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倒れたままの宮村を縦に襲う鎌鼬の一撃。回避はできない。普通なら。しかし避けようと思う意志さえあれば、体は腕輪のアシストによってある程度は動くのがこの戦いだ。
もちろん体勢も十全でなく、焦りによって自分が回避するビジョンも鮮明には描けていない。だから中途半端。だから右側に転がるように回避しても左腕はその場にまだ残っている。
斬撃はその左腕を襲う。縦に走る斬撃と横に伸びた腕。その二つが交差した刹那、想定を遥かに超えた切れ味を誇るその風は宮村の左腕の肘から先を切り飛ばす。クルクルと回りながら飛んで、闇の中でも分かるほどに赤い赤い血液を撒き散らした。
(馬鹿、何を出遅れて……間に合え!)
あっという間だった。少し前までは普通に戦っていたはずなのに、気付けばもう圧倒的窮地。その命は文字通り風前の灯火。負けそうになったら乱入する。そんな話だったのが何を呑気に観戦しているのか。
意識を集中させて全速で駆け出す準備。しかし日下もまた次の行動を開始している。間に合う保証はない。
「はあああああ! これでぇ!」
痛みに動けないと確信して接近をする日下。距離を詰めれば詰めるほど、斬撃が届くまでの時間は短縮される。再び右手に持ち替えて、走りながらでも振れば直後にでも宮村は殺られる。
もう一度回避はできるだろうか。否、不可能だ。落ちた肘先が淡い光に包まれて消失し、同じく光に包まれた左腕に繋がっている。腕輪による回復、時間の逆光とも呼べる状態回帰。それでも刻み込まれた痛みは消えない。生涯で初めて腕を落とされた激しい痛み、それが神経に焼き付いているようでまだ動けるはずもない。
真田は乱入ができるだろうか。やはり難しい。既に日下に先手を打って行動されているために間に合わない。巨大な炎で焼き払おうにも相応の集中が必要であり、日下・宮村・真田と並んだ状況では宮村をも巻き込む事となる。
終わった。三者三様にそう思った瞬間の事だった。
「……え?」
「あ、ああ?」
全員の動きが止まる。そのきっかけはアラーム音。ピピッ、ピピッと機械的な高い音がそれまでの空気を嘘のように切り裂いた。日下は足も腕も止め、それに音と相手の静止に驚いて真田の動きも止まる。宮村は最初からほとんど動いてはいなかったが。
「これ……何の音ですか?」
「い、いや、分からん」
困惑を隠せないのは真田と宮村の二人。あまりに唐突な事に痛みもどこかに消えてしまっているのかキョトンとした顔で辺りを見渡している。
その逆が日下。音の正体が分かっているのか、ここまでで初めてなほどに焦りながらポケットの中を探っている。そうして取り出したのは携帯電話。どうやら音の正体はこれのアラーム音のようだ。
「あ……す、すみません! まだ途中ですが、これで失礼させていただきます!」
日下は、あろう事かアラーム音を停止させたかと思えばそのまま振り返って立ち去ろうとした。その行動には目を剥くも、思わず反射的に呼び止めてしまう。
「はっ!? ちょ、ちょっと待てよ! 何で急に……!」
「すみません! その、もう帰らないと朝練に参加できなくなってしまうんです!」
「おいおいおいおい、じゃあ勝負はどうする気だよ!」
「それは、えっと……そう、金曜日の二十四時、この近くにある坂の上の学校のグラウンドで! 待ってますから! それでは!」
ほとんどラリーもしないあまりに短い会話。その時間すら惜しいと言わんばかりに日下は竹刀を担いで全力疾走で帰宅の途を辿る。種目は全然違うとはいえ常日頃から体を動かしている彼の腕輪の力で身体能力が向上している状態での速度ときたら、短距離走の金メダリストも裸足で逃げ出そうかというレベル。そして裸足で逃げ出した金メダリストを靴を履いたまま追いかけて余裕で捕まえられるレベル。
そんな一瞬で闇に呑まれて消えた背中を呆然自失のような状態でボンヤリと見送る二人。
「あ、ちょっ! ――行っちまった」
「はっや。改めて客観的に見るとあんな速いんですね。グングン消えていきましたよ」
何か思った事を言おうにも頭の中はそのスピードの事で一杯だ。しばし、何も言葉が出ないままで彼が去って行った方向を見ていたのだが、ずっとそうしている訳にもいかない。自分から話を切り出すのは得意ではない真田だが、そうも言っていられないと口を開く。
「――『勝負はどうする気だよ』……ですか」
「ん……」
「命拾い、ですよね」
「ん、んんっ!」
真田の対等な友人に対する話の切り出し方がこれだった。ほぼ悪態も同然。無論、傷を抉ってやろうだというような悪意があるのではない。少し痛い所を嫌味っぽく突いてちょっとしたネタっぽくしてしまおうという、ただひたすらに真田の不器用な気遣いなのだ。(そういう事にしたい)
「まあ、僕も急だったんで乱入遅れちゃって申し訳ないと思ってますけど……で? どうするんです?」
自分にも非がある事に対して否定する気はないのか謝罪を口にすると別に良いとばかりに宮村が首を振る。真田の謝罪はここまでだった。些か簡単すぎる気がするが、そんな場合でもない。後悔も反省も謝罪も色々な事が必要だが、それよりも先に為す事がある。
金曜日の二十四時。相手が日時を指定したのだ。それまでに今後の、あるいは次戦の方針を固めなければならない。すると、宮村はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「決まってんだろ」
「ほう」
「修行だ……」
「はぁ?」
「修行して、俺の力で、アイツをぶっ飛ばす! 決めた!」
「ええー…」
フワッとしていた。こういう感じで攻めてみようであるとか、今度は二人で戦ってみようでもなく、ただひたすら具体的な内容も思い付かないままで修業などとそれっぽい事を言い出した。真田もこれには困惑してしまう。
「真田、良かったら付き合ってくれ。そんで、修行の方法とか考えてくれると嬉しい。明日の十一時……あ、もちろん夜のな? 十一時にグラウンド集合、OK?」
「…………はぁ」
困惑してしまうのだが、友達の言う事を拒絶できない真田の性格、あるいは悲しい性が若干、玉虫色ではあるものの受け入れる返事をさせてしまった。
ここから苦難が始まってしまう事など、真田は気付いているに決まっていた。
再戦の日まで、あと四日。




