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「……何なんだよ、全部……」
日下が帰宅した後、道に立ち尽くしたままで呟く宮村の姿があった。何も分からない。自分の行ないも気にせず手を組み、明るく帰って行った相手の事を考えるとズキズキ頭が痛んで気持ちが沈む。
その姿を見守るのは隣でしゃがみ込んでいる真田だ。彼は何も分かっていない訳ではない。もちろん日下の本心であるとか心の奥底などは知った事ではないが、少なくとも宮村よりも状況を把握できている。
「何って、愉快な仲間が増えたんじゃないですか? 僕、梶谷さん、日下君。三人目ですよ、大所帯ですねぇ……心労が増しそうです」
人付き合いの苦手な真田の事だ、人数が増えた事は良い事ではあるが、精神的にはあまりありがたくない。開き直ってフランクに接しても後で自己嫌悪に陥るに決まっているのだ。溜め息を吐きながら首を振っていると、唯一と言っても良い自己嫌悪に陥らない相手である宮村が静かに語気を強める。
「俺が言いたいのはそういう事じゃ……!」
「お礼ですって」
「……え?」
遮った短い一言は、話の内容などほとんどが右から左に抜けて行った上に考えも纏まらない宮村にとってまったく意味が分からない言葉。確かに日下は言っていたが、それこそが意味が分からず宮村を苛立たせる。
理解が追い付いていない様子に思わず再び深い溜め息を吐き、真田は膝に手を置いてゆっくりと立ち上がった。
「お礼。何のでしょうね。宮村君が立ち塞がって? ぶっ飛ばして? 上から目線で見逃して? 何のお礼でしょう。負けるために戦ってた中途半端な状態から吹っ切れるキッカケになった事か何かですかね?」
「吹っ切れる……?」
ズバズバと切れ味を取り戻し始めた真田の言葉は、宮村の痛い所をピンポイントに斬り付ける。その事に表情を歪めていたようだったが、ふと、引っ掛かる言葉を見付ける事ができたようだ。苦しげな表情が少しだけ無に近付いた。
「まあ、それが良かったのかは知りませんけど。日下君が納得して感謝したならアリなんじゃないですか? 宮村君はその気持ちを汲んで普通に手を組んだり手合わせしたりしましょうよ。……うっわ、僕に気持ちを汲んでとか言われるってどんだけですか宮村君。引くわー」
人の気持ちがイマイチ読み取れない自分を自虐するように、意識して嫌味たっぷりに言ってみたが、意外と落ち込んだ。まだ自虐ネタはレベルが高かったようだ。自虐が綺麗に自分を傷付けている。
発破をかけているはずの自分のそんな心の動きを悟られるのはどうにも格好がつかない。そのために視線を外したその時だった。
「!?」
謎の破裂音がすぐ近くから響く。いや、破裂音ではあるが、何かを叩いたような音と言った方が正しいだろう。何故ならそれは、宮村が両手で自分の顔を思いっきり叩いた音だったから。
「――よし、しゃんとした」
「もうちょっとスマートな方法がなかったんですか……」
顔から手を離すと、目がスッと細まって落ち込んでいた様子が嘘のような力強さを取り戻していた。しかしその顔は暗闇でも分かるほどに真っ赤。腕輪を着けた力で叩いたのだ、むしろこれだけで済んでいる事が奇跡の力加減だった。
赤くなった顔は恐らく腕輪の力で回復できるだろうが、敢えてそれはしなかった。その痛みによって自分を覚醒させようとしている。すっかり目が覚めた、気にしなくても良いと言われた事を気にするべきではない。特に何も考えないのが宮村の悪い所だが、良い所でもある。
「俺がずっと気にしてたらアイツも気にしちまうもんな。分かった、分かったよ。俺はアイツに後悔なんかさせねぇぞ。これを選んで正解だったって思わせてやるぜ!」
「……はい、そうですね」
