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暁降ちを望む  作者: コウ
紳士な男
55/333

 真田 優介は座っていた。


元気はすっかり影を潜め、その反動か今は真っ白に燃え尽きたようなポーズで裏返したバケツに座り、死んだ魚が野晒しで腐ったような目をしている。


「シュッ、シッ、シッシッ」

「…………はぁ」


 夜のグラウンド。昨夜の騒がしさが嘘のように、再び風を切る拳の音と漏れる呼吸、そして新たに溜め息が場を支配していた。


 修業はかなりのハイペースで次の段階に進んでいた。今夜のメニューは水滴落とし。真田が目の前にあるバケツに組まれた水に手を浸し、水の付いた指を弾いて飛ばした水滴を宮村が殴るのだ。

確実に捉えて素早く殴る。時には高すぎる位置、時には低すぎる位置。通常のボクシングにはありえないような高さにも対応しなければならないこの特訓は、あらゆる体勢で納得のいくパンチが打てるようにするという意図もある。


 しかし、そんな大切な修行の責任者である真田はといえばその光景を見る事もなく、ただただ視線は下に落としたままで機械的に片手だけを動かしていた。


「シッ、シッシュッ、ほぁたーっ!」

「ふざけてないでちゃんとやって下さいよ」

「お前に言われたかないよ!」


 その様子に業を煮やしたのか、飛び上がりながらアッパーで水滴を叩いた宮村。その裏返ったような声に不真面目さを感じて注意をした真田だったが、そのあまりに自分を棚に上げた発言には流石の宮村も食い気味にツッコミを入れざるをえない。


「昨日の今日でどーしてそんなにテンション下がるかねぇ。今日の昼もボーっとしながらメシ食ってたし」

「なぁに人が食事してる所見てんですか。引くわー」

「お前さ……」


 修業を中断し、腰に手を当てて宮村は恐らく自分の事を心配しているのだろうとは理解していたが、それを素直に受け止められないのが真田の悪い所の一つだ。思わず茶化して肩を竦める。この一ヶ月で馬鹿にした笑みというものをマスターしたような気がする。他の表情はまだ苦手なのに。

 だが、考えを伝えないのは問題だ。どうにも器用ではない真田の事、意思の疎通は言葉にしないと難しい。


「まあまあ、元気は基本的に爆発してますよ? 今はその元気を頭回すのに全部使ってるんですよ」

「頭ぁ? ……ああ、まだ何も思い付いてない感じか」

「そんな感じです。ああ、頭痛い……」


 言葉通り、元気だけは有り余っている。今日も朝から全力疾走で登校してやろうかなどと考えたほどだ。(疲れない上にかなり速く到着する自信がある)

 しかし今はその元気を全て思考能力に回している。昨夜戦ったあの男。再戦は明日だというのに有効な手が未だ思い浮かばないのだ。


「その割に俺の方の新しい修行は思い付いたんだな?」

「あー……」

「どしたん?」

「癪ですけど、昨日の見て思い付きました。ほら、確実に当てて下さい?」

「うおおっと!」


 話している隙を突いて、真田が水滴を飛ばす。顔に向かって飛んで来たそれを宮村が少し顔に当ててしまいながらも、多くを拳で撃墜した。


「お見事。なかなか仕上がってるじゃないですか」


 咄嗟だったにも関わらずこの成果だ。二日目だというのに本当によく仕上がっている。期待して乗せた甲斐もあったというもの。

小さく拍手をしながら讃えてみたが当の宮村はと言えば撃ち漏らした水滴に顔を濡らされ、それ以前に今日初めて行なった特訓なのだから最初は失敗も多く、既に髪も毎日のように着ているパーカーもビショビショ。水滴が鼻の下に滴り落ち、呼吸と共に入ってきそうになって不愉快この上ない。


「……あのさ、これ、結構ストレス溜まんだけど」

「そうですか。僕は愉快痛快で日々のストレス解消できてます」

「おい」

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