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「ふ、ふはっ……ふはははははっ!」
不思議だった。痛くない。先程の方がよほどダメージが小さかったはずなのに、今回は痛みすら感じない。これがアドレナリンとかいうものだろうか。脳内からあらゆるものが分泌されている気がする。
笑いが止まらない。何故だか楽しくて仕方がない。自分が強くなれば強くなるだけ、相手も強くなってやり返される。それが妙に楽しい。
利き腕が落とされ、なのに笑い、そのままストレートを繰り出す。拳どころかほとんど腕が存在していないのに。イメージだけなら自由だ、パンチを打ったつもりの《腕があった場所》から風弾が飛ぶ。
「っ! ふふふ……椿! 落とし!」
腕がないせいか、早いも遅いも関係なく風弾が放たれたタイミングが読めない。そのためにほぼノーガードで一撃を貰ってしまう事となるが、それでも日下も笑っている。そのダメージにも一切怯む事なく次なる攻撃が放たれた。今度は日下一刀流の抜刀技。鞘には納めず撃たれたその技は無意識の攻撃を伴わず、宮村の足元から浮き上がるようにして首を狙う。
だが宮村に焦りはない。脳内分泌物の効果は長くは続かないだろうが、効果のある今だけは大胆に、無意識の攻撃を伴っていないとは知らないはずなのに、そんなものを無視して行動に打って出る。何が当たろうと、自分の攻撃を当てる以外の事には興味がないとでも言いたげだ。
ダッキングで斬撃を潜るその姿勢は少し高い。自分の身も顧みず、次の攻撃をする気がその姿から窺える。髪が舞う、暗闇で見えないが少し切られてしまっただろうか。それも腕輪で回復できる。被害はそれだけだ。万全な体勢ではないが再びストレート。
「はっはっはっ! 避けて、打つ!」
「面っ! チィッ……」
恐らくは真っ直ぐ飛んで来ているはずの風弾の弾道を見切って剣道技で刀を振るう。振り下ろされる斬撃は宮村ではなく、目の前の何もない空間に風弾が通過するであろうタイミングに合わせて放たれた。
見事に当たったのか、そこで小さな風の爆発が起こる。それも立て続けに二度。
振り下ろされた斬撃と風弾がぶつかったのが一度目。ならば二度目は何か。一度目で相殺しきれなかった風弾と、日下の無意識攻撃だ。少なくとも気だけは十全な宮村のパンチはたったの一撃では殺しきれなくなっている。
その事が思わず日下に舌打ちをさせるが、宮村は喜びもしない。ただそこに結果があるだけだ。自分の方が先に次の行動に移れるという結果が。
「っしゃあぁぁぁぁぁ!」
思い切り気勢を上げて、左腕を何度も何度も振る。ジャブの嵐。これの一つ一つは恐らく一発で消されてしまうだろうが、そんな事が問題なのではない。一番大切なのはパンチを叩き込める事だ。
単発ではそれほど強くないパンチが幾度も迫り来る。それも一つ一つが魔法のパンチ。すなわち、早かったり遅かったりとタイミングをズラされているのだ。
とにかく顎や目には当たらないように防御しながら耐え忍ぶ日下。本来当たるはずのタイミングでは当たらず、時に別々の場所に二発、三発同時に当たる。覚悟などできようはずもない。
「…………っ! 連欅!」
しかし耐える。これには宮村も少し衝撃を受けた。必死のラッシュに耐え切られたのだ、仕方ないとも言える。
見事に耐えて機を見ていた日下は刀を上段に振り上げて(この時、鎌鼬が一発宮村に飛んだ)斜めに振り下ろす。戻して、振り下ろす。繰り返す事、五度。おなじみの五段攻撃……などではない。何故なら、今は戻す時にも鎌鼬が付随するのだ。振り下ろされる五発の鎌鼬と、正面から飛んで来る五発の鎌鼬。まさかの十段攻撃。
「シッシッ、ぐうっ……あああっ!」
一歩退く事で十発の攻撃を全て正面に位置させる。その位置からジャブを放って相殺を図ったが、一瞬で十発はあまりに厳しい。防げたのは振り下ろされた最初の一発と技の五発だけ。技と無意識の攻撃は交互に襲って来る、それと完璧なまでにタイミングが合致してしまう事によって自分に当たるはずのない技の部分だけが相殺された。
五発の斬撃をその身に受けて思わず唸る。早くも分泌物の効果が切れつつあるようだ、痛みは少ないが、それを無視もできない。叫び声を発する事で無理に右拳を突き出す。ほとんど破れかぶれな一撃だ。
しかしそんな意志の欠如した攻撃は通用しない。
「面……っおぉぉぉぉぉう!」
真っ直ぐに刀を伸ばして小さく振る刺し面。あまり練習をしていなかったらしく少し手打ちになったが、それでも気合は充実していたためかこの程度のストレートは一発で相殺した。そこから右前方に流れるように進みながら胴を打つ二段技。
そのスムーズ過ぎる動きと、これまで一度も狙われていなかった右脇腹への攻撃に宮村は対応できない。無傷だった箇所へ食い込む一撃。技のバリエーションから考えて安全だと思っていたせいで意識が届いていなかったか、堪らなく痛い。何とか構えたままでいる事はできたが、これまで同様に動けるかは分からない。頭からサッと血の気が引いて、何となくハイだった気持ちも切れてしまう。
(ああ、くそっ、いてぇ……そろそろ限界だぜ? どうすんだ、勝たねぇと!)
何となく分かる、これ以上はいつ腕輪が壊れてもおかしくない。多くダメージを受け過ぎた。それに見合うだけのダメージを与えられたかと言えばそうでもない。いわばピンチ。
体は痛まないが動くのを拒否している。ここからは意志と腕輪の力だけで動き回らなければならない領域だ。脳と体が耐えられる限りはどこまでも速度を上げる事ができるが、僅かでも心が折れればそれまで。
(どうする……一気に行くしかない。もっと速く、もっと強く……速さと強さ、どっちも!)
いつの間にかベタ足になっていた両足の踵を上げる。いや、踵が上がる。もっと速ければ当たらない、もっと強ければ倒せる。限界を迎えつつある今だからこそ、イメージだけで限界を超えられる。
宮村の頭の中で何かが閃いた。実際に自分でできるかどうかは分からないが、思い浮かべる事ならできる。




