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暁降ちを望む  作者: コウ
紳士な男
57/333

「っつーかさ、お前、暑くないの?」

「は?」


 休憩時間はまだ続いていた。とは言えそろそろ再開しようかという空気が漂い、宮村は立ち上がって再度準備運動をしていたが。そんな中でまた新たな話題が発生する。


「学ラン。昨日も着てただろ? そりゃ夜だけどさ、それでも暑くね? 俺は暑い」

「そりゃ宮村君は動いてますから。だから涼しくしてあげようという友達思いの僕……ってのは冗談ですけど。昨日は一応夜だから冷えたりしないかなーって思って着てきたんですけど、まあ役に立ちましたし」

「役の立たせ方変だろ」


 水滴を防いで凍らせて投げ捨てるのだから何か間違っている。しかしそれによって命が救われているのだ。もうこれに関しては言いっこなしだ。彼の学ランは形はともかく役に立った、その事実だけあれば充分ではないだろうか。


「それに最近、あんまり暑いとか感じないんですよねぇ……慣れたかな。戦ってる間なんて両手メッラメラに燃えてますしね」

「あ、アレ熱いんだ」

「熱いですね。そりゃ実際燃えてるよりずっと温度低いでしょうけど」


 炎は意外と熱い。手に炎が触れているのだから当然なのだろうが。そして、これは後に気付いた事だが、計測してみると体温は四十度を超えていた。もちろん健康体。平熱が尋常ではないほどに高くなっているのだ。恐らく、戦っている時などは炎を纏いテンションも上がっているのでもっと高い。


 そんな事が日常化してしまっているともはや外気など秋冬に近い。今は夏前だから良いものの、これが本当の冬になったらどうなる事か。体温が上がり過ぎて死ぬ事はなくとも、凍死するかもしれない。本格的な恐怖。


「じゃあ凍らされんのも気持ちいいんじゃね?」


 宮村が良い事思い付いたとばかりに手のひらに拳を打ち付ける。その行為のなんとわざとらしい事か。そしてその顔は不自然なまでに口角がグイッと上がり、何ともまあ腹立たしい。

 そんな態度で挑んでくるものだから、真田としてもこれは受けて立つしかないというものだ。こちらも同じように(少しばかり不器用ではあるが)ニヤリと笑う。


「そうですねぇ……直後に殺されんじゃないかって思わなくて済むなら気持ちいいかもしれませんね。凍っちゃって感覚も何もなくなって」

「ふはは、そりゃ良いなぁ。もういっそ全身に水浴びちゃえば良いんじゃね?」

「はっはっは、ナイスジョーク。でも宮村君も暑いんでしょう? 僕の代わりに戦っても良いんですよ? 今日の特訓の成果、見せてやりましょうよ。両手はもうアイスキャンディーです」


 このセリフを読んでいるかのようなハッキリと音を発する笑い声。こんなにも正確に「ふ」と「は」を発音して笑う人間はそうはいないだろう。

 すると、どんどん二人の笑い声は大根演技を増していく。


「うははははー、濡れたら凍るっつってんだろー? ふざけんなよー?」

「やだなぁ、友達思いな僕のちょっとした気遣いじゃないですかー、うっふっふ」


 これも聞きようによってはふざけ合っている友人同士だと思えるだろうか。だが実際の空気は何だかピリピリし始めている。冗談が徐々に本気の苛立ちに変わってきてしまっている。最初は冗談っぽかったのだが、今はもうお互い目は笑っておらず、むしろギラギラと怪しく輝く。変に伸ばされた語尾が実に気味が悪い。


「では、特訓を再開させましょうかー」

「そうだなー」


 やはり言葉だけならばお遊びはここまでと言ったような雰囲気。もちろん二人の表情は怪しく歪んだまま変わっていない。今から魔法戦闘を始めようかというような、殺る気満々の顔だ。


「うふふ……でやぁっ!」


 バケツに座り直して水に手を浸す。そして再びわざとらしく笑ったかと思えば、その表情は変わった。目を剥き、ほんの一瞬の隙を見逃さず一撃を加える(こんな状況で何故か)魔法使いの顔だ。

