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「くぅ、はっ! まだまだ、まだまだですよ!」
ジャブを受けている間は呼吸もできていなかったのか、気合の発声の後に肩で息をしている。その顔は当然の事ながらまだ勝負を続ける気に満ち溢れていて、あらゆる怪我が消えていった。
鼻血を拭い取り、刀を中段に構えて顎を引く。射るような視線が宮村を睨み付けている。
「上等だ! 受けて立つたぁ言わねぇ、覚悟しやがれ!」
戦いが続く、望む所だ。まだ宮村は全部をやり切っていない。むしろここで終わられたら困るのだ。
(やるぜ、真田。お前との修行の成果、コイツとおっちゃんに見せてやるぜ!)
相手が構えを正した事を受けて、自分も改めて構えを見直す。一つ一つを意識して、乱れのない綺麗な構えを取る事ができたので、日下を睨んだ。互いに互いを焼き尽くそうとするような熱い視線がぶつかる。こんな時、きっと火花が散っていると言うのだろう。
(あの構えから一番楽に出せるのは居合だ。それを撃ってきたら今度は右に潜るんじゃなくて左に避ける。そんで漫画知識のリバーブローだ。他のだったら……バッティング、振り下ろし、斜め……よし、全部反撃に繋げられる)
ここまではずっと上段に構えていた。それが基本姿勢、いわゆる正眼の構えとなって徹底的に隙を減らしている。防御はもちろん、攻撃にも移りやすい。
あの形からは手首を引っ繰り返すだけですぐに椿落としの構えに移る事ができるのは体験済みだ。それ以外の、これまで受けてきた全ての技に対して、もう回避も反撃も可能になっている。
そう、単発ならば。
「樫打ち、連欅! 暮朝顔ぉぉっ!」
「連打かよ!」
選んだのは連携。単発の技のキレで勝負はしない。そんな場合ではないのだ。前進する事も厭わない。いや、しっかりと意識の中に入っているから問題がないのだろう。
横から一度、右足を出して斜めに五度、右手を柄から離し左足を前に出して縦に一度。真横の斬撃が左右への回避を制限し、前進しながらの三連撃が奥行を生み出して前後への回避も困難にしている。
こうなっては反撃を考えている余裕などない。思い切り前進するしかない。攻撃はどんどんこちら側に向かって来ている。当たらないよう後退しては必要以上に距離が離れてしまうのだ。
なので前。こちらにしても必要以上に距離が詰まってしまうが、こちらの攻撃が届かない可能性が発生するより良いはずだ。そのはずだった。
日下との距離は近い。普通に一歩踏み出してパンチを打てば風弾ではなくて拳が届く距離。中距離、遠距離などでは決してありえない近距離戦闘。ここに追い込まれた。宮村がそう判断したのは日下が迷いなく次の動作に移っていた姿を見た時だったか、それとも、その攻撃がこの場でしか使えないであろうものだったと理解した時か。
「松囃子!」
「がっ……はぁ……っ!」
さらに前進するように右足で踏み込んで、両手で握り直した刀を腰溜めのように構えている。それが弓を引いている状態だと気付いた時にはもう遅い。鋭い突き繰り出される。かと思えば再び引いて、もう一度。それを一呼吸の内に繰り返すこと五度。腕輪の力と竹光の軽さが可能にした五段突き。
これまでで初めて使った技。それもそのはずだ。鎌鼬は発生しない、発生のさせようがない。これは近距離でしか使えない、日下の魔法にとって相性の悪い技なのだ。だから使わなかった、だから知られなかった、だから今この場で使った。
刃はない。だが、先端はある程度尖っていて、それがこの速度で突き出されたならば、被害は深刻だ。腹を突き破る。引き抜いてもう一度、またさらにもう一度。宮村の腹部に五つの穴が空く。
怪我は瞬時に回復させた。これ以上は一瞬でも長くは耐えられそうになかったから。血は止まっていて、失血死はしないが、まだ脳に痛みが残っている。だが、体は動ける。
日下は踏み出していた足を引いてから三歩後退した。直接攻撃が届いて、かつ、鎌鼬による攻撃も可能な松囃子を頭に入れた上ではもっとも戦いやすい距離だ。
そして宮村もまたダメージによってたたらを踏みながら三歩後退していた。合わせて六歩。二人が生み出した間合い。
宮村は後退する足を踏み止まらせた、右足の爪先が体の後ろで地面をしっかりと踏み締めている。左足も確実に地面を掴んだ。拳を握る。
今こそ、修行の成果を見せる時。
(一発のダメージがデカすぎんだよ、馬鹿……がぁっ!)
「ふ……はっ!?」
その動きを見て日下も動いた。覚悟を決める。それで耐え切れる。目を見開き、ゆっくりとした動作に見える宮村を睨む。
しかし、その顔は直後、驚きによって染められる事となる。




