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(よし、よしよし。こっからが本番だ……クールにいこう。体勢を崩さないに越した事はない、全部完璧に避けるつもりで!)
速めのテンポでステップしながら集中を高める。緊張感は決して切らさない。ステージは対等になったかもしれないが、それだけでまともな勝負ができるようになる訳ではない。むしろ相手はより真剣になっている、一筋縄でいくはずがないのだ。油断をしていれば一瞬で殺される、そんな戦い。
「では、連欅!」
仕切り直しとばかりに日下が先制攻撃。上段から袈裟懸けに斬っては戻し、再び同じように斬っては戻し。それを繰り返す目にも留まらぬ高速の五連撃。五つの鎌鼬が宮村を襲った。
いや、冷静に改めて考えるとこれはただの鎌鼬ではない。刀を振った所から発生しているのではないのだ。このように刀を振られた場合、正面から斜めの鎌鼬が五つ飛んで来るはず。しかしこれは違う。実際に接近して戦っているかのように肩口を狙って斬撃が襲う。
あの男は、イメージによって何もない場所から不意に鎌鼬を発生させている。
「タネは割れてんだ、無駄無駄ぁっ! っしゃあっ!」
だが宮村もそれを把握できた。そうなってしまえば相手の使ってくる技はほとんど体験しているのだ。どのような攻撃があるのか、選択肢が分かっていれば対処もできる。
左肩・腕を狙う鎌鼬を少し身を屈めつつ左にステップする事で回避、そしてそこから素早くジャブ。限りなくモーションは小さく、そして腕を引く事を意識させたジャブはこれまでにない、陳腐な表現をするならば嵐のような連打となった。
しかし単調。徹底的に叩き込んだフォームは一切の無駄を省いてまったく同じ軌道・速度でパンチを繰り出す。
「っ! 動かないで下さい、樫打ち!」
一呼吸の内に放たれた嵐が過ぎ去るのは一瞬。やや体を小さくして全身に力を込め、一定のテンポで襲って来る風弾の衝撃に対して覚悟を固めればダメージは極めて小さい。
左に動いたならばそれを迎え撃つような軌道の攻撃が良い。そう考えたのだろう、日下が選んだ選択肢はバッティングフォームの一撃。左足を僅かに前に出して踏み込んだ、右打者のスイングが再び宮村の左腕側を狙う。これもまた、真横から鎌鼬が発生して飛んで来るのだ。
「はっ、甘いぜ!」
「く、そ……っ」
真横から来るのが分かっているなら話は簡単だ。一度、後方へ飛ぶ。それだけで宮村の目の前を鎌鼬が通り過ぎて行くのを悠々と見送る事ができる。そして、右足から着地したその反動が強い踏み込みを生む。重心は後ろにある。そこから左足を地面に下ろし、体重を前方へ移動させながら足を捻り腰を回して、さらに体重を乗せたストレートが飛んだ。
その風弾は、刀を上段に構え直してがら空きになった胸に着弾する。少なく見積もっても先程の一撃と同等のそれはしかし、日下を少し呻かせる程度のダメージしか与えられてはいない。
(さっきより効いてない、覚悟を決めるダメージを上書きされたか……簡単に隙を作れそうになくなっちまった)
想定よりも大きなダメージを受ければそのギャップだけ体感するダメージは大きくなる。だが逆に、想定と同等、あるいは小さなダメージだったならば。つまりはそういう事だ。いかにして相手の隙を突くのかが大きな勝負の決め手になるこの戦い、ちょっとやそっとのダメージで隙を作れなくなったのは痛い。
「ええい、樫打ちぃっ!」
「だから、あまっ……何っ!」
再び打ち込まれる真横の斬撃。先程と同じだ、一歩退いて、今度はより強くイメージを練って一撃を叩き込む。それで良い。
しかしその考えは間違っていた。甘いのは宮村の方だったか。先程は目の前を過ぎて行った斬撃が、今度は脇腹に食い込む。深く深く。衣服を切り、皮を裂き、肉を断つ。
