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暁降ちを望む  作者: コウ
ゆるい特訓、きつい戦闘
49/333

 真田 優介は思案していた。


 昨夜(日付は変わっていたので正確には今日)宮村が戦った少年との再戦に備え、非常に律儀に修行の方法を考えようと真田が訪れたのは学校の図書室。昼休みの図書室には沢山というほどではないがもちろん人がいて、彼を気疲れさせる。

 それでなくとも自分の席から離れるという行為は真田の精神に大きな負担をかけるのだ。だとしても彼は図書室へと出向く。行動は早い方が良い。家に帰ってから街の図書館に行こうとなるともっと精神疲労がかさむ。


(これかな……うーん、案外こんな本も見付かるもんだなぁ。やるじゃないか、図書室)


 わざわざ学校の図書室に置くような本でもないだろうと思っていたが、想定外にあっさりとその本は見付かった。何だかんだでこの場所に来たのは入学直後以来。想像以上の蔵書数に妙に上から目線で感心。

 しかし、図書室においての最大の試練はここからだ。すなわち、貸出手続。カウンターに座る図書委員に話し掛けてカードを渡して手続きを行なう。そう、図書委員に話し掛けて。この難関をどうしてくれよう。ただ本を借りるだけにしては厳しすぎる試練ではないだろうか。


 それでも真田は行かねばならない。この本は必要だ。そしてきっと、このタイミングを逃すと足が重くなって図書室に来られなくなってしまうに違いない。それはいけない。

制服のポケットから手続きのためのカードを取り出し、本と共に俯きがちにカウンターの上に乗せる。


「えと、その、すみません。こ、これ借りまーす……」

「はいはーい……って、真田君じゃん。珍しいなー」


 割と静かな図書室だからこそギリギリで聞こえるような小さな声、それに答えた担当の図書委員に名を呼ばれる。自分の名を呼んでくるような相手はまずいない。それこそ宮村くらいのものだが、呼び方も違うし図書委員ではないはずだし、何より流石に気付く。


 そこにいたのはワックスで無理に立たせた髪型が今一つ似合っていない男(カウンターに下半身が隠れて見えないので仕方なく上から)だった。つい最近見たばかりのその男。そう、それは宮村の友人その一、ショーゴ氏だ。


「え? あ、どうも」


 クラスメイトである上に宮村を通じて一応知らない相手でもないため、返事は避けられない。早く教室の聖域に戻りたいと思いながらも会釈程度に頭を下げて挨拶を返す。

 手慣れた様子でカードと本に付いているバーコードを読み取って貸出の作業をするショーゴだったが、その本のタイトルが目に入ったのか首を傾げる。


「ふーん、真田君ってこういうの興味あるんだ?」

「まあ、はい。そうですね……」

「へぇ、ちょっと意外。話してみないと分かんないもんだな。――じゃ、これ貸出期間は二週間なんで、よろしくー」


 真田が他人からどのように思われているのか、分かる訳ではないが、察する事ができない事もない。そのイメージとは確かに少し離れているかもしれない。

 別に自分の趣味という事ではないが、それを否定してもまた面倒な話になりそうなので曖昧な返事にしたがそれについては疑問を抱かなかったらしく本とカードを渡してくれる。


「は、はい。ありがとう……ございました」


 これで戻る事ができる。あまり話をせずに済んだと安心しながら踵を返そうとしたその時。


「あ、そだ。ちょっと待って、真田君」

「はっ?」

「あのさ、暁の事なんだけど」

「宮村君?」


 不意にショーゴに呼び止められて何事かと思ったが、どうやら宮村についての話がある模様。そうとなると話を聞かない訳にはいかない。

 挙動に何か不審な所があって怪しまれているのだろうか。それともやはり宮村と友人関係を続けている事に納得がいかないのか。彼らがどんな話をしているのか知った事ではない真田の頭を様々な考えが巡る。


 しかし、その内容は思っていたようなものとはまた異なっていたのだった。


「そうそう。あのさぁ、良かったら暁と仲良くしてやってくれないかな?」

「仲良く……?」


 想定外。同時に、意味不明。どうして急に他人に仲良くしろとなど言われねばならないのか。人の考えを汲み取れない真田が悪いのかどうか、それすらよく分からない。


「そ。俺もレージも暁とは友達のつもりなんだけどさ、他の友達はまだちょっと暁にビビッてて近寄んないんだ。俺らはどっちとも仲良くしたいと思ってるから、いっつも暁と一緒に遊んだりってのはムズいんよ」

「はぁ……で、でも何で……」

「アイツさ、結構真田君の話してるんだぜ? アイツは話してみると案外面白い奴だったりするんだよーって。でも何か一緒にいる所って昨日の昼しか見なかったからさ。できればもっと仲良くしてやってくれたらって……ん、何かごめんな? 俺が他の友達にちゃんと分からせれば早いよな。悪い悪い、勝手言って」

「い、いえ、そんな事は。その、僕も宮村君は友達だと思ってますから、えと、そうしたいと思います」


 自分の事を話していた。それはただの話題の一つとしてだろうか。いや、恐らく違う。宮村は真田が馴染めるように、少しでも受け入れてくれる状況を作りあげようとしているのだ。

 深慮する人間ではないが、こうして非常にシンプルな行動に移す事はできる。それはよく分かっている。しかしこのアシストには非常に腹が立つ。特に何が腹立つかと言うと、その事を宮村が一言も教えてくれていなかった事だ。せめて冗談っぽく、恩着せがましく教えてくれていたらもっと自分にも何かできたかもしれないのに。


 反省と苛立ちと、少しだけ感謝の気持ち。それが珍しくも殊勝な言葉を引き出した。


「ははは、サーンキュ。あと、友達の友達とかから友達の輪を繋げてこーぜ。って事で、俺とレージの事もよろしくー」

「は、はいぃ……あはは、失礼しました……」


 突然そんな事を言われると焦りを隠し切れない。やっとの事で返事をしたかと思えば背を向けて早足で立ち去るその姿は無愛想に見えただろうか。きっと見えただろう。宮村とショーゴのパスを無駄にしてしまっただろうか。きっと無駄にしたのだろう。


 それでもこの胸のムズムズする感覚は忘れないでいよう。次はきっと自分から話しかけてみよう。


 そして、あくまでもついでではあるけれど、この感謝の気持ちも忘れないでいよう。

 そう、思った。

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