両手を高々と突き上げて近所迷惑も考えず言う姿。青春を体現したようなその姿は捻くれた精神の持ち主である真田にとっては滑稽ではあるのだが、自分で思っていたよりも遥かに素直にそれを受け入れて、満足そうに笑った。
「っつーか、結局何でさっきお前落ち込んでたんだ?」
気持ちの昂ぶりが収まったらしい、小さく息を吐いて両手を降ろすと、実に唐突に別の話が始まる。脈絡のない話をするのは慣れたものだが、この急激な話題の変化は流石に真田を困惑させた。
「はっ!? どうして急にそっちに話が戻るんですか!」
「いや、この話し続けてるとしんみりしそうだったし。日下が来て話途切れたけど、昨日の事で何かあるなら多分アイツも関係あるんだろ?」
「別にしんみりした空気のまま流れるように解散しても良かったんですけど……。ほら、アレですよ。何だかんだで僕の作戦だけじゃ勝てなかったじゃないですか……」
「ああ、そうそう。俺の咄嗟の判断が光ったよなー」
「ぐぅ……」
悔しい事に、宮村の言っている事は事実だ。真田が立てたタイミングを外す策も当たる事は当たったが、そのまま押し切るつもりだった所で相手が想像以上に盛り返してきた。結局、勝利を決めたのは咄嗟の思い付きの宮村のスイッチだ。どうにも自分が無力に思えてくる。
しかし、宮村は昨夜のように肩を強く叩きながら笑う。
「はっはっは、良いじゃねぇの。お前が考えて、俺が思い付いた。これも俺達の勝利だって。それに、作戦を引っ繰り返すような強い奴が味方になってくれたんだぜ? 良いねぇ、最高じゃんかよ」
「まあ、協力者が増えたのは戦力的に助かるんですけど……」
ダメージを我慢しながら真田がボヤく。本当は言葉よりももっと喜んでいるのだが、そこは捻くれた精神から発せられるものだ。実に素直でない。
「最初は一人だったのに、二人になって、今度は四人になりやがった。……次は八人になるな」
「え、倍々で増えるんですか」
考えてみれば確かに倍々ゲームで人数が増加している。それに従えば次は八人なのだろうが、それは真田にとって困り所。何だったら宮村だけでも相手をするのは大変なのに、八人にも増加すると胃に穴が空くかもしれない。
そんな気持ちを知ってか知らずか(恐らく知った上で)宮村は意気揚々と恐ろしい事を言い出すのだ。
「八人、十六人、三十二人……ヤバいな、こいつは結構簡単に達成できるぜ、密かに企んでた《真田 優介の友達百人できるかな計画》……!」
「何を勝手に企んでるんですか! 百人もいりませんよ! どんだけストレス溜まると思ってんですか!」
「えー、良いだろぉ? 友達と言えば百人だろ。百人で山に登っておにぎり食べても大丈夫!」
「何か混ざってますって」
「ちなみにほとんど魔法使い」
「全然減ってないじゃないですか! 流石にもうちょっと倒しておきましょうよ」
「だって俺達ほとんど倒さないし」
「宮村君は今回倒そうと思えば倒せたはずなんですけどねー」
「あー、しんみりー……こいつはこのままフェードして解散だな」
分かりやすく肩を落として落ち込んで見せる宮村。間違いなくわざとだ。同情を引こうともしていない、完璧なわざとらしさ。
こんな下らない会話はごく最近にもやっていたはずだったが、連日の死闘のせいで何だか久しぶりのように思える。
「はいはい、今日はこれで解散ってのは賛成です。帰りましょうか?」
いい加減こんな所で駄弁っているのは御免だと、帰宅を促してさっさと歩き出す。そんな背中に宮村は少し控えめに声を掛けた。
「おう。……なあ、真田」
「はい?」
「なんつーか、ありがとな」
「…………ふふ」
照れ臭そうな感謝の言葉。何も気にせず考えず、そんな宮村から発せられたものとは思えないそれが何とも可笑しくて小さく噴き出してから、顔も見ずに冷たく言い放ってやった。
「気味が悪いんで止めて下さい」




