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暁降ちを望む  作者: コウ
買物と追跡
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 校門とは反対、だがそれで良い。逃げるのに最も適した方向は右だったかもしれない、しかし、逃げるのではなく戦うのだ。走りながら首を後ろに向けて、右肩越しに男を見る。不意を突かれていたようだが気を取り直して動き始めようとする姿が目に映る、グラウンドを踏み締める音が右耳に届く。その瞬間、真田は反転した。

 体ごと相手に向き、それでも走り続ける。背走状態でスピードは落ちたが、それよりも考えがあった。


「え……えいえいえいえいえい! そりゃ!」


 やってやる、そう強く思ったためか、真田の腕が纏っている火はより強く。肩までを包み込むような大きな炎となる。そして両手を真田は闇雲に振り回す。すると目の前に火の粉と光と熱が広がった。


「おわ、あぶな……熱!」


 男が怯んで追いかける速度を緩めた。両者の間の距離が広がる。どうやら牽制が功を奏したようだった。ある程度の距離で足を止め、真っ直ぐに向かい合う。

めまぐるしく動いている真田の視線は次の動きを読まれないようにフェイントを仕掛けているのか、それともただ単に視線のやり場に困って挙動不審になっているのか。その間にも両手を動かして牽制を続ける。炎こそユラユラと動いているが、互いに膠着状態が続いた。同じように足を止めて相手の出方を窺う二人。しかしその精神状態は大きく違う。策を練った者、策にはまる者。痺れを切らせて先に動いたのは当然後者、つまりは相手の男の方だ。


「ええい、めんどくせぇなぁ! もう良いから吹っ飛べよぉ!」


男は右の拳を振り上げ、両者の間の何も無い空間に向かってパンチを放った。しかしそれは空振りではない。その拳からはどのような原理なのか、大量の水が放出される。だがそれでも、予想通りの光景に過ぎないから怖くはない。


「ごめんなさい。それ、待ってました……!」


体の前に突き出された真田の両手がさらなる熱を持つ。両腕が、そして腕輪が熱い。炎の源であるこの腕輪に意識を集中させればきっと今よりも火力を上げる事ができる、そんなある種の確信と共に迫りくる水流を迎え撃つ―― !


「よっしゃあ! どうだコラ! ひゃっはっはっはっはぁっ!」


 自らの放った水が相手を飲み込んだ、そう思ったのだろう男は高笑いして喜びを大いに表現する。しかし、何かに気付いてその表情が怪訝そうなものに変わるまでに、そう時間を必要とはしなかった。


「……あ? 何だこれ、霧?」


 炎が消え、暗さが際立った今でも見える白いモヤが男の視界を遮る。どこから発生しているのかも分からないモヤに翻弄されている男にさらなる反応が現れるのはまたすぐ後の事。


「霧……なんですかね、僕にもよく分かりません。ごめんなさい」


 笑い、怪しがっていた男の顔が今度は驚きに満ちた。自分が吹き飛ばしたはずの人間がすぐ近くで、自分の背後で返事を返したのだから当然だ。冷えた水蒸気や炎を消した事によって濃密になった夜の闇に掻き消えた真田はいつの間にか、男の背後に立って今現在持ちうる最高の武器である《手のひら》を男の顔に向けていた。


「え……なん、で……」

「み、水……多分、距離が離れると弱くなるんだと思って……それで、離れた所からの水だったら頑張れば蒸発させられるんじゃないかと」


 燃えさかる炎に少々の水を引っ掛けた所で消されはしない。弱まりはするかもしれないが、それでも完全に消えてしまうのは水の方だ。だから真田は考えた。自分の意思次第でより強く熱くできるこの火ならば弱まった水をほとんど無害と言えるレベルまで蒸発させられないだろうかと。

 また、失敗した時の事も想定はしていた。逃げていた時に背中に受けた衝撃から考えて、この距離で威力が減退した水流ならば蒸発に失敗して飲み込まれたとしても踏ん張る事が可能ではないか。その時も同じように水に紛れるような形で相手の視界から外れようとする、どう転んでもほぼ成功が確約された策であると、少なくとも真田自身は考えていた。


 実際的に、この策は成功した。冷えた水蒸気のモヤは想定外だったが、それによってさらに自分の姿を隠す事ができたのだ。


 真田の会話に付き合った時間、真田が走り始めた時に慌てた時間、男が真田の姿を見失った時間。合計して一分にも満たないそんな短い時間が二人の勝敗を完全に決した。男の顔に向かって突き出された手が次第に熱く、そして炎を纏い始める。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 繰り返し謝り続けるのは、記憶にある中では初めて《誰かに危害を加える》という事実からだ。それほどに彼は喧嘩を好まない。しかしそれでも、やらなければならない時と言うのは訪れてしまうらしい。右手の炎は熱く大きく、周囲の闇を明るく掻き消した後に、男へと燃え移る。


「う、うわ……あ、あああ……ぅあああああああああああああああっ!」


 男の肩口から侵食を始めた炎は勢いを増す。耳をつんざくような絶叫が響き渡る。その声に良心を責め立てられるように、真田は堅く目を閉じた。

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