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「まぁ冗談はさておき」
「俺、そんな冗談のつもりはなかったんだけど」
「さておき。さっきの続きです。……あ、歩くの止めましょう。あと、厄日っぽいんで今日はもう解散にしましょう」
「お、おう。……そうだな」
二度も同じ経験をした真田は慎重だ。もしかするとフラグを立てていたのは歩きながら話していた自分自身なのかもしれない。ピタリと足を止めてその場で話を始める。こうすれば自分達の方からアレに近付く事はない。
「明日、放課後に風見の方へ行きませんか?」
「風見? 何でまた」
「あの時、あの人は風見に逃げました。もしかしたらメインの行動範囲はそちらの方で、自然と足が向いたんじゃないかと思いまして。何だったら、帰ろうとしてる途中で探し回ってる僕と出くわしたのかも……」
話している内に考えが纏まってきた。自分で言うのも何だが、確かにあの時あの男は風見の方にある家に帰っている所を発見したという可能性だって確かにある。
「なるほどなぁ。言わんとしてる事は分かるけど……でも何で放課後」
「急に会って戦いになったら怖いじゃないですか。日がある内なら大丈夫です。それにあの人だって普通に生活してるはずですし、上手くいけば帰宅してる途中を見付けて家まで特定できる可能性だってあります」
「ストーカーだな……」
引き攣ったように片方の口角を上げる宮村。完全に引いている。ただそんな所も受け入れてもらわねば。真田は陰湿な手だって有効と思えば使えるタイプだ。受け入れなくては今後も戦闘その他に付き合っていけない。
「まぁまぁ。思い切って足を伸ばすのはアリだと思いますね。あと、手を増やすのも」
「手? ――ああ、そうだな」
真田の言う事は一瞬理解できていないようだったが、すぐに得心したとばかりに頷く。どこにいるのかも分からない探し人をしている現状、足は長い方が良いし手は多いに越した事はないのだ。理想形は千手観音なのだ。とはいえ、増える手は四本だけだが。
「決まりですね。明日は忙しくなりそうですから、ゆっくり休みましょう。今日は……なんか、あまり遅くないのにすっごい疲れました」
「ああ、俺もだよ……主に精神的に」
もう二人とも限界である。すぐにでも帰りたくて仕方がない。結局、今晩は近場をバタバタと走り回っただけ。徒労感も通常の三〇〇パーセントだ。真田の浮かれ気分もいつの間にか暗い暗い闇に塗り潰されてしまった。
「帰ります。お疲れ様でした」
ガクリと脱力したかのような勢いで頭を下げると方向転換する。解散する時に宮村はいつも学校の方へ向かう、今いる場所からだと学校と真田の家は反対方向。ベタベタと一緒に行動するのも真田的に歓迎する事ではないのでこの場で別れようとした。……その時。
「おう、そんじゃ……な……」
「なっ……」
すぐそこの角からそれは。いや、それらは姿を現した。
「…………」
「あ、どうもー」
のんびりとした口調での挨拶は緑色のカエルから。そしてその隣には無言で佇む桜色の謎生物。
「へ……」
「……?」
「へ?」
どちらともなく発した声に対して、目の前にいる二つの物体が各々の反応を返す。片方は首を傾げて、もう片方は籠った声で聞き返す。
二人とも言おうとしている事は一つだ。嗚呼、これが意思疎通というものだろうか。
「変態だぁぁぁぁあっ!」
その声は夜の闇に消え……る事もなく響き渡る。近くの家に電気が点く。不味い。これは実に不味い。視線を合わせて頷き合うと、全力で駆け出した。
どうやら、二度立ったフラグというものは自動的にもう一度立つもののようで。それはもう自分達が行動しなくても強制イベントのようで。真田はもう、この町は本当に嫌だと半泣きで考える事しかできなかったのであった。
そんな、無駄と徒労だらけの夜。