 水滴を飛ばすというよりも、三本の指で水面から直接すくって水をぶっかけたような、これまでとは違って妙に質量のある水が宮村へと飛ぶ。


「シャァッ!」


 しかし宮村もまた負けてはいない。このような攻撃が来ることを読んでいたのか、迷わず拳を振るう。気持ちいいほどに特訓の成果が見える仕上がったフォームで左、左、右。もちろんこのパンチも腕輪によって速度が増している。腕輪の効力は考えないものとした場合は宮村よりボクサーのパンチの方が強いだろうが、当たり前の事ではあるが腕輪の力があれば腕力もスピードも桁外れだ。同時に襲う三つの水の塊を届く前に素早く撃墜する。


「そらそらそらそらぁっ!」

「うおぉぉぉっ!」


 だがそれで終わるほど甘くはない。次は連続だ。先程は離れていた三本の指をくっつけて、一つの大きな水を発射する。それを間髪入れずにもう一方の手からも同じようにして、そしてまた先にやった方の手、またもう一方の手……。姿だけ見ると水をかけてじゃれ合っているようだ。気合の声はかなり本気だが。まるで戦っている時のような発声。


 大量に襲う水を一瞬で撃ち落とさなければならない宮村のジャブは、まるでそれこそが最適解である事が分かっているかのようにインパクトの瞬間以外は力を入れず素早く放たれた。

 ジャブの原理自体は教えてあったが、これほどすぐにできるようになるとは。そして、腕輪と合わさる事でこれほどのスピードが出るとは。


「だっしゃるぁっ!」

「うおぉ……ごっ、かはっ……んえっほぉっ! えほっ……げほっ……」


 やたら力の入った少し下品な掛け声は真田のもの。思わず気合が入り過ぎたその声と共に放たれたのは、もはや水滴とかそんなレベルの話ではなく、ただの両手ですくった水だ。顔でも洗うのかというように両手の器に並々と水をすくって投げつける。

 そして宮村の反撃……とは、流石にいかない。反射的に打ち抜こうと拳を振るいかけるもそのサイズに一瞬驚いて躊躇った瞬間、そのただの水がバシャッと、もはや趣旨とは完全にかけ離れた音を持って顔に衝突した。


 目、鼻、口。同時に水が入ってきて咳込み、涙が浮かび、吐き気がこみ上げる。いつぞやの真田のような姿である。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」

「えほ、けほっ……んんっ、んん……おえ……」


 宮村がえづく声を聞きながら(あまり気持ちのいい状況ではないが)少しだけ冷静になる。二人共、色んな意味で疲れている。


「……服、火で乾かしますね」

「……頼むわ」


 吐き気も収まり、二人分の荒い呼吸音が聞こえなくなってきたところでポツリと会話を交わした。

 真田が誰かと馬鹿みたいな喧嘩をしている。歴史的戦争。そして歴史的和解だ。まさしくこれは真田にとっての得がたい経験。真田の成長の証だ。


 そういう事に、しておこう。



 無言のまま、真田はハンカチで両手を拭いている。宮村は濡れて張り付いた服を鬱陶しそうに引っ張っては眉を潜めていた。袖を捲れば肌に水は直接当たっていないのに浸透して湿っている。アレがまた気持ち悪いのだ。

 昨夜の戦いの後の手もあんな感じで湿っていた。どうして普通に濡れるより何かを通して濡れた方が不愉快なのだろう……などと、思考を巡らせると、ふと真田の脳裏に光がよぎった。


 これは比喩だ。しかし、光としか思えないような明るさを持っていたような、それでいてまさに光のように素早く消えてしまったような。これが漫画的表現におけるいわゆる電球が点いたような状態なのだろうか。


 いや、それよりも朧げで言葉にできない。


 だが、これが、これこそがやっと見付けた答え。なのかもしれない。


「宮村君」

「んー?」

「乾かすの後にして、ちょっと特訓続けません?」


 馬鹿みたいな喧嘩の後で気が抜けている宮村の生返事とは違う、一つトーンの下がった真剣な声。提案自体はちょっとしたものだ。何せ、今から自分が何をしたいのか上手く説明ができないのだから。

 しかし今を逃したくはない、この光は今を逃してしまえば二度と見付けられないかもしれない。だから、特訓をしながら何かを見付け出したい。


「ええ? いや、まあ別に後でも何でも良いけどさ……」

「ごめんなさい。でも、何だか馬鹿みたいな事、思い付いちゃいそうなんですよね……」


 そう言って薄く笑う真田の目は特訓に付き合っていただけだった先程よりも真面目で、同時に希望に満ち溢れているように、それこそ見付けた光が映り込んでいるかのように輝いていた。

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