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「――っ! ふぅ……真田はさ、俺が勝つ方法みたいなのは見えてんだよな?」
本格的に休憩に入り、犬のように勢いよく首を振って髪に付着した水分を飛ばしてから宮村が会話を切り出す。真田はバケツに座ったまま、宮村は地面に腰を下ろした。
「ええ。宮村君次第ですけどね。仕上がってくれたら勝てる……まあ少なくとも当てられると思います」
問い掛けに対する一応の肯定の返事。勝てる保証はないが、まあ可能性は上がるというのが正確な答えなのだが、そこまで事細かに言ってテンションを下げる事もないだろう。
「じゃあ、別に俺に付き合わなくても良いんだぜ? お前はゆっくり考えて……」
「駄目です。客観的な監督役は必要ですから」
「そうだけどさ……」
即答だ。そもそも今やっている特訓は二人いないとできないのだが、それだけが理由でもない。一人というのは壁にぶつかっていると気付きにくく、また同時にぶつかった際の迂回路が果てしなく遠回りになる事がある。
真田も悩みに悩んだ末に勇気を出して人に聞いてみれば、実にあっさりとその壁を打ち破る事ができたのだ。
もっとも、その悩みというのはネット上でもまだ攻略情報が少なかった発売直後のゲームであり、人に聞いたというのも掲示板で質問してヒントを貰っただけであるのだが。それでもまあ、要は似たようなものだろう。
「良いんですよ。単純作業してた方が何か気付けるかもしれませんし……それに、何か、何か一つでもキッカケが掴めたら何とかなりそうな気がするんです。一つで良いんです」
目の前に置かれたバケツに手を入れ、水をちゃぷちゃぷと掻き回しながらうわ言のように呟く。かなり頭は煮詰まってきた。そこに何かちょっとした光を見付ける事ができれば一気に考えも前に進みそうなのだが、そうは問屋が卸さない。
それこそ、ここで宮村と一緒に何か考えてみようと思えばこの壁を打ち破れるかもしれないのだが、その手がここぞという時に思い浮かばないのが真田の駄目な所だ。あまりに頭がぼっちに染まり過ぎている。
ポケットからアイロンのかかった白いハンカチを取り出して水に濡れた手を拭く。
「キッカケ、ねぇ……ん、それ、あのオッサンのハンカチ?」
「ああ、はい。せっかくだから使い倒してから明日叩き返してやろうと思いまして。結構良いハンカチなんですよ、これ」
「……でも洗うんだろ?」
「? あったり前じゃないですか。洗う時に気を付ける事とかもちゃんと調べておきました」
「お前ってホント、変に律儀な奴……」
あまりに当然のように肯定されて宮村も呆れるしかない。使い倒して叩き返そうという物をしっかりと材質に気を遣ってまで洗って返すと言うのだから、これもまた真田の駄目な所だ。
性格が悪いくせに悪人にもなりきれない。極めて中立的、中途半端。あるいは実に人間的などという言い方もできるかもしれないが、やはりそんな高尚なものではなくただの半端者だ。
「ところでさ、よく聞こえなかったんだけど何でそのハンカチ貸してくれたんだ?」
「これですか。何か手が濡れてるからーって」
「オッサンの方も律儀だな。濡らしたのそっちだってのに……」
まったくもってその通り。正直、言われなければ気にならなかったくらい少し湿ってた程度だったのにそれすら気に掛けるのだから異常なまでの律義さ。それの原因が自分自身なのだからマッチポンプも良い所だ。
「そもそも、そんなに濡れてもなかったんですけどね。律儀って言うか、気にし過ぎって言うか……殺してやろうって相手とは思えませんよ。結局見逃されましたし。舐めプですよ、舐めプ」
「舐めプ?」
「……なめらかプリンの略です」
「そっか。多分嘘だな」
「チッ」
表情を変えたつもりはなかったが、この男、意外と嘘には騙されにくい。一つ、宮村という男の事を知る事ができた気がする。これが今後必要な情報であるかどうかはまったくもって別の話だが。