(あの野郎、一歩深く踏み込みやがった分だけリーチが伸びたか……そうか、バックステップ一回くらいなら射程圏ってワケか。じゃあ二回? いや、反撃が難しくなる。アイツは攻撃の後に少しだけ……アレだ、残心とかいうのをやってる。攻撃を避けてそこに反撃するってのが理想的。とりあえず、あのバッティングに対応しねぇと)
宮村の次の判断は迅速だ。樫打ちとか言う技を相手にするのが面倒なら、それが当たりにくい方向へと動く。すなわち右。日下を中心に反時計回りに動けば、今立っている場所の真横から飛んで来る斬撃を躱す事ができる。
「そっちは、椿落とし!」
「何、だとぉっ!」
右へと二度ほどステップした瞬間、新たな攻撃が放たれる。左腰にある鞘から右手で刀を引き抜く攻撃。つまりは樫打ちの逆、右に動いた宮村を迎え撃つ軌道。初めに鞘に納めての抜刀はしなかったが、地面スレスレから浮上し、首を狙うその斬撃。
この反応速度に動揺を隠せない宮村ではあるが、体は無意識に動く。正確に言うならば、瞬間的に頭の中に思い浮かんだ回避する方法を腕輪が実践する。
要は少し前の攻防と同じだ。相手の攻撃と同じ方向に動く。その斬撃は見えないために難易度は高いが、成功すれば後腐れがない。上体を前に屈めて姿勢を低くする。相手の攻撃は浮き上がってくるので、それだけでも回避はできなくもないが、ここで勇気を出してタイミングを合わせ、自ら斬撃に向かって行ってそれを潜り抜けた。
(おお、ダッキング。それっぽく見えて楽しいかと思って教えといて良かった!)
目を凝らしながら観戦していた真田がグッと拳を握り締める。フォームを固める時に教えた回避技術。ただひたすらパンチを繰り出す中で飽きさせないように取り入れた動きがまさかこんな形で生きようとは。
などと喜ぶ真田とは対照的に、当の宮村は心中穏やかでない。表情自体はニヤリと笑ってみせているが、内心は焦りに焦っている。
(くっそ、変に体勢低くし過ぎると反撃できねぇ……もっと特訓の時間が欲しかったんだけど、しゃあないか……。居合とバッティングならバッティングの方が避けた時に攻撃できる、相手するならそっちだな)
再び円運動を始めようとする宮村。方向は左、時計回りだ。この時、日下は樫打ちでの迎撃を基本とするだろう。避けても攻撃できないよりかは、避けた時に当てられるかは別として自分も攻められる方が良いに決まっている。
「樫打ち、連欅!」
相手の行動は想定通り。その後にまた別の技が繰り出されたが、それは無視できる要素だ。目くらましか牽制か。そのための行為。そんなものは気にしない。宮村が気にしたのは日下の踏み込みの深さだけだ。
(ステップ普通、避けれる、行けぇっ!)
一歩だけのバックステップ、今度は避けられる。横から一度、斜めに五度、風が吹き抜けた。準備はできている。体重を前方へ、足、腰。全てをきちんと意識して放ったストレート。
「ぐっ……椿落とし! 樫打ち!」
それでもさほど大きなダメージは与えられない。彼の頭にはかなり強い痛みのイメージがあるのだろう。それを越えるには相当の隙を突いて当てるしかない。あるいは地味に地味に攻撃を重ねて蓄積させるか。
左右からのほぼ同時の攻撃。右足を踏み出しての抜刀の直後、左足を前に出しながらのバッティング。
「前に出過ぎだぜぇ?」
最初の樫打ちで一歩、椿落としで二歩、最後の樫打ちでもう一歩。連携を繋げようとするあまり合計三歩も前に出てしまっている。互いに距離を取って戦う魔法使い同士、この距離の詰め方は間違いなく隙と呼んで良い。
宮村も思い切って前方に走る。その姿はゴングの直後に一気に距離を詰めようとするファイターのようだ。背後で斬撃が吹いた。椿落としが背中を掠めていったが、大した事ではない。左足でブレーキを掛け、ジャブの連打。日下の想定よりも近い距離、そこから何発も発射された高速の風弾。もはや反射よりも速い。覚悟を固めきるより前に、帰ってきた嵐が彼の顔を打ち据える。何度も何度も。
頬は腫れ、目蓋は切り、鼻は折れて血を流す。まさに激戦の後のボクサーと言った様子だ。




