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暁降ちを望む  作者: コウ
風の剣と風の拳
69/333


「はぁ、タイミング……」

「そうです。宮村君の攻撃はタイミングが読みやすいんですよ」


 日下がグラウンドにやって来る前の事。真田は宮村に直後に待ち受けている戦闘の作戦を教えていた。梶谷は楽しみを取っておきたいと言って作戦会議には加わらずに本を無理して読んでいる。


「俺自身はよく分からんのだけど、そうなのか?」


 宮村は首を捻っている。他者、特に実際に戦った人間ならばよく分かるのだが、どうやら本人には自覚がないようだ。

 もっとも、本人に自覚があったならば何かしらの手は打っていただろう。怠慢ではなく気付けていなかっただけだ。自分の駄目な所に自分から気付く事は意外と難しい。そう思って真田も特に何も言う事なく、先を続けた。


「はい。だって、僕だってタイミング合わせて覚悟決める事で耐えられたワケですし。それと前の戦い、パンチが二発ぶつかっちゃいましたよね? アレも偶然じゃないんですよ。相手のいる位置にパンチをしようと思った時、スイングよりもストレートの方が距離が短いんでちょっと早く届くんです。きっとタイミングを見切ってたから、後ろに最低限の回避で対処できると思ったんでしょうねー」


 人差し指を立てて説明する真田。宮村の短所を解説する事が楽しいのだろう、柄にもなく本当に饒舌だ。一切つっかえる事もない、まさに立て板に水。


「思ったんでしょうねって……そんな単純か?」

「超、単純です。特にストレートは。腕が伸びきった所から同じスピードで飛びますから。凄く凄く正確なストレートしか投げないピッチングマシンに腕輪着けて挑んでる感じです」

「そ、そんなに?」

「スイングなんかそれこそサイドスローのピッチャーと戦ってる感じですね。あ、リリースポイントここだなってのが結構分かります。あと……」

「もう良い! 頼む、マジで! 何か悲しくなってくっから!」

「ん、そうですか? 割とここからサビみたいな感じもあるんですけど」

「良い、もう良い。それより本題の続きを頼む」


 パンと両手を合わせて拝み倒すように続きを言わせまいとする宮村の姿を見ては流石の真田もこれ以上は続けられない。明らかに不満そうではあるが、一応は口を閉ざしてやる事に決めた。閉ざしてやるという上から目線の発想が既に間違ってはいるが、本題がここではない事は理解している。


「……なので、宮村君にパンチの打ち方を覚えてもらいました。ちゃんとしたフォームで打てばパンチは今まで通りに強いんだって意識してもらうために。伸びきる前に風を撃ち出して、それでも威力を下げないために」

「伸びきる、前……」


 見よう見まねで軽く素人丸出しの右ストレートを打って見せる真田。その顔は良からぬ事を企んでいると言わんばかりに歪んだ笑みを浮かべている。

 ここが彼の良くない所だ。勝利のための努力と言うよりも一泡吹かせるための努力。梶谷との再戦を前にした時もそうだった。思い付いたのは良い事や上手い手ではなく、馬鹿みたいな事だ。決して大がかりではない、驚かせてやる事を主眼に置いたちょっとした手。


「タイミングを崩します。一瞬でも当たるタイミングが違ったら、実際のダメージよりも痛く感じるもんですよ」


 そんな少し悪い思惑に気付いてはいるのだろう、少し呆れ気味にではあるが、宮村も笑って拳を握り締めるのだった。



「ぐぁあぁぁぁぁぁっ!」


 日下が転がる。覚悟が防御の意味を持つのは一瞬の間だけ。ならばそこから僅かにでも外せば良い。それだけでノーガードにさせる事ができる。


(やりましたね、宮村君。ちゃんと結果出せて、期待した甲斐がありました)


 宮村の風弾は見えない。しかし、それでも真田には何が起こったのかがハッキリと分かった。日下に当たったタイミングが本当に僅かではあるが、腕輪によって増幅された感覚では明らかと言って良いほどに速い。


「なるほどね、思い切り腕を振らないと威力が出ないイメージを消したのか。腕を伸ばし始める時、同時に発射している事によって想定より早く彼の攻撃が当たった……」

「はい。腕が伸びきった、普段なら今から発射されるってタイミングにはもう弾は日下君の目の前です。……本当にご慧眼」


 そしてその速さの違いは、同じく腕輪を持っている梶谷にも分かったようだ。その少しのタイミングのズレから何を考えて特訓をしたのかも理解している。以前から見られていたらしいが、その時に宮村の魔法の問題にも気付いていたのだろう。それにしても腕を振るイメージの払拭などまで良く考えが回ったものだ。これが人生経験か。


