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ボキボキ指を鳴らして宮村が少しだけ前に出る。それによって自動的に真田は後ろに下がったような様相。相手の少年は既に戦闘態勢だ。竹刀を上段に構えて薄っすらと笑っている。
「分かりました、お願いします。――風見中学剣道部三年、日下一刀流、日下 青葉! 参ります!」
「お、おお! 景山高校二年、宮村 暁だ、来い!」
(戦国時代か!)
まさか名乗り合うとは思わなかった。個人情報保護の観念というものがこの二人にはないのか。しかしそんなツッコミをする余裕もなく二度ほどバックステップして距離を取る。いくらなんでも巻き込まれて死ぬなんて情けない事にはなりたくない。そうでなくとも風属性とやらは見えないくせに無闇に被害が広がる戦いになりがちなのだ。
「行きます、連欅!」
そう、よく分からない言葉を発しながら竹刀を素早く五度、袈裟懸けに振る。それも、その場所から動く事もせずに。
「チィッ! やっぱそういう感じか!」
距離が離れたままで竹刀を振られた瞬間から、宮村の足は動き始めていた。いくつかの想定していたパターンの一つが見事に的中していたためだ。
つまり、自分と同じような魔法。風を飛ばす。見えない斬撃。鎌鼬。極めて分かりやすいシンプルな風属性の魔法だ。そして、相手の得物が竹刀だとしても関係ない。敵を斬るのは風なのだ。
(嫌な感じだぜ……刀持って振り回してんのと変わりゃしねぇ。殺る気満々ってのがハッキリ見えてるじゃねぇか)
頭の中では少し焦っていても顔は決して焦りを見せない。宮村も確実に戦う魔法使いとしての意識がハッキリと芽生えている。なお、回避したその背後では鎌鼬が当たったのか真田が腕を押さえながら「おお、切れた服も治った!」などと喜んでいた。
「マジか、服も元通りかよ。助かるねぇ……こっちはパーカー一着、買ってる余裕はねぇんだ!」
宮村の反撃。やはり、その場から動く事なく左、右と交互に大きくスイング。その拳から発せられた風弾は拳の軌道を再び描くようにカーブしながら相手、日下へと左右から襲う。
「ふっ! まだまだ、樫打ち!」
自分も同じような魔法を使うためか、日下もまた冷静に回避する。ポンとたった一歩だけ後ろに飛ぶ、それだけの行動で。足を止めたままで攻撃する段階で、何が起こるのか分かっているのだ。そして、何かを飛ばして攻撃する以外の攻撃手段が特にない事も。
再び、今度は別の言葉と共に竹刀を振る。今度は逆胴を極端にしたようなスイング。まるでバッティングをするかのように横に。
たった一撃。それだけで既に互いに底が見えていた。後はただ二人の戦闘能力の差、それだけで勝負が決まる。だから日下は全力だ。魔法以外の要素で負ける訳にはいかない。
「バーカ、見えてなくても避けられんだよ! 行けぇ!」
真横に飛んで来る斬撃を腕輪の力を借りて高く跳躍する事で回避する。そうして空中から利き腕の右で真っ直ぐ一発。敵は刃物を持っているのと同じ、防御は要らぬダメージを受けるだけだ。ちなみに背後で真田は炎の壁を張り必死に相殺している。
「甘い! 単調な攻撃は見えてるのと変わりませんよ!」
日下が竹刀を振れば、そこから見えない斬撃が飛ぶ。それはもちろん宮村の風弾も見えはしない。しかし、直線的に飛んで来るそれはコツさえ掴めば防御は容易い。二つの風はぶつかり合い、爆風とも呼べる強い風が二人を叩く。
魔法は相殺できる。これは最初から感覚的に行なってきた事だが、この一ヶ月でハッキリとそれを戦術として利用する事を考えられるようになった。相性や威力次第では片方だけが押し負けるが、そうでない限りは例え形が無くとも防御ができるのだ。
「このっ……単調だぁ? これなら!」
右足から着地すると直後、反対側の足で踏み込んで左のスイング。そして間髪入れず右ストレート。曲線と直線の同時攻撃。見えない攻撃を二方向同時に相殺するのは難しい。そして先程のように回避する事も。そう思っていたが……。
「ふん、だから甘いと!」
「なに……!」
回避は難しい、そのはずだったが、日下は再び一歩後退する。真後ろでは直線で飛ぶ右ストレートがそのまま当たってしまう。
しかし、そうはならない。右ストレートの風弾は奇跡的なタイミングで、左スイングの風弾と衝突して爆発消失してしまったのだ。まさかこんな不運が、それもこんな時に。そしてその不運によって相手が助かってしまった事、それが宮村の心にもダメージを与える。
「行きます、日下一刀流、椿落とし!」
そんな危機一髪の状態だったとは到底思えないほどに涼しい顔で竹刀を握り直すと、左腰に差す真似をする。それはまるで抜刀術。そこから右足を広いステップで踏み込むと日下の体が深く沈み込む。
また新たな謎の言葉と共に繰り出された斬撃は(見えないものの)地面スレスレから首を落とさんとばかりに飛んで来る。
「っ……おおおっ!」
角度からその軌道を感じ取ったか、宮村は気合を叫びと発して無理矢理に尻餅をつくように倒れ込んだ。情けない格好ではあるが、これがほぼ唯一にして現状最高の回避方法だ。
首が落ちれば流石に一発で死亡。それだけは水際で逃れたが、今の宮村は隙だらけ。日下はそれを決して見逃さない。
振り抜いた竹刀の柄を今度は左手だけで握り、左足を前に出しながら流れるような動作でそれを振り下ろす。
「まだまだ、暮朝顔!」
「う……ぐ、あああああっ!」
「宮村君!」