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「す、すみません、遅れました!」
それから二十分後、人混みの駅前ではあったがあっさりと見付かった待ち人の姿に向かって真田は駆け出していた。学校帰りなのかYシャツに濃い赤色のネクタイを締めた少年と、黒のスーツをきちんと着込んでいる割に涼しげな背筋の伸びた白髪の老人。
「こんにちは、真田先輩。お気になさらず」
「うん。でも、ごめんね日下君」
「ふふ……あまり謝られても困るものだよ?」
「む。き、気を付けます……」
その二人、日下 青葉と梶谷 栄治は呼び出したにも拘らず遅れてしまった事に気を悪くしている様子もなく返事を返してきた。本当に、真田がどんどん小さな人間に思えてくる。いや、基本的には間違いではないのだが。
しかし、この場にいるはずの人間が一人いない。付き合わせているのだからあんまりな事は言えないが、一番に待っているべき人間が。
「えと……その、み、宮村君はどうしたんですか?」
「ああ、宮村先輩ならそこのコンビニです。待ってんの暇だから何か立ち読みしてくる、だそうで」
「……あの人、立ち読み好きなんですかね」
いつぞやもコンビニに行った時に真っ直ぐ雑誌コーナーに向かっていた事を思い出す。それも節約の一環か何かなのだろうか。駅の隣に建てられている青色のコンビニのガラスの向こうに真面目な顔で厚手の漫画雑誌を睨んでいる宮村の姿が見える。かと思いきや笑っている。シリアスとギャグの緩急がある作品だったのだろうか。個人的には大好きな作風だ。
それを読み終えた所で真田が到着した事に気付いたのか、あるいは既に気付いていてそれよりも漫画を優先されたのか分からないが、一息ついて少しだけ読後の余韻に浸ってから雑誌を棚に戻して店から出て来る。
「オーッス、真田ぁ。あんま待たせんじゃねーよーっと」
「……ごめんなさい」
あまり謝るなと言われた矢先に謝る男。いや、あまりにも自然に流れるように文句を言われたのでそれはもう謝るしかなかったのだ。もちろん軽く肩を叩きながらの冗談っぽいものではあったのだが、それだから謝らないという選択肢は現れなかった。
そんな問答を見て笑っている二人だったが、それまでの会話など知った事ではない宮村だけが不思議そうに首を捻っていた。
「それで、俺達が呼ばれた理由なんですけど、魔法使いを探すってメールに書いてありましたよね」
挨拶の空気を打ち破って日下が問うてきた。二人には昨夜帰ってから真田がメールを送っていた。この二人に自分から連絡を取るのは初めてだったので本当に送っていいものか悩み、内容の推敲を繰り返し、もう時間が遅すぎるのではないかと考え込み、結局送信したのはもっと遅い時間。ちなみに返事はすぐに返ってきた。二人とも夜更かしが過ぎる、流石は魔法使いである。
「おう。なーんか面倒な奴がいて、そいつがこっちに逃げたらしいから戦えない明るい間に探してみよーぜってイベントだ」
「なるほど……日中の散策は面白いかもしれませんね。戦闘になるリスクも減るし、平日なら高確率で外に現れる」
この考えに賛同してくれるようで頷く日下を見て、真田は安堵する。自分の考えを肯定してもらえるのはありがたい事だ。梶谷が口にする不安要素にも言葉を返せるだけの余裕が出て来る。
「逆に、私達が捕捉される可能性もあるけれどね」
「普通に生きてても同じですよ。僕だって、誰だって、気付いていないだけで既に誰かに見付かってるんです。同じ事をしたって何が問題になりますか」
「……一人を目当てに家まで調べてやろうってんだから悪質だけどな」
「うっさいですよ」
宮村から送られてくるジトリとした視線を手で遮る。決してストーカー的行為ではないのだ。そればかりは断固として主張したい。これは、相手に対して確実に有利な状況を作り出せるようにするための頭脳的プレイだ。真田自身だけでもそう信じていないとやってられない。その程度には自分でも歪んだ発想だと思い始めてしまっていた。
「ところで先輩。どこを探すのか、目処は立っているんですか?」
「ううん、特には。基本的には歩き回るだけ。なので魔力を追い続けましょう、外れでも得るものはあります」
「本当に追えれば、な」
真田の言葉に対する反論という訳でもないらしい宮村の小さな声。彼は真田と会話がしやすいように基本的には常に右手側に立っている。この時もそうだ。だから、その小さな声もしっかりと真田の右耳には届いていた。
「――それは、どういう?」
「うんにゃ。とりあえず行こーぜぇ」
「? ……はい、行きましょう」
曖昧に言葉を濁したその真意はまったくもって掴めてはいなかったが、他の二人もまた少し微妙な表情をしている事に気付く。どうやら、何かミスがあったらしい事だけはハッキリと分かった。
そのミスがどのようなものであるか理解したのは、ひとまず駅の近くにある例の赤い服の魔法使いと吉井を挟んで対面した場所に行ってからの事だった。




