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暁降ちを望む  作者: コウ
魔法使いの集う場所
92/333

 真田 優介は硬直していた。手にはドアノブを握って自宅の扉を開け放ち、そして目の前には一人の人影。それだけならば予想通りだったのだが、予想通りとはいかない要素もあり……。


「おっかえりー、優介!」

「間違えました、さようなら。二度と会う事もないでしょう」

「ちょっ……待ってよー、開けてよー」


 即座にバタンと閉められた上に素早く鍵まで掛けられた扉を、吉井が叩いている。彼女の方が中にいるのだから開ける事もそちらの自由のはずなのだが。

しかし真田も間違えたとは言ったが、部屋に入らない訳にもいかないし、彼女とも話さなければ。


「……なんちゅう格好をしてるんですか、アンタは」


 ゆっくりと改めて扉を開くと再び彼女の姿が視界に入り込む。その格好は、どこで買って来たのか白いフリルの付いたエプロン。それ以外の布は見えない。……いや、肩の辺りに薄いピンク色のストラップが見える。白い布一枚の向こうが全裸という訳ではなさそうである事に安堵するべきか、どっちにしろ馬鹿だと素直に思うべきか。


 思わず頭を抱えて溜息を吐くと、そんな格好をした彼女はエプロンの裾を伸ばして見せながら唇を尖らせた。


「えぇー、可愛くなーい? フリフリ下着エプロン。し・か・も、今日は勝負下着なんだよ?」


 その格好のままその場でクルリと回転する。そんな事をすると……何と言うべきか、見えてしまう。ので、真田は反射的に目を押さえながら俯いた。しかし、恥ずかしくて見られなかったと思われるのも癪なので適当に悪態もついてみる。


「あざとすぎて頭痛がしますね。勝負下着と言うか、他の下着が勝負してなさ過ぎるんですよ。消極的勝負下着なんですよ」

「でも派手派手しいのよりもこーゆーのの方が好きだと思うなー」

「どーゆーのか知らないですし知りたくもないですけど……まず、何でそんな格好をしてるんですか。……ってか、まず中入ります」


 このような(頭の悪い)格好をした女性と玄関で話し込んでいるというのも問題だ。誰かに見られでもしたらあらぬ噂を立てられてしまうかもしれない。そう考えてズイと前に出て無理矢理に吉井を部屋の中へと押し込める。

 すると、彼女は抵抗する気もないようであっさりと後退しながら迎え入れてきた。


「はぁい、お帰りぃ。今日ね、優介が学校行ってからお洗濯したの!」

「お洗濯って……ほとんど僕のじゃないですか。僕が自分でやりますよ」

「えぇー。でも、私の下着とかあるしぃ、恥ずかしいじゃん?」


 頬に手を添えてモジモジと話す。それよりも先にもっと恥ずかしがるべき点があるはずなのだが、それを彼女に言っても無駄な事なのかもしれない。扉を閉めながらブツクサと文句を口にするが、その度に少し前に行かされた買い物の事を思い出して何とも言えない気分になる。

 普段よく使っているコンビニ、いつもの店員を相手に下着を出すような経験は今後しないで済むよう願いたい。


「そこに恥ずかしさを覚えるなら、その恥ずかしい物を買いに行かせる事に恥ずかしさを覚えてほしかったですね……どうしてくれんですか、すっごい恥ずかしかったんですけど! もうあのコンビニ行けないです……」

「あ、野菜ジュースなくなってたよー?」

「ああもう、何でいきなりコンビニに行きたくなる用事思い出すんですか!」


 どうしてこういつも野菜ジュースの在庫確認を怠るのか。コンビニに野菜ジュースだけを求めて行くとろくな事が起こりそうにない。それが夜中だとしたら最悪だ。


「まぁ、ほらほら。上がって上がって。お着替えも手伝うよ?」


 未だに靴も脱がず玄関に立っている真田の背を軽く押すようにして奥へ奥へと進めようとしてくる。普段ならそれに従うのだろうが、今日は普段通りではない。


「――あ、いえ。今日はちょっとこれから用事がありまして」

「用事?」


 真田が放課後に真っ直ぐ家に帰る事は普通なのだが、今日ばかりは違う。何故ならば昨夜、宮村と約束をしているからだ。今日の放課後は風見市に行く予定があったのだが、それによって帰りが遅くなる事をうっかり今朝言い忘れていた。


「帰り遅くなるかもしれませんので、お腹空いたら待たなくて良いですから何か食べてて下さい……ってのを連絡しようと思ったんですけど、連絡先知らなかったんで。一度帰ってきました」


 ちなみに、宮村には財布を家に置いてあると言い訳をした。そして、家まで付いて来ようとした所を無理言って先に向かわせた。吉井と鉢合わせたりなどしたらたまったものではない。


 家に住みついているため連絡先というものを蔑ろにしていた事が仇となった。いや、そもそも人と連絡先を交換する経験が少なすぎた事が仇となったのかもしれない。


「そっか、遅くなるんだ……じゃあ、いつぐらいに帰れるか連絡してね? ちゃんと待ってるから」


 彼女は寂しそうな表情で俯いたかと思えば、エプロンのポケットからピンク色のラバーケースを着けたスマートフォンを取り出し、何事か操作をしている。

 すると、不意に真田の制服のポケットに入っている携帯が震え出す。別に気にする事ではなかったのかもしれないが、タイミングがタイミングだったためかどうにも嫌な予感がして確かめてみると、そこには……。


