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暁降ちを望む  作者: コウ
真田優介の受難
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 真田 優介は煩悶していた。


 学校帰りの夕方、自らの家の扉の前に立ち尽くしてひたすらに悩みふけっている。本来ならば当然の事ながら家に入るのにわざわざ悩む必要はないのだ、相当に後ろめたい事がない限り。

 いや、別に真田自身には後ろめたいような事はない。ただただ、この扉一枚の先に化物・・がいるというだけの話。そう、それだけの話。


 しかし、その化物を恐れていては彼は家に帰れない。今日も本当に疲れた。学校にいるだけで何もしなくても疲れが勝手に溜まるというのに、四人で昼食をとった日から三週間、宮村に加えて例のショーゴ氏やレージ氏まで割と気安く話しかけてくるようになったのだ。


特に問題はショーゴとレージ。この二人と話す時は内心バックバクに緊張しながらも宮村を相手にする時と同じような態度で接しなければならない。それがまぁ辛い。真田は基本的にはビビりでヘタレの駄目人間なのだ。特別に衝撃的な出来事でもあれば仲良くなれるのだろうが、普通に会話して普通に遊んで仲良くなるというのはどうにも想像できない。


 などと、このちょっとした一日の回想もただの現実逃避だ。戦わなければならない、謎の現実と。戦わなければならない、突如として我が家に棲みついた化物と。戦わなければならない、大切な休息のために。


 鍵を挿す、回せばもちろん鍵が開く。ドアノブを握り、捻れば扉も開く。そして扉を引けば、ヤツはいる。



「ゆーすけ、おっかえりーっ!」


 ヤツは待ち構えていた。そりゃそうだ、帰ってくる時間は大体把握できているのだ、その時間に合わせて待っていればそれで良い。


 そのホットパンツを履いてワイシャツを着た化物は黄色い声で出迎えては両手を広げている。この胸に飛び込んできても良いんだよとでも言いたいのだろう。しかし、真田はそれを無感動な目で(前髪に隠れて他からはほぼ見えないが)見ていた。もちろん飛び込むような事はせず、その場でペコリと頭を下げて相手とは反対に他人行儀に挨拶を返す。


「……あ、はい。どうも、ただ今戻りました、吉井さん」


 待ち構えていた化物――またの名を吉井よしい 香澄かすみ。彼女の事を初めてちゃんと意識したのはおよそ三週間前の事だろう。そう、真田・宮村と一緒に服装指導に引っ掛かっていたクラスメイトだ。

 そんなクラスメイトが何故か真田の家にいて、帰りを出迎えている。それには一応の理由があるのだが、構成上の理由でそれは後述する。とにかく今は、この状況が問題なのだ。真田を悩ませ、胃を痛めている元凶。


 真田は素っ気ない対応をしたつもりだったが、そんな事を意にも介さずに吉井は頬に手を添え、科を作りながら言うのだ。


「どうする? ご飯代わりに私にする? お風呂で私にする? それとも、わ・た・し?」

「一択じゃないですか。お風呂でタワシにします、お掃除します」

「えぇー……つまんなぁい」


 真田の答えが不満らしく桜色の唇を尖らせた彼女の姿は可愛らしいものだが、そんなものにはほだされない。できれば彼女には出て行ってほしいのだ、甘い顔をすれば付け上がるかもしれない。


「はいはい、面白くなかったらいつ帰っても構わないんですよ?」

「……ヤダ、帰んない。私はもうちょっと優介と一緒にいるの!」


 駄目だった。いや、実力行使に出ていない分まだ甘いのかもしれないが、それでもまだ彼女は出て行こうとしない。彼女が棲みついて三日、真田としてはもう三年はこんな生活が続いてしまっているのではないかと思うほどの疲労感と異様な馴染みっぷりだ。


「はぁ……ホンット、帰りましょうって。騒ぎになってないのが奇跡ですよ、こんなの」


 学校から帰ってくる真田を迎える事ができるという事はつまり、彼女は現在、学校に通っていない。聞いた限りでは欠席の連絡も入れていないようだったが、それでも問題になっていないのは普段からのあまり真面目ではない態度故か。その点では幸運だったと思っておこう。


 どうも話の流れが自分にとって不利な方向に流れているらしいと感じたのか、吉井は思い出したとでも言わんばかりに指パッチンをして無理矢理に話を変える。


「んー……あ、そうだ。今日ね、買い物行ったら鶏肉安かったんだー。今日の夜ご飯はチキンステーキにしよう、そうしよう」


 わざとらしい。実にわざとらしい。だがまあ、それでも変えられた話題を再び戻すのはあまり得意ではない。仕方ないので今日の所は退去勧告は止めておいてやる事にした。


「――と言うか、買い物行ったんですか?」

「うん。一応私も財布持ってるし、マスクしとけば目立たないもんね」


 そう言って笑ってから、彼女は顔の下半分を両手で覆って隠して見せる。なるほど、言っている事は分かる。しかし、それならばマスクさえすれば外出も自由だという事。


「じゃあ学校も」

「それはダメ。学校でずっとマスクしてるのなんて私の美学が許さないもん」

「許さないもんって……」


 マスクをすれば学校に行けるのではないか、そう言おうと思った真田の言葉はすぐさま遮られる。彼女の美学も女性心理も分からないので、あまり下手に反論する事はできない。何か真田には理解しきれないような大切な事なのだろう。


「ほらほら、まあ遠慮せずに上がって上がって。優介が言うなら……着替えるの、手伝ってあげても良いんだよ?」


 もうそんな話は終わり、そう言いたいらしく何故か家主面で手招きしている。そう言えば今は玄関だ。帰ってきて、迎えられて、そのままその場で立ち話をしてしまっていた。これだから家に帰っても心が休まらない。家の中にもう一人宮村がいるような感覚なのだ。静かに過ごせない。


 あまり身長が変わらないので腰を曲げて上目遣いになって誘惑するように言う吉井だったが、真田はそれを一刀で斬り捨てる。


「さっさと着替えるんで大人しく部屋に籠って覗かないで下さい」

「はぁい」


 落ち込んでいる様子もなく(冗談だから当然だろうが)素直に間延びした返事をして部屋に入った吉井を尻目に、着替えるため浴室の方へと歩いて行った。本当は部屋で着替えたいが、そのためだけに部屋から追い出すのはいただけない。


 何故か自宅で相手の方が立場が上になっている事にサッパリ気付けていない真田だった。

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