と簡単にそれは受け入れられた。手を離して二歩ほど後退。ようやく全貌が見えた彼女は白いレースのワンピースを着て白いバッグを持ったスラリと背の高い女性だった。割と話が分かる人物らしい。
「何のつもりですか。事と次第によっては、人がいようと関係ありませんよ?」
部活を辞めて以来竹刀を持ち歩いてはいないらしい日下が、警戒を露わにしながら右手を手刀の形にしながら問う。ただの手刀とは言え、竹刀や長い棒よりは劣るものの刀をイメージできるためいざという時には有効らしい。そんな戦闘をする気に満ち溢れた様子からの威圧的な問いであったが、やはり彼女は動揺する様子も見せない。自信があるのか、それとも何も考えていないのか。
「何のつもりと言われても。あたしは噂の有名人をやっと見付けたから話し掛けてみただけ。ね? 前髪クン?」
「ま、え……?」
「意味が分からん。もっと分かりやすく説明してほしいんだが?」
何のつもりか、不思議なあだ名らしきもので呼ばれて目を白黒させている真田に代わって宮村がズイと前に出る。宮村が発したのは質問のはずだったが、そこから彼女は何かを理解したようだ。
「――その感じ、知らないみたいね」
「何をだ!」
「まず。あたしは篁 祈、清咲女子大の二年。よろしく」
「…………あ、はい。えと、よろしくお願いします」
突然の自己紹介。少々面食らったが、他にどう返せば良いのかも分からない上に他の誰もが返事をしようとしないので仕方なく真田が頭を下げる。しかしその自己紹介の内容もなかなかのものだ。清咲女子大と言えばこの辺りにある、国内でも有数の有名大学。頭の方ももちろんだが、いわゆるお嬢様校として。
そんな人間が魔法使いとして目の前に、それも戦意もほとんど感じさせずに、向こうから接触してきた。そこにはどのような意図があるというのだろう。




