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「……何してんですか?」
感謝の気持ちを忘れていないはずの口から冷たい声が漏れる。その目はどこまでも冷たい。
夜のグラウンド。律儀に制服を詰襟まで着て、背中には黒いリュックを背負い、言われていた時間よりも十分ほど早く到着した真田を待っていたのは既に到着していた謎の運動をする宮村だった。
「え? ブラジル体操。お前もやっとくか?」
「いえ、遠慮しときます」
声を出しながらステップを踏んで左右に足を蹴り出し、同時に状態も足とは反対に捻る。そうして少し前進したら後は小さく拍手。
聞いた事はある。聞いた事はある、が、これは一人でこんなに寂しく行なうものだっただろうか。こうして一人でやっている光景はどうにもシュール。感謝の気持ちも忘れかけようというものだ。
そうして体操を続ける姿を死んだ目で見守ること数分。ようやく終えたらしい宮村とちゃんと合流を果たし、立ち話が始まった。昨夜はフワッとした事を言われたままほとんどできていなかったディスカッションだ。
「さてと。アイツ、日下一刀りゅ……ん、名前は青葉って言ってたっけ?」
「そうですね。日下一刀流も一応調べておきました、サイトあったんで。師範代、日下 樹……多分、日下君のお父さんでしょうね。ザックリ言うと古くからあったけどあまり有名じゃない流派みたいです」
「なるほど。そんでアイツはそこの跡取りって訳だ」
「はい、多分そうなるんじゃないかと」
インターネット社会万々歳だ。個人情報もへったくれもない。ついでに門下生のものらしきブログも見付かったが、厳しく優しく、どうやら内部からの評判は割と良いらしい。外部からの人気は少ないが。
「ふぅん。日下一刀流、ねぇ……」
腕組みをしながら呟くように宮村が言う。得心したとばかりに頷いて、小さく「なるほどなるほど」と口にしている。
「どうしたんです? 真面目な顔しちゃって」
「いや、じゃあちゃんとした奴なんだなーってちょい安心してた。だってアイツ、思いっきり世界観違うぜ? 技とか使ってんだもんよ。ちょっとアレなんかなって思ったり思わなかったり」
「……人を勝手にちょっとした病気持ちに認定しないであげて下さいよ」
世の中には様々な病気がある。思春期真っ盛りの時に患う(精神的な意味で)非常に痛い病気は罹患者も多いが、大真面目にやっているのにそう思われてはたまったものじゃないだろう。
自分達もきっと魔法だなんだと言っている所を見られたらそう思われるに違いない。恐ろしい世界だ。インターネット社会は恐ろしい。
「じゃあお前は何とも思わなかったのか?」
「そりゃあ思いますよ。まず、自分の事を僕って呼ぶ、それで喋り方が丁寧。僕とキャラ被ってるじゃないですか」
「いや、お前が思ってるより被ってねぇって。俺もうお前の喋り方を丁寧とか思えねぇもん」
病気が云々は思わなかったが、他に思う所はあるに決まっているのだ。宮村が何か言っていたような気がしたが、そんなものは聞こえないという事にして話す言葉にはやたらと勢いと熱が増している。
「それと」
「おおう、まだ続くのか」
「何ですかアレ。顔が良くて? ちょっと幼い感じで? 剣術家で? 魔法使い? どんだけ属性盛るんですか、ズルいですよ、少しこっちに分けてくれってんですよ。主に顔とか顔とか顔とか」
「分けらんねぇって」
何も聞こえない。何となく左耳を宮村の方に向けるようにして立っているような気がしたが、それもきっと気のせいだ。
「あー、ちょっと何か煮えたぎってきました。宮村君、絶対に倒しましょう。ぶっ飛ばせるように全力で手ぇ貸しますよ。よっしゃ、徹底的にボコしましょう」
「こえぇよ! 何でお前の方がテンション上がってきてんだよ! 俺ちょっと冷静になってきたよ!」
絶対に、何も、聞こえてなどはいなかった。