「ふふ……特訓の成果、確かに見せてもらったよ」

「そりゃ良かった。後は、勝つだけですね」


 戦えている、想像通りに。一応考えは間違っていなかったようだ。ならば勝てる。最初に立てた作戦だけで勝てる訳ではないので後は現場の判断だ。それでも勝てるだろうと思う程度に、宮村の実力は信用している。



「決まったろ、俺の《魔法》のパンチ」

「え、ええ……げほっ! ぇほっ!」


 右の拳を突きつけて宮村が笑みを見せている。日下は膝をつき咳込んでいた。ダメージは甚大。その表情は追い込まれている状況で笑うしかないと言いたげな苦笑だ。


 しかしまだ勝負が決まった訳ではない。諦めている風ではないのだ。笑っているのは相手の実力を見誤っていた事などの自分の不甲斐なさ。それを反省する事で、ここからこの男はさらに強くなる。

 そんな気配を感じ取ったのか宮村も気を抜かない。


「悪りぃが休みはナシだ」


 日下がガクガクと震える足に喝を入れながら立ち上がろうとしている。そこに向けてジャブが連発で放たれる。

 避ける事、それは不可能だ。体勢も不充分、コンディションも悪い。ならば防ぐしかない。形も気にせずに雑に握った刀を振り回し、それを迎え撃つ。


「ぐっ、おおおおおっ! 椿落とし! 樫打ち!」


 ジャブも同じ場所に打ち続けられているのではない。散弾のように散らされたそれを完全に撃ち落とす事はまず不可能だ。こうなった時に見えないという要素は実に大きい。撃ち漏らした風弾は彼の顔や胸、腹などに強かに叩き込まれるのだが、そのダメージを咆哮によって無視しようとしている。イメージのギャップによって体感ダメージを減らすのではなく、純粋にダメージを我慢する。本当の意味で気合と根性である。


 ある程度だけ落としてから、後は風弾を無視して左右の連続斬り。かなり避けにくい状況だが、今の乗りに乗っている宮村にとってはそう難しいとは思えない。それほどの全能感。


「っとぉ、シッ!」


 順番的には先に飛んで来る椿落としをダッキングで潜り抜け、前進して樫打ちを避けるのと同時に上体を起こす。これこそ二つの攻撃が当たる時間差は一瞬。その一瞬を逃さずに的確な判断で動く事ができる余裕の表れ。

 躱した所で再び強く右を振り抜いた、そこから一瞬の間を空けて風弾が放たれる。


「くぅぅ……おっ、そ……あぁぁぁぁ!」


 チェンジアップ。通常の速度と通常よりも速い、二種類のストレートしか頭になければ確実に対処できない秘技だ。気持ち早めに入った気合、それが緩んだ瞬間にヒットするそれはやはり、実際よりも大きなダメージを脳に与える。


 仰向けに地面に倒れた日下。これだけ攻撃を受ければ流石に限界も近いはずだと、宮村も、見ていた真田も。梶谷ですらそう思っていた。しかし。


「――まだ……まだです!」


 柄から離れた左手が砂を握り、そのまま拳をついて立ち上がる。地の底から響くようなという表現が適切なのだろうか、喉の奥から絞り出されたような声で叫びながら、ダラリと下がった左手を素早く動かして刀を握る。バットを握っているような八相の構え。


「えっ……」


 刹那、宮村の胸が斜めに切り裂かれている。あまりの鋭さに血液すら一瞬流れるのを忘れていたが、意識した瞬間にその傷口は赤く染まった。


「なっ、斬れやがった!?」


 何が起こっているのか分からない。そのせいで回復も遅れてしまった。刀を振った様子はない。それなのに斜めに鎌鼬が飛んで来ている。そう、斜めに。左手が動いた軌道と同じ――。


(冗談だろ……まさかアレ、刀振らなくても飛ばしてんのか!? 動き一つ一つでいちいち周り斬ってやがんのかよ! ああもう、どうすんだよ……動き全部に気を付けてなんていらんねぇぞ!)


 今まさに敗れようとしているその時に、日下の魔法が暴走にも似た進化を遂げていた。刀を振らなくても良い、何かを斬るような動きをすれば、無意識にそこから真っ直ぐ鎌鼬が飛ぶのだ。手、足、もっと細かく言えば指の一本まで。全てが攻撃となる冗談のような戦闘スタイル。


 日下は疲れていた。それもそのはずだ、時に盛り返してはいても何度も今にも死を迎えそうといった状態にまで追い込まれているのだから。

 なので声は小さい。しかし、力強い。明確なまでの意志力を感じさせる声で、彼は告げてから刀を強く握り直した。


「僕は……負けるのが嫌いです。さあ、全力の僕を倒して下さい……っ!」


「――おうよ、倒してやらぁ! 行くぜ、日下 青葉ぁっ!」

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