『これ、私のアドレスだよ☆ とーろくしといてね!』


 知らないアドレスからのメールが届いていた。妙に明るい口振り、そして目の前にいる人物の妙に嬉しそうな笑顔。


「…………」


 真田も無言で、ポチポチとボタンを押す。直後、目の前から鈴の音のような着信音が耳に届いた。


『何故知っている!』


 そのような内容のメールに目を通したらしい吉井はしてやったりとでも言いたげだ。携帯をポケットに入れてニヤニヤ笑う。


「えっへっへ、優介が寝てる間にちょちょいとアドレスだけ調べちゃった。急に私からメール来たらサプライズじゃなーい?」

「ただの個人情報漏洩ですよ!」


 この女は何を考えているのだろう。携帯を見るのはまだ良いだろう、理由さえあるならば。その理由というのがサプライズだと言うのだから問題発生。そのサプライズにどのような意味があるのだろう。怒りとなると特にはないが、呆れは全開。溜息も出ようというものだ。


「はぁ……」


 適当に相手の考えている事も分かるようになってきたと思っていたが、相手は自分の想像を余裕で越えてくるクレイジーな人間だったようだ。

 しかし、それだけ厄介で面倒ではあっても無理矢理に追い出そうとはしない。それが真田の背負い込む事になってしまった責任だ。彼女が出て行く時があるとするならば、それはきっと顔の火傷が完全に治った時。


「ん? どしたの?」

「……いえ、その……」


 気が付くと、いつの間にか彼女の頬をジッと見つめてしまっていたようだった。首を傾げながら問われてやっとその事に気付く。視線を床に落としながら何とか取り繕おうと口を開いてみたは良いものの、二の句が継がなかった。

 そうして困っている真田のフォローのつもりか、次に言葉を発したのは吉井の方。


「――まだ痛いかなー」

「えっ?」


 会話としてはまったく繋がっていない言葉。しかし、それは真田の考えを読み取った上で気まで遣って発せられたものだった。視線を上げて顔を見れば先程までと変わらず笑顔のまま。

 かなり不躾な視線だっただろうが、それも気にせず笑ってくれている。どうも近頃は他者とは相対的に真田の人間の小ささのようなものが浮き彫りにされているような気がする。


「気になったんでしょ? これ、まだまだ全然バリバリ痛いんだよねぇ。早く治んないかなぁ」

「……そう、ですか」

「でもまぁ、治んなかったらそれはそれで優介の所にいる言い訳になるからこれもアリ!」


 そう言って勢いよくサムズアップをされるが、真田の方ははい、そうですかと受け入れる事はできない。


 彼女の火傷は軽度のものだ。一週間もあれば治るだろうが今日で四日目、いい加減少しくらいは回復する様子を見せても良い頃だ。それがまったく変化していない。痛々しく赤く腫れあがり、受傷したのがつい先程かと思うほど。これは少しおかしい。


 さらに問題があるとすれば、彼女は先程寝ている間に携帯をどうこうと言っていたが、真田もまた似たような事をしていた。彼女を家に連れ帰り手当をしていた時の事、目を覚まさない間に試しに腕輪を近付けてみたのだ。あわよくばこれで怪我の治療ができないかと思っての行動だったが、結果はこの通り。それどころか、その火傷からは微かに魔力を感じた。

 魔法の怪我なのだから魔力を感じる事もあるだろうと無視して普通に治療をして普通に過ごしていたが、これほどまでに変化がないとなると流石に考えざるを得ない。そう、これが普通に治る火傷ではないかもしれないという可能性。


「さっ! あたしの事は良いから、行ってらっしゃい! できれば早く帰ってきてね? 私、寂しくて死んじゃうかもよ?」

「……ウサギなんて可愛らしいタマですか。行ってきます、せいぜい早く帰れるよう善処しますよ」


 変な空気になる前兆を察したか、話はお終いと背中をグイグイ押される。さっきは中に招き入れるためだったが、今回は外に出すため。冗談めかして両手をウサギの耳のようにしながら言っているが、その仕草が可愛らしいと思うよりも先に、頭の中には桜色をした謎の生物が浮かんできてつい苦笑してしまう。


 扉が閉まるその時まで頭の上に置いたままの手を小さく振って見送っていた姿にはどうにも頭が下がる。それができるだけ気分良く出てもらうためだとするならば、世の専業主婦というものには感謝しかしようがない。もっとも、仲の良い時期限定のものなのだろうが。

 などと、冗談でも考えてみる程度には仲良くなった相手のためにも……。


「……魔法だろうが何だろうが、僕がどうにかします、絶対」


 扉に向かって呟く。恐らく聞こえてはいないだろう。と言うより、聞かれでもしたら困る上に少し恥ずかしい。こういうのは聞かれないから良いものなのだ。


 遅くなり過ぎないよう急いで駅に向かおうとしたその時。


「――何だ、この感じ」


 何かを感じた。魔力ではないが、魔法に関わってから気配や視線に敏感になった気がする。今感じたのは視線だ。誰かに見られているような。しかし、それらしい人物がいる様子ではない。家の前を掃除をする女性、自転車に乗って帰宅する女子高生、走って遊び回る子供達。普段通り、変わらぬ風景だ。


(……まあ、良いか。パッと見で見付けられないなら探し回るのが面倒なだけだ……何かあったらそれはその時って事で)


 どうにもモヤモヤした何かが残ったが、それを気にしても仕方がない。そんな事に時間を割いてしまったので真田は走り出した。電車は多い、できるだけ安全に高速で走ればすぐにでも風見市へ到着するだろう。

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