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吠える。それと同時に思考は早く。
よく分からないまま再び戦況は互角まで盛り返されている。むしろ盛り返して流れを持っている日下の方が有利とも言えるだろう。どれだけ注意してもし足りないその風の刃はあらゆる注意をかいくぐって今にも宮村の命を切り取ろうとしているかもしれないのだ。
(正直、防ぎ切るのは無理だ。どこから飛んで来るのかもう分かんねぇし。……動きまくろう。動いて動いて、連打して連打して、防御できてたら儲けもん。基本方針は……)
左足の踵も上げて、より素早く動けるように。拳も再び強く握ってから軽く握り直す。もう避けられないのは仕方がない。だったらとにかく、避ける事なく被害を最小限に抑えるべき。
だから。
「俺の肉は、くれてやる!」
死ななければ無傷で動ける。肉を切らせて骨を断つ、そんな作戦にこれほど適した体質もない。当たらなければそれに越した事はないが防御は特に考えず、ステップで時計回りに動き始める。その姿はまるで、広大なリングを巧みに使うアウトボクサー。
素早さはそれだけで武器だ。死角や隙を強引に突く事ができるし、相手の攻撃も当たりにくい。無論、決め手に欠けているとその内に対応されるだろうが。
「はぁっ! 暮朝顔! 樫、打ち!」
即座に宮村と体の向きを合わせた日下の対応は早かった。いや、早いと言うよりも何かしら行動を始めれば何かしらの攻撃が当たるだろうと考えたのかもしれない。何かしらの攻撃、という表現は別に手を抜いたのではない。何せ、日下本人も何がどう攻撃に繋がっているのか制御できていないのだから。
分かった限りでは、八相の構えから上段に構えを変える際の左肘の動きで一発、刀を振り下ろす技で一発、バッティングフォームのような八相の構えに戻す時の刀で一発、横に振る際の柄頭で一発、横に振った技で一発。少なくとも五発の斬撃が宮村を襲っている。恐らくは、宮村とは関係ない方向に飛んでいる鎌鼬もあるだろう。
最後の樫打ちが円運動をする宮村を迎え撃つ。それを回避しようにも他の四発によって牽制された難局。技はこれまで通りに上と横から鎌鼬が飛んで来るのだが、その他の意識していない攻撃は日下から宮村へ真っ直ぐ飛ぶ。
あらゆる方向を抑えられた宮村は、少なくとも一発は覚悟しなければならない。ならば最少を選ぶ。最小かつ最速のダメージだけを甘んじて。自らを迎え撃とうとする真横の斬撃に自分から向かって行けば、それこそが最速だ。
「ぐあ……いってぇ……でも、まだまだ駄目駄目だぁ!」
効かない。効かないと思い込む。それだけで良い。痛い事は痛いが効いてはいない。矛盾しているような気もするが、これだけでも耐えられない事もない。宮村の気合がそれを成す。
脇腹の傷を一瞬で塞ぎ、相手の攻撃後の隙を狙ってワンツーパンチ。しかし、日下もまた気合を見せる。超高速で振った刀、通常ならそのまま振り抜く事で隙に変わるのだが、それを無理矢理に止めて正眼の構えに立て直した。それによって生まれた鎌鼬が宮村のワンツーを掻き消す――
「めぇぇぇぇん!」
シンプルな振り、相手の頭に真っ直ぐ振り下ろされる刃。日下一刀流ではなく、剣道の技。打ち込むのとほぼ同時に踏み切って後方へ飛ぶ引き面。
鍔迫り合いも何もしていない状態からの形だけのものだが、この技によって両者の距離が開く。近接戦闘を考えなければ戦いやすいその距離。
面打ちの上からの攻撃、そして刀を戻す軌道によって生まれた前方からの攻撃。それを回避しようと宮村は左に動く。躱すと同時にストレートを一発ぶちかましてやろうと決めて。
結論から言うと、そうして右手に意識を持っていった事によってそこだけ動作が鈍った。本当に僅かではあるが、体と腕が離れる。
以前にも似たような状況が起きた。縦の攻撃は避けやすいかもしれないが、この時ばかりは極めてピンポイントに二の腕を斬りつける。上から、前から。それは服を皮を肉を、そして骨をも断って、宮村の腕を鮮血と共に宙に舞わせた。